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だって私は、真の悪役なのだから。(改訂)  作者: wawa


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3

 

  夏場でも冷え冷えとしたダナー城。その中で、唯一陽射しが満ちる庭園。リリーは花に囲まれ、そこに真白い蝶は集う。


  蝶と同じ様な白いドレスを身に纏う少女は、周囲を見回すと人の気配を確認する。


  「いないわね」


  そして薄暗い回廊を走り始めた。


  幼い頃より立ち入りが禁止された会議場への回廊。今はメルヴィウスには解放されて、禁じられているのはリリーただ一人。


  そろりそろりと不自然に扉に忍びよった姿。それを少し離れて見守る護衛と侍女は、真横を過ぎるダナー家の跡取りに素早く深く一礼した。


  見守る少女の元に、真っ直ぐに向かうグレインフェルド。


  (姫様………、後ろを、)


  侍女が強く念じるが、真白いドレスは背伸びに室内を覗き込む。


  「…………、……、」


  冷涼な蒼の瞳の先には、わずかに開いた扉の隙間を覗き込み、そして扉にぴたりと寄り添い耳をそばだてるリリー。


  「境会が、口を出す事は控えてもらわなければならないな」


  「いや、それよりも中央の者たちの杜撰さでしょう」


  王族が要求してきたのは、ある貴族を秘密に処分すること。しかし依頼主の不手際により、それを境会に咎められたのはダナー側だった。


  「我々を使えないようでは、そもそも意見を言うこともおかしな話です」


  「まあ、そうですね。いざとなれば、首は落とせばいいではないですか? 王族といえど、今回はただの分家です」


  「…………」


  「リリー」


  「はっ!」


  会議の前の議員たちの雑談を盗み聞きする妹。それを背後で眺めていたグレインフェルドの、かけた声にリリーは飛び上がった。


  「……何してるの?」


  きょろきょろと目を泳がし、はっと何かを思いつく。すると妹は、明らかにおかしな嘘を口にした。


  「蝶を見ませんでしたか?」


  「蝶、」


  六歳以降、外の丘にでさえ許可が無いと出られない。いつも城内の庭園で遊ぶ妹を不憫に思っていたが、今回の盗み聞きには罰を与えようと考えていた。

 

  「何色?」


  蝶は、光の射し込まない、冷気の漂う城内の奥には迷いこまない。


  見え透いた嘘を追及したが、リリーは動揺もなく更に嘘を重ねた。

 

  「銀色の、ふわふわーって、ひらひらしてるの」


  「銀色、」


  グレインフェルドの髪色を見て、咄嗟についた嘘の蝶。


  十三歳から貴族を束ねる議長代理を担い、十五になった今では侮られる事はなくなった。そのダナー家の跡取りとしての自分を蝶に重ねた妹に、ふっと力が抜ける。


  「それは蝶ではなくて、蛾だよ」


  「が、」


  明らかに嘘をついた妹に、嘘で仕返しをした。グレインフェルドはリリーの困惑した顔に、いつもより肩の力を抜いて会議場の扉を開いた。



 ✳✳

   


