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「我らは国の法を重んじ、高潔な一族なのです。彼らと均衡を保っていると、思う世間がおかしいのです!」
「それにアトワ家のサーエル様を暖かい光の使いとするならば、あちらの令嬢は見た目に冷血で、闇の嫌悪を纏っている」
「国民は、真実を知る必要がない」
左側でアトワ大公家を支える三公、その中のフライツフェイス家の公子ラエルは、長い足を組んで優雅にお茶に口付ける。
「定期的に、報道を通じて誰かの断罪を与えれば満足し、次の余興を待つだけの単純なものだからな」
男子生徒女子生徒、それぞれが大きな声で意見を交わす中、ラエルは秘密事の様に人差し指を口に当てて笑った。
「だから我々が同じ事をしていても、色が黒くて陰鬱だという理由で、右側を無闇に恐れ嫌い、今回も、あちらの令嬢がグランディアに付きまとったと信じて疑わない」
「右側はそういう役割なのです。それは王もよくご存知でいらっしゃる」
笑い合う白制服の生徒たち。
彼らは家で学んだ授業には出ない。学院の教師は庶民の生徒の為のもので、貴族の生徒の一部はこうしてサロンで暇をもて余す。
フィエルが復学してから、彼を取り囲む左側の一族は、常に貴族専用室内の一角を占めていた。
「それはそうと今回の最新情報です。可哀想な王家のエルストラが異国の狂公爵に近々売られるらしいのですが、それは右側のリリエル令嬢のせいだと教えてやったら、民草は喜んで語り始めましたよ」
白色制服の生徒たちが、敵対する派閥を笑う声が響く中、気だるげに窓を眺めていたフィエルが、スッと立ち上がった。
「光は左手に、闇は右手に。間違えてはいけない。善悪に意味など無いのだ。光と正義は、常に左側にあるからな」
自分を崇める者たちに言うと、フィエルはその場を立ち去った。眺めていた景色の中、二階の回廊に見知った姿を見つけたから。
冬季学期が始まっても学院棟に顔を出さないグランディアが、足早に回廊を歩き去る。いつになく浮き足立った王太子の姿に、フィエルはある懸念にその後を追った。
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「もうお身体は大丈夫ですか?」
学生食堂に続く渡り廊下で、黒色の制服に身を包んだ生徒達を発見する。近寄るグランディアに黙礼し、その場を離れたダナーの家臣。
それに満足しリリーに向き合うと、やはり蒼い瞳はグランディアよりも先に周囲を漂う。いつものその姿に内心では笑ったが、自分を真っ先に見てほしいと、少しだけ強めに声をかけた。
「何処を見ているんですか?」
ハッとグランディアの空色の瞳と目が合ったリリーは、その場を取り繕う様に挨拶を述べた。
「ごきげんよう」
(怪我が治って、久しぶりに会った第一声が、それ?)
想いを募らせて、そしてようやく会えたのに、リリーはいつもの様にただの挨拶を口にする。胸に沸き起こるもやもやを、どうしようかと考えてしまったグランディアだったが、そんな彼に、更にリリーは軽く足を引いて会釈した。
「王太子殿下に、黒の安息を」
典型的な社交の挨拶。貴族では当たり前のこれに、何故かグランディアは、酷く傷ついた。
王太子就任式の場で公然と発表しようとした婚約は、エルストラの起こした事件でリリーが怪我をした事により、グランディアは披露宴を取り止めた。
そして急激に増えた王太子としての仕事と学業に追われ、思うように子飼いの間者をダナー家に送る事も出来ずにいた。
ただリリーの無事を祈り、手紙を書き、彼女が好きな花を送る。
何度もダナー家にリリーの容態を問い合わせたが、未だ王座に座らないグランディアには、公子からの儀礼的な返答しか来なかったのだ。
その想いが、ただの儀礼的な挨拶で、これほど傷つけられるとは思っていなかった。
「ぐ、王太子殿下こそ、お変わりない様で何よりですね」
「……」
「…そういえば、私がお休み中に、何か楽しい行事はありました?」
「特にありませんよ」
「……」
「……」
「王太子殿下って、仲の良いお友達はいらっしゃるの?」
「それなりには」
「……」
「……」
思ってもいない話しをしてくるのがいつものリリーだが、自分の名も呼ばず、明らかにグランディアを通して他人を探ろうとした問いかけに、想いが徐々に苛立ちに変わっていく。
だが限られた時間を無駄にしたくはない。グランディアは、昼食に向かうリリーを引き留めたのだ。気まずく見つめ会ったままではなく、二人だけで昼食に行こうと口を開いた。
「これから昼「グランディア殿下、王宮から使いが来ていますよ」
「!」
振り返ると、廊下の奥からアトワ家のフィエルがやって来る。
