ずっと気づいてほしかったこと(リリアナ視点)
お久しぶりです。また書いちゃいました
子どものころ、不思議だった。なんで怪物に攫われるのはいつもお姫様なんだろう。
お姫様以外じゃだめなんだろうか?
お姫様が助けにいく側じゃダメなんだろうか?
その疑問を口にするのはいけないことのような気がして、リリアナは口をつぐんだ。
公爵令嬢は、”きれいなお姫様”じゃないといけないから、余計なことは言ってはいけないのだ。
”リリアナ様だわ。いつも凛としてお美しい、さすが公爵令嬢ね”
”このまえ、パーティで困っていた女の子を助けてあげたんですって。さすが王太子殿下の婚約者、次期王妃になる方だわ”
”成績も殿下の次よ、才色兼備ですわね。さすが宰相様のご息女だわ”
『公爵令嬢』で『王太子殿下の婚約者』で『次期王妃』で『宰相の愛娘』で…。
『ただのリリアナ』なんて、どこにもいてはいけないのだろうか?
――いつも顎を上げて、真っすぐ前をみて胸をはって優雅に歩くのは、意識して頑張っているだけなのよ、本当は靴擦れが痛くてたまらない時もあるの。
――ただ、幼い女の子が不安そうに立っている姿に、昔の自分を重ねて助けただけですわ。
――勉強は苦手ですの、たまに部屋で勉強しているとそのまま寝てしまって、首が痛くなってしまうのよ。成績表が出るときはいつも緊張して、前より低かったらどうしようってドキドキですわ。
……そんな言葉は、きっと『リリアナ』らしくないから、ただ黙って微笑を浮かべる。
いつか誰かが…そう、例えば殿下が「リリアナはいつも頑張り屋さんだね」と労わってくれたら嬉しい。よく彼が口にする「理想の婚約者だよ」なんて訳の分からないことを言わないで。
「リリアナ様、隣に座ってもよろしいですか?」
「…お好きになさいな」
リリアナが溜息をついて応えると、フローラはしっぽを振っている幻覚が見えそうなほどの笑顔でいそいそと勉強道具を広げる。
あの一件から、フローラはリリアナを見つけるとすぐに駆け寄ってくる。走らないで、と言っているのに。
そもそも、破廉恥なことをされたあの夜のことをリリアナは許していない。
幸い、純潔を失うようなことにはならなかった。だから、王太子殿下にもあの夜のことは話していない。
そのせいで、あからさまにフローラを避けることもできず、精々ちょっと冷たい言い方をするだけだ。
「リリアナ様は、どの教科を勉強されているんですか?」
「わたくしは歴史ですけれど。フローラ様は、ご自分の苦手な教科になさったら?」
「ううん…外国語ですねぇ。…リリアナ様、質問したら教えてくれます?」
「それくらいなら、付き合ってさしあげますわ。わたくしに分かる範囲であれば」
「…いまの、もう一回いってくれませんか?」
「……、わたくしに分かる範囲であれば」
えー、そっちじゃないですよお、と言いながらも口元をゆるめるフローラに、リリアナは知らんぷりをした。
「…ごめんなさい、リリアナ様。この部分の文法が難しくて。教えていただけますか?」
「どこですの?…ああ、それ。うちの国にはない言い回しですものね。ちょっとお待ちになって。わたくしのノートをお見せしますわ」
苦手と言いながら、基礎的な部分はできているフローラに少し感心する。
文法は図解の方が分かりやすいだろうと、フローラにノートを開いて説明してみせる。
「あ。…なるほど!わかってきました」
「そう。それはよかったですわ」
「…それにしても、リリアナ様は勉強熱心ですね。説明も、このノートも分かりやすくて…あ、よだれ跡」
「!?」
勉強熱心や、ノートが分かりやすいという個人的な褒められ方はされたことがなくて、動揺しそうになったところに、よだれ跡を見つけたと言われてリリアナは完全に動揺した。
「よだれ跡なんて、ついてるわけないでしょう!」
とっさに否定したが、言っているうちからそれが一度寝落ちした覚えのあるページだとわかった。本当によだれがついていてもおかしくない。目が泳いでしまう。図星なのはばればれだ。
