第十二話
執事長としては、衆目にさらされる中、足の不自由な姫様が、剣術や魔導術を練習する姿を見られたくはないのだろう。本来であれば屋敷にでも練習場を作りたかったぐらいの気分だっただろうが、あまりにも時間が不足していた。
「多分だけど、執事長か近衛師団幹部からすでに父親には伝わっているだろうけれど、いずれちゃんと自分から伝えるつもりよ」
ユリスははっきりと言い、その際は、パートナーとしてボクにも同席して欲しい、ときっちりと釘を刺されてしまった。
食事に関しても、昨日帰宅してから、早速に伝えたところ、今朝、メニューには牛乳とヨーグルト、卵にフルーツが食卓を彩ったそうだ。姫様からの直接のお声掛りに料理長はいたく感激したらしく、昼食も学舎の厨房を使って作りたいので、学院にねじ込んでほしい、と執事長に膝詰めで談判に及んできたらしい。執事長はそれをなだめるのに一骨折ったとか折らなかったとか。
「そういえば、スミタマが食事をしている姿を今まで一度も見てないわ、私。何か理由でも?」
ユリスの質問に、ボクは人前で飲食するのは紅茶だけなんだ、なぜそうなのかは、もっと良く知り合えたらちゃんと教えてあげるよ、と軽くはぐらかすにとどめておいた。
「じゃあ、早速にその練習場を見に行こうじゃないか。ボクたちが学院を制覇する実質的な第一歩だよ。しっかりと心に刻み込んでおこうよ」
ユリスの車椅子を押しながらテラスを後にした。
「その近衛師団の控室はどの門の内側なの? 普通なら東側だろうけれど」
ボクの質問に、ユリスは北側だと応えた。
北側は帝都、ひいては王宮の正面門にあたる。その正面の近衛師団員の詰め所が空いているとなると、いよいよ、この国も平和だというわけで、結構な話だ。
ボクの少ない知識からいえば、この国の帝都は、ボクが生きていた時代の九州北部、筑紫平野の最南端部にあたる場所にある。大陸が上昇したのか、海面が下降したのか、日本海と瀬戸内海は巨大な湖となっており、その二つの湖を掘削して運河でつなぎ、平野南端の山を背にし、二つの湖を堀に見立て、幾筋かをクリーク状に帝都に引き入れてある。
つまり北側と東側が巨大な堀となった要害に位置し、西側に開けた沃野は米や小麦などの穀物の一大生産地となっている。帝都にとっては北側が正面であるが、敵が来襲するとすれば主に西側からとなる。
皇帝は南面し、臣下は北面す、という大昔の習慣はとっくの昔にすたれてしまったらしい。王宮も北側が正面になっており、皇帝陛下も北面して政務にあたっているという。つまり、この国では基本的に南側が上座になるわけだ。
城壁は街、官庁街、王宮と三重になっており、一番外側の街を囲った城壁は一辺二十Kmほどの巨大なもので、基底部だけでも二十五mほど高さも十五mはある。もちろんボクの下宿は街区にあり、その中でも門に近い場末だ。
人口は城壁の内側だけで約三十万人ほど、周辺の帝室直轄や、貴族の治める穀倉地帯の村々を含めれば百万人近くがこの帝都周辺で暮らしている。
学舎のある官庁街を南に行けば、荘厳な王城門が見えてくる。門とはいっても、それ自体が巨大な構造建築物になっており、近衛師団の詰め所もこの門と一体となった建物の中にある。
途中から同行した執事長が、王宮門衛にひと言ふた言声を掛けると、車椅子のユリスの姿を見て、門衛は身体を硬直させた。普段、直接に皇家に籍を置くものが徒歩で王城門を通りはしない。馬車で通過するだけだ。それに、ボクたちは官庁街からやってはきたが、そもそもユリスは逆側、王宮に暮らすべき人なのだから、門衛が緊張するのも当然だろう。
執事長は門衛と前もって打ち合わせでもしていたのか、こちらです、とボクたち二人を案内してくれる。執事長の前には、待っていたのだろう、案内担当の別の衛士が先導してくれている。さすがに皇家に名を連ねるユリスだけあって、こんな場所に来たのは初めてだったようで、練習場となる控室に着くまで、堅牢な作りの城壁内部の様子を興味深く眺めていた。
「ここでのボクたちの訓練は絶対に秘密にしておいてください。訓練は夕暮れまでには終わる予定ですから、そのタイミングでユリスを迎える準備をして、門で待っていてもらえると助かります。門まではボクは責任をもって送り届けますから」
ボクは執事長にそう告げると、ユリスと二人で部屋に入った。ユリスもボクの言葉と同時に、執事長を見てうなづいた。
「かしこまりました、姫。何よりも姫のお身体が大事。くれぐれもご無理はお慎みください。では、後ほど」
ボクには視線を送りもせず、ユリスに深々とお辞儀をして、執事長はその場を立ち去った。
「何か気に障ったんだろうね。ボクを見もしないで行っちゃったね。執事長さん。ボクどこか変だったかな?」
ユリスにとっては、生まれ落ちたその時から、執事長とともに過ごしてきた。気質は良く分かっている。
「ああ見えて、割と剛毅な面があるの。あなたが私を呼び捨てにして、同等扱いしたのが気に入らなかったのよ、きっと。でも気にしないで」
もちろん気にはしない。
ボクとユリスは友達でありパートナーでもあって、主従ではない。別に偉ぶりはしないけれども、卑屈になりもしない。
部屋は、構造上の強度を維持するためだろうか、天井はアーチ型で、出入り口の扉があるところが、一番低い。想像していたよりは広くはなかったが、天井に十分の高さがあり、圧迫感はない。壁にいくつかの明り取り用の小窓がある。光が差し込み、宙を舞うホコリを照らし、白く輝いている。
「広さも高さも、秘密訓練をするにはちょうどいいね。でも、壁とか床とか、天井なんかを壊してしまったらどうしよう? ボクには弁済するほどの蓄えはないよ」
ボクは冗談めかして両手を広げる。
「どれ程、激しい練習をするのか、まだ私には想像もできないけれど、大丈夫だと思うわよ。門を丸ごと全部を壊してしまったら、さすがに謝らないとダメだとは思うけれど、その時は二人で謝っちゃえばいいのよ」
笑いながらまるで真珠細工のような美しい歯をユリスは見せた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】