グランディアよりも一つ年下のフィエルはリリーと同じ歳。アトワ家の直系であり、とても有能だと称される。
そんなフィエルは、いつもの様にグランディアの邪魔をした。
「王太子殿下に、白の清廉を」
慇懃に軽く下げられた頭。その向こう、少し離れた回廊には、護衛のサイと侍従の姿が見える。
「呼び止めてすまないね。行っていいよ」
リリーをフィエルから遠ざけたくて、余りにも素っ気ない言葉になった。
立ち去るグランディアの背に軽く礼をする。その場に残された敵対する二人は、剣呑と目線を合わせた。
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グランディアを見送って、立ち去るわけでもなく、フィエルはリリーに歩み寄る。そして赤い瞳を冷ややかに、廊下の先を見た。
ロビーから、右側の十枝の者達がこちらを見ている。今にも襲い掛かって来そうな殺気だが、主の少女の出方を見て、堪えている姿に笑いがこぼれた。
「……フッ」
「??」
鼻から抜けた笑いに、リリーは驚いた顔をした。そして蒼の瞳はスッと侮蔑に眇られる。
「ごきげんよう。お名前は、なんだったかしら?」
アトワの跡取りを知らない者などいない。明らかに嫌味を言った右側の末子。馬鹿馬鹿しいとは思ったが、フィエルはそれに付き合ってやることにした。
「名乗るほどの者ではない。覚えられぬ者に、与える物は何もない」
「確かに。印象に残らない者ほど、聞いても覚えられないものよね」
(印象に、残らない者…?)
フィエルの見た目に、今まで一度もそんな事を言われた事も、考えた事もない。
あくまでも知らないと、あり得ない挑発を令嬢は繰り返す。
(おかしな奴だな)
思ったフィエルはリリーの黒髪を見て、神殿に飾られた神獣の大きな絵を思い出した。
エルロギア神に遣える第二の神獣フロートの、漆黒の鬣の様に波打つ黒髪。そして蒼と碧が入り交じる強い色の瞳。
生意気そうな大きなつり目は睫毛に縁取られ、さらにきつい印象が強くなる。そして日に当たらない真白い肌に、化粧気の無い唇は、薄く赤く色付くのみ。
フィエルの妹のサーエルとは全く真逆の印象に、敵とはこうも分かりやすく違うものかと観察していると、同じくフィエルを見つめていた令嬢は、瞳を嫌悪にグッと歪めた。
「……」
過去に一度、中身を見たことがある。
突然ダナーに乗り込んだ第四王子を訝しみ、一族内がざわめいた。何かの策略だと思ったフィエルは、王宮から運ばれる手紙を横取りし、中を確認してみたのだ。
それはただ、グランディアがダナーの令嬢に会いたいという恋い焦がれる内容だった事に、フィエルは酷く失望した。
あろうことか右側に、長く長く手紙を送り続けていたグランディアは、未だに令嬢を想っている。左側に繋がる者として、それは恥ずべき行為だと、フィエルはとても呆れていた。
「シベルを知っているか?」
「…シベル、左側の三伯爵家の一つだわ。なら十枝の「ならばあれの母方の家という事も知っているか?」
「あれ?」
「我がアトワを支える三公、三侯、三伯は、ステイ大公領の十枝と同じく、遡ればどこかで血の繋がりがあり、その中で、シベル家は全てにおいて常に末席を担ってきた」
「だから、何が言いたいのかしら?」
「たとえ王太子に選ばれたところで、末席は末席という事だ。お陰で今回、あれの浅慮を片付けるという面倒事を、我らが押し付けられた」
「浅慮」
「格好悪いだろう? 仮にも、左側の血を引く王子が、君なんかに振られたなんて」
「振った? 私が、ぐ、王太子殿下を? えーと、……なんの事かしら?」
リリーのきょとんと間抜けな顔に、フィエルはそれを下手な演技だと苛立つ。グランディアの愚行にも問題があるのだが、第四王子を誑かした者がそもそも悪いのだ。
「君はダナーで隠されて育てられたそうだが、異性の扱いは上手なようだ」
「……それは、それ程でもないわよ」
「だがあれに取り入ろうと、そちらに得になる事は何も無い。しかも女というものを使うしかないとは、とても残念だ。君は一番、兄弟の中でも、大したことがないんだな」
性別しか取り柄がないと馬鹿にした。フィエルの言葉に言い返せず、ダナー家の令嬢は羞恥に震えるだろう。
「……」
だがリリーは、小首を傾げた後に、フィエルを肯定して深く二度頷く。
「当たり前じゃない。うちの兄たちをご存じならば、そんな当たり前の感想面白くないわよね?」
「!?」
「他には無いの?」
「??」
「無ければ教えて差し上げましょうか? 兄たちの優秀さは、短い時間では語りきれないのだけれど。今回は特別よ」
思ってもいなかった答えに、逆にフィエルが内心でたじろいだ。