「…リリアナ様って、本当にかわいくて、頑張り屋さんなんですね」
どうして。どうしてあなたなんですの。
慈愛に満ちたような優しい笑顔で言われて、自分の頬に血が上っていくのが分かる。
「疑問が解消したなら、ノートは返してくださいな」
「え、でも、もうちょっとだけ…」
粘ろうとするフローラは、さっきと違ってちょっと意地悪な笑顔だ。
本当は、ひったくって取り返したいが、そんなはしたない真似はできない。
「すぐに返す気がないのでしたら、いいですわ。次の授業までには返してくださいね」
猫をかぶっているのも限界なリリアナは、諦めて席をたった。
フローラがからかいすぎたかと、申し訳なさそうな顔をする。彼女のことだから遅くても明日にはまたリリアナに会いに来るだろう。ノートもついでに返してくれるはずだ。
「はぁ…」
部屋に戻ったリリアナは、ベッドに突っ伏して溜息をついた。
お化粧も落としていないしドレスのままだし、ベッドに横になるなんて良くないのは分かっている。
でも、他にどうしようもなかった。
勝手に火照る頬も、あの夜を思い出して甘く疼く身体も、怒りとも悲しみとも違う感情で頭の中がぐちゃぐちゃになる感じも、リリアナには手に負えそうにない。
こんなの、知らなかった。知りたくなかった。
せめて、相手が殿下なら、こんな思いはしなくて済んだのに。
***
コツコツ、とノックの音がする。
「リリアナ様、入ってもいいですか?」
「…お好きになさったら?」
会いたいけど会いたくない。でも、フローラならこう言えば絶対に入ってくる。このまま引き返す彼女なんて、リリアナには想像もつかない。
キィ、と小さくドアが鳴き、失礼します、とフローラが囁く。リリアナがベッドに伏せたままなのを驚く様子はない。
「リリアナ様、ノートありがとうございました。文法のところが分かりやすかったので、写させてもらいました。勝手にごめんなさい。机に置いておきますね」
「そう。わたくしが貸したのだから、構わないわ」
フローラの声も、足音も、リリアナを刺激しないようになのか、静かで優しい。
「リリアナ様、大丈夫ですか?お気分がすぐれないのなら、医務室の先生をお呼びしましょうか?」
「大丈夫ですわ…少し、息が苦しくて」
「…コルセット、外しましょうか?」
リリアナが答えられずにいると、フローラがベッドの端に座った。二人分の重みにベッドがさっきより少し深く沈む。優しい手つきで、手際よく紐が緩められて、呼吸が楽になる。
コルセットを外し終えても、フローラの手は離れず、薄い肌着越しにリリアナの背中の曲線をなぞる。
沈黙をやぶったのは、リリアナだった。
「わたくし、あなたのこと…」
フローラのように簡単にすきなんて言えない。王太子の婚約者がそんなことを言ってはいけない。一度つぐんだ口は重くなって、何もいえなくなってしまう。
「言ってください、リリアナ様」
ちゅ、と首にキスされる。細い指が肌着の中へと忍び込んでくる。
フローラが触れ始めると、期待した躰が勝手に反応して、熱い吐息が漏れる。
「お願い、言って…リリアナ」
切なく囁いて、フローラが強引に口を重ねるのに、リリアナは憤慨する。
どうして分かってくれないの、顔を見せたくないから伏せてたのに。わたくし、そんなあなたが…。
「わたくし、あなたが、きらいですわ」
フローラがぽかんとした顔で固まったのでリリアナはかなりスッとした。
悪いことをしてしまったとは思うのに、いい気味だわ、と思ってしまう。
少しはフローラもリリアナに翻弄されたらいいのだ、どうせ今だけなのだから。
いつか、わたくしは彼女に負けるのだろう。どんな形かはわからないが、予感がする。
硬直がやっと溶けたフローラは、声を上げて楽しそうに笑った。
「それって、わたしはリリアナ様の”特別”だって、うぬぼれてもいいですか?」
リリアナは、フローラの笑顔からぷい、と顔をそらした。
少し甘えてもいいかしら。
彼女だけは、きっと『ただのリリアナ』にきづいてくれるから。
ツンデレ美女は正義。