  「いいですか? 私たちの役目は、リリーお嬢様に近寄る、不必要な貴族を遠ざけることです」


  年上の従者の言い付けに、着飾った少年少女たちは会場に散る。


  ステイ大公家長女の十歳の御披露目に集う貴族たち。王都の貴族は、ダナー家とのより深い繋がりを求めて、これからは御披露目されたリリーにも近寄ってくる。


  これに右側(ダナー)の十枝と呼ばれるステイ大公領の貴族は、不必要な家門をあらかじめ抽出し、リリーに近寄らせないように手を打っていた。


  リリーに近い年頃の十枝の子供たちが周囲を固め、王都の貴族が挨拶以上の関係を作れない様に、披露宴会場に配置されている。


  庭に設置された円卓。お茶の会場は、他の貴族を寄せ付けない様に既に子供たちで固められている。そこに、儀礼的な挨拶から解放されたリリーが侍女と共に現れた。


  黒髪を結い上げて、淡い空色のドレスを身に纏ったリリーはふわりと席に着く。


  「リリー、おめでとう」

  「もう木に登るなよ」


  「メルお兄さまは、いつもそればっかり言うのねっ!」


  「疲れていないか?」


  グレインフェルドの気遣いに、薄紅の頬はうふふと笑う。


  「今からお茶の時間なのよ。このいちご色の、大きなケーキを皆さまといただくの。うふっ!」


  「わーお凶悪」


  「お兄さまたちも、ケーキ楽しみでしょ?」


  「お子様だけで召し上がれ」


  グレインフェルドに続き、舌を出すメルヴィウスは庭園を後にする。妹を前にすると、普段とは違う穏やかな顔をする兄弟。その様子を微笑ましく見守っていた周囲だったが、そこに、十枝の者でも足を止められない人物がやって来た。

 

  「これは殿下、ようこそお越し下さいました」


  朗らかな笑顔を浮かべる少年は、王家の者だと印象づける、白金の髪に青空の瞳。


  「ねえ、あそこ」


  呼びつけた年嵩のダナー家の従者に、既に同年代の少年少女に囲まれた、リリーの隣の席を指差した。


  「彼女の隣は、私の席だよね?」


  「…ただ今、お席をご用意致します」


  「ああそれと、私たちの両隣に、席は必要ないからね」


  「………かしこまりました」


  笑顔の少年は、取り囲む大人の貴族たちの挨拶に軽く頷くだけで、真っ直ぐ足は庭園に向かった。



 **


 

  リリーの好みで用意された様々な菓子と、大きな苺色のケーキ。それを嬉しそうにはしゃいでいた子供たちだが、侍女が一人に耳打ちすると、何故か次々に「失礼いたします」と席を立つ。


  「どうされたの?」


  リリーの問いかけに隣に座っていたノース伯爵令嬢のフィオラは、「グレインフェルド様とメルヴィウス様に、その、ごあいさつに、」と歯切れ悪く告げて立ち上がる。そして二人の兄が向かった先、露台へと集い始めた。


  名残惜しげにフィオラが庭園を出ると、入れ違いに現れた少年が席に着く。残されたのは、リリーとその少年だけになった。



 **



  「申し訳ありません。しばらく近寄るなと申し付けられました」


  従者の耳打ちにグレインフェルドが庭園を振り返ると、見覚えのある少年がリリーの隣に座っていた。


  「グランディア・アレキサンダー・グロードライトか」


  「招待状も無いのに、あの血筋は、本当に図々しいですね」


  苛立ちに歯軋りしたメルヴィウスも、苦々しく少年を睨み付ける。



  「腹違いの六人。その中でも、我らと敵対する左側、アトワの血筋を母に持つ第四王子」


 


 **



 

  (さすがダナー・ステイ大公家。この私に挨拶もなしか)


  突然の訪問でも、礼を尽くされるのが王家の一族。だがそれを知っても、グレインフェルドとメルヴィウスは、こちらを見て目を眇めているだけ。


  王家内の派閥争い。自身の足元を固める為に、誰しもが一目置くダナー家に、いち早く乗り込んで来た第四王子グランディア。


  (敵対勢力(アトワ)を母に持つ僕が、まさか今日来るとは思っていなかっただろうね)


  左側(みうち)への混乱と、右側(てき)に対する牽制。日々怯えるだけの母と無能な兄弟を観察していたグランディアは、噂の右側を自分の目で確かめようとやって来た。


  (いくら死神と呼ばれる右側(ものたち)も、単身で来た僕に何かあれば、困るのはダナー大公の方だからね)


  「あなたは食べないの?」


  「?」


  目の前に並べられたケーキの一つに、ぐさりとフォークが突き刺さる。


  「!」


  見たこともない、とてもはしたない行儀に目を丸くした少年に、リリーは「皆いなくなったもの」とふてくされて呟いた。


  大きめに切り取られたケーキの欠片。それを大きな口を開けてぱくりと飲み込む。


  「………」


  ダナー・ステイ大公領の偵察の機会となった少女。改めて見てみると、日に焼けない真白い肌に、宝石猫の様な美しい青の瞳。グランディアの瞳の色と同じ色のドレスに、黒髪は淑女を真似て結い上げられていた。


