続く悪意と策略 4
兄からクルトの推薦状を貰い、しばらくは静かな日が続いた。
家の周りを徘徊していたヴァルター侯爵家の騎士は、何度が見回り中の衛兵に誰何され、そのうち姿を見せることがなくなった。リーンと真実の愛で結ばれていたはずのイリーネは王都から消え、働いていた定食屋には別の少女が働き、イリーネに侍っていた男たちは別の女性に夢中になっていた。
何も変わらない日常……、だがその静けさもほんの僅かな時間だったみたいだ。
ドンドンッとリーンの家の扉を乱暴に叩く奴のせいで。
時間は午後、テオとニナは午睡中でクルトは衛兵詰所に雑用の仕事に出ている。家の居間には外国の本に囲まれ仏頂面しているリーンが一人だった。
「誰だ、うるさいな!」
商業ギルドのギルドマスターヨハンから、絵本の翻訳はなんとか及第点を貰ったものの、恋愛小説に至っては壊滅的な批評をもらい、くさくさしていたのだ。リーンにしては、頗る機嫌が悪い。
ガチャッと扉をやや雑に開けると、二人の男が立っていた。その制服は……王城の兵士では? まだ若い男たちは扉を開けて顔を出したリーンの眼に驚き口をポカンと開けている。
「君たちは?」
公爵家やヴァルター侯爵家でもなく、兄ジークハルトが勤める冒険者ギルドからの者でもない。リーンは王城の兵士たちに首を傾げた。そもそも兵士が訪ねてくる案件に心当たりがない。
「はっ! こちらはリーンハルト・ユンカース様のご自宅でありますか?」
「ぼくはリーンハルトだけど、公爵家からは籍を抜かれているからユンカース公爵家とは関係ないよ」
にっこり笑って平民宣言すると、二人いる兵士のうち一人が「うっ」と言葉に詰まる。
「え、えっとぉ、今回は、そのぅ……リーンハルト・ユンカース様の婚約者であるガブリエラ・ヴァルター侯爵令嬢の件で……」
「もう婚約者じゃありません」
またまたにっこりと笑うリーン。その笑顔に顔を引きつらせる兵士の二人。リーンは何やら元婚約者の件らしいと察して、兵士を家の中へと招きいれることすら拒否する。
「何やってんだよ、そんなところで」
兵士の後ろに黒い馬に乗ってジークハルトが現れた。グルルッと威嚇している弟の姿に片眉をひょいと上げて呆れた声を出した。
「兄さん」
「王城からわざわざお前に事情を説明しにきてくれたんだ。茶の一杯でも振るまえよ」
「……どうぞ」
ものすごく顔を顰めて、リーンは兵士たちを家の中へと……しかし兵士たちは動かない。たとえ平民になったとしても元公爵子息である。先ほどの意味ありげな笑顔は高位貴族がよくする表情で、その真意は「一昨日きやがれっ」だということを知っていた。だから、まだ若い兵士たちの足は動かなかった。
そこへ、ドンッと背中を強く押される。
「なにやってんだよ、早く入れ」
ジークハルトが兵士二人の背中をグイグイと押して家の中へと入れてしまう。若い兵士たちからは声のない悲鳴が漏れた。
兵士たちのお茶は……ジークハルトが淹れてくれた。自分の分を淹れるついでだろうが、リーンとしては助かった。
「それで?」
兵士たちがわざわざ報告にきた内容は、どうせ兄も知っている内容だろうと思ったが、こういう面倒なことはさっさっと済ませるとばかりに、催促するリーン。
「はい。まずこちらの書状をお渡しします。宰相様からです」
「ふむ」
ペーパーナイフで封を切り、丁寧に便箋を取り出し広げて読む。ヴァルター侯爵家のことが簡潔に記されていた。
「……つまり、なにかな?」
「えっ?」
まさか、宰相からの手紙を読んだあとに、こちらに質問が飛んでくるとは思わなかった兵士たちは動揺した。手紙を渡し、その返事をもらって王城に帰る、それだけの任務だったはずだから。
「リーン。そう意地悪してやるな。宰相様からの手紙に書いてあることは予測できる。お前はその返答を書いて、こいつらに渡してやれよ」
ニヤニヤと楽しそうに笑う兄の姿にムッと鼻にシワを寄せたが、リーンはそのまま立ち上がって二階へと階段を上がっていった。
しばらくして白い封筒を手に階段を下りてきたリーンは、その封筒を兵士の一人に渡した。
「では、これを宰相様へ」
「は、はい。承りました」
兵士二人はペコリと頭を下げると、小走りで家から出て行った。その去りっぷりにジークハルトは声を出して笑い転げる。
「あーははははっ。お、お前、あいつら、かわいそうだったぞ?」
「仕方ないでしょう? 今さらユンカース公爵家の話や元婚約者の話なんて不要ですよ。しかも、兵士が訪ねてきたとテオたちが知ったら心配するじゃないですか!」
今日はたまたまテオもお昼寝しているが、いつもならクルトの代わりにと台所でくるくると働いているところだったのだ。当然、家を訪ねてくる人がいれば、テオが扉を開けて迎えることになる。
「まあまあ、手紙にも書いてあったとおり、ヴァルター侯爵か捕縛され、家族ともども貴族牢に入れられた」
「そうみたいですね。どうやら、連帯責任ではなく、家族それぞれやらかしてたみたいで」
人身売買に関わっていたのは侯爵だが、それを唆し主導していたのは侯爵夫人とその愛人だった。嫡男は売り物であるはずの少女を数人、自分用として別宅で監禁していた罪で、ガブリエラ嬢はイリーネを始めとする平民への殺人や暴力……通常なら貴族が平民に何してもわざわざ裁いたりしないが、今回は他国の子どもが犠牲になっていることから、彼女の罪も重要視された。
「これは……お家は取り潰しですね」
「ああ……」
ガブリエラ嬢が公爵夫人になることは、もう一生ないのだ。




