やっと気づいたこと(フローラ視点)
「あ…殿下だわ!王太子殿下、この間はどうもありがとうございまっ…」
殿下にこの前のお礼を言おうとして、転んだとき。私はまただ、と思った。
元々おっちょこちょいだけど、リリアナ様の前では2回に1度くらいのペースで無様な姿を晒している。才色兼備で常に模範的なリリアナ様にみっともないところを見られるのはとても恥ずかしい。とは言っても、しがない男爵令嬢の私と、公爵令嬢のリリアナ様では身分が違いすぎるので、しょっちゅうお会いしているわけではないのだけれど。
「リリアナ様っ、ごめんなさい!大丈夫ですか?どこも怪我されませんでした?!」
リリアナ様を巻き込んで転んでしまったと気がついたとき、血が凍るほどに怖かった。未来の王妃となるであろうお方にお怪我をさせたら、という気持ちはもちろんあった。けれど、それよりも――リリアナ様は、きっと美しい眉を寄せてブリザードを吹かんばかりの冷たい眼差しで私を見ているに違いない――なぜかそう思ったからだった。
リリアナ様は、絶対に怒っている。そもそも私を嫌いなのに、より一層嫌いになったに違いない。そんな思い込みでいっぱいになっていた。
そして、小さく漏れた溜息を聞き、何を言われるかと固唾を呑んだ。
「フローラ様。大丈夫ですから、落ち着いてくださいな。あなたがどいて下さらないと、わたくしも起き上がれませんわ。お怪我はないの?立てますか?」
リリアナ様は、ぐずる子供を宥めるような優しいお声で私を呼んだ。怪我がないか心配してくれた。怒ってなんていなかった。そう安心して、言われた通り立ち上がろうとして、…私はまた、やってしまったのだ。
手には私よりもだいぶ揉み応えのあるおっぱいの感触。さっきまで、焦りすぎて、胸に触れていたことに気づかなかった。小さく息を飲むリリアナ様の顔色をそっとうかがう。今度こそ怒っただろうか。
恐る恐る謝罪する。
「~~っ、いいから、早くおたちなさい…!」
帰って来たのは、舌ったらずな命令だった。いつもは気が強そうに感じる完璧なお嬢様言葉も、真っ赤な顔でたどたどしく言われたら、なんだかとっても可愛らしくて。うろたえた表情に、美女は情けない表情ですら魅力的なんだなあ、と見惚れてしまって。
私は、その瞬間、彼女に恋をした。
どうして、怖かったんだろう。こんなに可愛い人なのに。
なぜ、私を嫌っている、憎んでいると思い込んでいたんだろう。こんなに優しい人なのに。
私は、彼女をみると、いつも委縮した。けれど申し訳ない、謝らなきゃって罪悪感に似た気持ちもあって。初めて会った時から、勝手に彼女を恐れていた。
貴方にやっと気づいた。
「貴方が好きです。リリアナ様…もっと教えて。リリアナ様の全部を、私に教えてください」
ちょっとした説明:記憶をリセットしても、経験した感情ってどこか残っていたりしないのかな?と思ってこのお話を書きました。なので、フローラは苛められた恐怖や断罪してしまった罪悪感を潜在意識に抱えているという設定です。同じように王太子はなんとなくフローラに好意的だし、リリアナはちょっとだけフローラに冷たいです。そんな前提のもと、相手の印象が大きく変わったらどうなるかなと思って書いてみました!
お読みいただきありがとうございました。