  「十歳おめでとう。偉大なるスクラローサ王国、右大臣ステイ大公家のリリエル・ダナー」


  そういえばと、ついでに祝辞を少女に与えた。だが言われたリリーは、それを聞き流して兄たちを見つめている。


  「あなたは、お兄さまたちにごあいさつ、行かなくてもよいの?」


  「うん、私は大丈夫」


  「……グレイお兄さまは、見た目につんとしているけど、見た目ほどこわくないのよ」


  「…そうなんだね、確かに、グレインフェルド様には、少し緊張するよね」


  「それにメルお兄さまも、やんちゃなところはあるけど、動きたいお年ごろなだけなの」


  「うん。メルヴィウス様はとても活発な方みたいだね」


  「………」


  「………」


  「じゃあ、取り分けてあげるね」


  「??」


  侍女を呼ばずに立ち上がった少女。そして大きめの皿には、数種類のケーキが並べられる。


  「食べなさい」


  「???」


  「えんりょはいらない。早くして。口に入れて」


  強く強く勧められて、グランディアは渋々とケーキの一つを口にする。


  「大丈夫。誰も見てないよ」


  きょろきょろと辺りを見回す無作法な令嬢。それはくるりと振り返り、ケーキを嚥下したグランディアを確認すると、蒼の瞳は弧を描きにっこり笑った。



 ✳✳



  後日、王家の紋章付きの手紙を送り、リリーに会う約束を取り付けた。


  リリーは一族に甘やかされて育ったのか、御披露目の場では貴族には珍しい無作法を行った。その行動に令嬢の周辺を探らせると、ステイ一族は、過剰なまでに大公令嬢を手厚く保護しているらしい。


  そして再び訪れたダナー城。王都にしかない洗練された焼き菓子を手土産に渡すと、リリーはとても分かりやすく喜んだ。


  その態度に、いつもグランディアの容姿を褒め称えるだけの、周囲の婦女子と同類だと考える。


  (右側(ダナー)に過剰に保護される箱入り令嬢だと聞いていたけど、女子供の扱いは、常にどれも同じだね)


  グランディアの見た目に騙されて好意を持つ。その好意を、王子は道具として利用するだけ。


  だがその考えは、直ぐに覆される。



  「グランディア様は、山大鹿(ヘンム)ってご存知?」

 

  「もちろん知ってるよ」


  「うちの家門のものたちはね、この前とっても大きな山大鹿(ヘンム)を狩ってきたのよ」


  「そうなんだね」


  「山大鹿(ヘンム)はね、増えすぎると村に入って悪さするから、春に狩られてお肉と毛皮になるの」


  「そうなんだね」


  「体はとっても大きくて、爪も長くて鋭くて、闘うととーっても危ないの。でもうちの者たちは優秀だから、短時間で仕留めたんですって」


  「そうなんだね」


  「………」 


「………」


  「お肉は召し上がったこと、ありますの?」


  「ありますよ」


  「………」


  「………」


  妙な間に、リリーはグランディアの瞳をじっと見つめている。二人の背後にそれぞれ立つのは、王子と令嬢の護衛。


  今はグランディアの一人の護衛に対して、リリー側にも背後に一人立っている。それはあの日から専任護衛筆頭として任命された、トライオン・クレルベ・ケイズだった。


  (ケイズの拷問官の跡取りを、ただの護衛として配置するとは)


