第二十話
予定よりかなり早目に、ボクたちは大会本部が用意してくれた宿舎に入った。部屋はボクの下宿よりよっぽど立派だった。色々と道具類を持ち込みたい旨を執事長が大会本部に掛け合ったようだが、ユリスは皇家のひとりではなく学生のひとりであると突っぱねられてしまい、持ち込めたのは着替えとちょっとした身の回り品だけだった。
部屋はベッドに挟まれた丸テーブル、向い合せのイスに鏡台と質素そのものだ。だが、置かれてある品自体は既製品に近い意匠ながら、おそらく一点もので、それなりに値が張りそうだし、シーツからカーテン、テーブルクロスまで非の打ち所がないほどに清潔感に溢れていた。
「ほら、ユリスも寝転がってごらんよ。思った以上にフカフカで気持ちの良いベッドだよ」
と言いつつ、あぁ、ユリスにしてみたら普通以下かもしれないけれど、と付け加えた。
あなたって、思ったよりも口数、特に余計な一言が多いのよね。ほとんどの人は知らないだろうけどなんだか捻じくれているというか、人付き合いが下手なのをごまかしているようで、あまり良いクセとはいえないかもね、と不承々々のユリスを支えてベッドに座らせると、隣に座り、手を重ねた。
打ち合わせとは言ったものの、大した話があるわけではない。夕食前に済ませてしまえるが、まあ、後でも問題はないだろうから、とりあえずはのんびりと夕刻前のお茶にでもしようかとユリスを誘った。
「そうね。なんだかこれから先、こんなふうにポコっと時間が空いたりするのってすごく貴重になりそうな予感もするし、是非そうしましょう」
二人は食堂へ行くと、並んで座り、紅茶とシフォンケーキを注文した。
手作りの職人の技の完成度は近世とはいえ近現代にも通じるほどのもので、部屋にあった調度類などもそうだが、スイーツ系などもかなり充実している。もちろん特殊な機械をつかわなければ作れないようなものは厳しいが、普通にオーブンは存在するのだから、焼き菓子なども簡単にできるわけだ。
シフォンケーキには生地にメイプルシロップが練り込まれ、生クリームも添えられて思いの他カロリーは高そうだ。
だだし、栄養学や生理学などは未だ未発達で甘いものを気にする人はほとんどいない。医療なども簡単な局所麻酔による外科手術程度が限度だ。その分、ライトニングヒールといった魔導術系や、毒消し草など漢方に近い本草学が発達していて、人々の生活を支えているし、もっと田舎に行けばまじないに近いとはいえ、巫術なども生きている。
ボクが以前暮らしていた科学文明万能の世界とは違って、今ボクがいるのは剣と魔導術の世界。なぜそうなったのかおそらく原因は二万年前の大きな歴史の断絶にあり、ボクにも関わりがある。
その究明が今のボクの生きている意義だ。これはいずれユリスにも告げなければならないだろう予感がある。
ふと気がつくと、紅茶からは湯気が消え、目の前にあるユリスのケーキはなくなっていた。ボクはまだほとんど手をつけないまま、思考が迷走していたようだ。
「あなたって時々、気が抜けたというか、魂が抜けたというか、身体を置き忘れてどこかに行ってしまったかのような様子になるのよね。いったいいつも何を考えているのかしら……?」
明日は試合、しかもリラックスするためにユリスとお茶をしにきたというのにボクの大失態だ。ユリスは心配そうにボクの瞳を覗き込んでいる。
「ごめん、ユリス。時々こうやってぼーっとなるのは独りの時間が長かったっていうのもあるんだけれど、実は世界の命運をボクは握っていて、いろいろと考えないといけなくて大変なんだよ」
全く気の利いていない冗談だったつもりが、ユリスの興を誘ったようで、白く整った小さな歯を見せながら、手も当てずにユリスはくすくすと笑っていた。
ボクたちはいわば女子高生、何が起きても笑ってしまう年頃、今みたいな何気ない話こそが日常であるべきなのだろう。しかし……。だめだ、また思考があらぬ方向へと動き始めているボクだった。
その日の夕食は、豆と干し羊肉に野菜と大麦のリゾットにミルクとチーズ、そしてクルミ入りのパンだった。向かい合わせに座ったボクとユリスは授業の内容や、剣術、魔導術の話から、美味しいケーキの話、髪型やよく似合いそうな可愛らしい髪飾りの話題など、他愛ない話で盛り上がりながら、スプーン一杯にとてつもない時間を掛けてゆっくりと夕食を味わった。
こんなときのユリスは、卑下するわけではないけれども、皇位継承権をもった皇族のひとりにはとても見えず、せいぜいが良家のお嬢さんと言った感じで、決して居丈高でもワガママでも横柄でもない。感じよくしゃべり、鈴が鳴るような声でよく笑う。どこからみても品の良い女子学生で、どんなときでも屈託がないのが最高の魅力のひとつでもある。
今だってそうだ。明日はある意味ボクたちの命運がかかった一戦なのだが、まるで遠足の前の日のようにはしゃいでいるように見える。
コホン、という咳払いでボクたち二人は我に返った。咳払いの主は担当の教官だった。見渡すと、食堂に残っているのはボクたちだけだったのだ。出場者たちの口数も少なく、声高にしゃべりもせず、そそくさと食事を済ますと自分たちにあてがわれている部屋へと戻っていったようだった。
「ごめんなさい。少し夢中になりすぎてました」
ボクたちは教官に謝ると、肩をすくめながら食器を片付け、部屋に戻ったのだった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】