  グランディアの護衛である王宮騎士のサイ・ラフェルは、一軍を指揮できる立場の者を護衛に据え置く大公家に疑問を抱いた。


  「グランディア様のお家のものは、山大鹿(ヘンム)はどうやって仕留めるの?」


  「…うちの周りには、山大鹿(ヘンム)はあまり出ないからね。あれは辺境の森にしかいないでしょう? うちは街の中なので」


  「そうなの、ではそちらの皆さまは経験が無いのね。じゃあうちの方が優秀ね」


  「………」


  「………」


  「珍しいお菓子をありがとう。そろそろお帰りになられるのかしら?」


  「ちょっと君、面白いことを言うね。ここに来た道のりの時間と比べて、滞在時間はその半分だよ」


  「まあ、グランディア様のお住まいは、ずいぶん遠くなのね。ご苦労様です」


  「………」


  「………」


  「じゃあ、氷菓子は頼めないわね」


  「……お望みであれば、次に持参しましょう」


  リリーは、グランディアの負けず嫌いを自然に刺激する。かみ合わない会話にトライオンは軽く目を伏せたが、サイは王子の小さな変化を見てとった。



 **



  (今日はプランの尋問官、この前はノースの断頭官だった。エレクト・アストラ・プラン、メイヴァー・エール・ノース、いずれも伯爵家の跡取りが)


  次期大公のグレインフェルドではない。大公家といえど、ただの令嬢の護衛が、会う度に変わっている。


  その事を疑問に思ったグランディアが訊ねると、なんとリリーには専任護衛が十人居ると口にした。


  (我ら王族でも、多くて五人程なのに)


  内心で息を飲み込んだのは同じく護衛のサイだったが、グランディアは笑ってそれを馬鹿にした。


  「令嬢の護衛が十人とは。それ程に、ステイ大公家には余裕があるのですね」


  「そうなのよ。うちの者は皆、とーっても強いから、グランディア様のお家の者にも負けないわね」


  「!」


  王族に対して反逆ともとれる内容に、妙な緊張が張り詰める。だが言った本人は、「だってグランディア様もそう思ってるでしょ? 自分の騎士団が一番だって」と軽やかに笑った。


  「…」


  「護られる側が一番だってそう思ってないと、護る側はやってられないのよ」


  物心ついたときから兄弟で足を引っ張り合い、常に優劣が頭にある。そこでグランディアは、自身の部隊への信頼より、王太子付きの優秀な部隊を羨んだ事があった。



 **



  「姫様、先ほどの言葉は、あまり、いえ、かなりよくありません」


  「どれかしら。私はよく、言葉を選ばないって常に常に皆さまに注意されるものだから、どの先ほどなのか心当たりがないわ」


  「うちのものがとーってもって、あれです」


  「…うちのものがとーっても、口うるさい…」


  「そんな話はしてなかったでしょう! うちが強いとか、あまり、その、他家の方には、そういう危険な発言は、お止めください」


  「………」


  「金輪際、お止めください」


  「えへへっ!」


  「駄目ですよ! この件は、きちんとケイズ卿に報告致します」


  「ああ、やめてよやめて。トライオン様に報告されたら、お父さまやお兄さまたちにも伝わる、話が長引けば、お母さまにまでいってしまう」


  「します」


  「エレクトーン、お願い…」


  「だから改名しないで下さい! 僕の名前はエレクトなんです!」


  「エレクト、お願い。やめて。」


  「あと気になるのは、あまりメルヴィウス様のあることないことを、お客様にお話にならない方がよいかと…」


  「あることよ。メルお兄さまは、ああ見えてグレイお兄さまよりも冗談が通じない真面目なの。グランディア様が間違えて冗談を言わないように、教えてさしあげたのよ」


  「ですが、お身内のことは、お控えに」


  「特にメルお兄さまはね、あまりグランディア様をよく思っていないから。親切心なのよ」



 **



  「あれだけ口が軽いんだ。ダナーの弱味を簡単に口にすると思っていたが、なかなか喋らないね」


  王城までの長い道のりに、馬上でそう言いながらもリリーに会いに行く日、自ら菓子を選びに行くグランディアの表情は隠しようもなく明るい。それを唯一知っていたのは、見守っていた護衛のサイだった。

 

  通い続けた三年。十五歳になり父王より婚約の許可が出た。そして正式な婚約書類を携えてダナー家に申し出ると、それ以降、リリーからの返信はぴたりと止まった。


  「グランディア殿下」


  目に見えて、グランディアはやつれ落ち込み荒んでいった。


  「あの家の弱味は分かってる。あの娘だってことなんだよね」


  結局グランディアが知り得たのは、リリーが家族と一族に愛されているという事実だけだった。


 

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