エピック174【理想の国と暗躍と決意】
広い執務室の窓辺に、重厚な木製の机が置かれている。ジョンアイデルは肘をつき、山積みの書類やデータ端末に向かって黙々と手を動かしていた。
ペンを滑らせて報告書にサインし、次に世界地図とエルカーノスの組織図を並べて睨む。指先が「因子融合装置」「実験体」と書かれたメモの上で一度止まり、ため息交じりに呟く。
「ふぅ……7人の足取りはまだ掴めないし、未来はノイズで見通せない。だからこそ、こちらの手は緩められない」端末を操作し、各国の動向と組織の反応を次々と呼び出して確認する。静かだが確かな緊張感が彼の背中を包んでいた。
「理想の国、か……何が正解かなんて、誰も教えてくれない。だったら自分で、この混沌の先に道を描くしかないさ」暗い隠れ家の一室、壁に投影された世界地図に赤い点が次々と灯っては消える。7人の影が輪になって座り、中心には設計図の束と保管容器が置かれていた。その中の一人が低く落ち着いた声で口を開く。
「我らの組織名はストレンジ・プレデターだ。今はまだ水面下で動く時期――表立って名前を出して行動するのは絶対にマズい」別の者が頷き、画面上の監視情報を指し示す。
「エルカーノスも動き始めているし、次元側の連中にも勘付かれ始めている。だが本拠点は旧地下施設を転用したもので、まだ誰にも気付かれていない。隠れるには最適だ」リーダー格らしい男が保管容器を指で叩き、冷ややかな笑みを浮かべる。
「この装置と因子がある限り、未来のノイズは続く。誰にも予測されず、誰にも妨害されずに進められる。理想の形へ世界を再構築する――その最初の一歩を踏み出すのは、我らだ」
部屋の照明が一時的に暗くなり、7つの影が静かに任務への覚悟を固める。表舞台の緊張とは別に、暗闇で計画が密かに進行していた。部屋の空気がふとざわめき、冷たく湿ったような気配が7人の背後に忍び込む。いつの間にか、宙には女性の上半身が浮かんだような形をした大きな光の球体がゆっくりと回転しながら現れていた。肌は半透明で、輪郭はぼんやりと揺らぎ、顔立ちははっきりとは定まらないが、口元だけが薄く笑みを浮かべているのが見える。
「フフフ……お前らがせっせと計画を立てるか」機械とも生身ともつかない、柔らかくも響きの深い声が球体から漏れ出し、室内に反響する。7人が一斉に身構え、武器や魔導具に手をかけるが、球体はまるで気にする様子もなく続ける。
「まあよい。鍵も器も手に入れ、道を開く準備も整った。これから何が起きようと、それは私にとっても興味深い展開だ」光が一瞬強まり、7人の周囲に薄い結界のような膜が張られる。まるで彼らの動きを監視しつつ、同時に外部の探知から守るような力が働いているのを感じた。
「思う存分進めるがいい。ただし忘れるな――この力の行く末は、お前たちだけで決められるものではないということをな」球体はゆっくりと輪郭を曖昧にし始め、闇の中へ溶け込むように消えていく。残された7人は、未知の存在の介入に驚きながらも、自分たちの背後にさらに大きな何者かが控えていることを、はっきりと悟ったのだった。暗い室内の空気が引き締まり、赤髪の男が一歩前に出て、鋭く張りのある声で問いかける。
「我々7人をこうして集められたのは、歯車計画とビヨンダートのゲート作成を進めるためですよね、リュウゼツラン様」
彼の視線の先には、先ほどの光の球体とはまた異なる威圧感をまとった存在――リュウゼツランが静かに佇んでいた。声は低く重く、空間そのものを震わせるように応える。
「そうだ。この計画の核心を担うのが6つの歯車だ。それぞれに意味と役割が定まっている」
ゆっくりと指を動かし、空中に6つの光の輪を浮かべながら説明を続ける。
「包括――全体を一つに包み込み、調和させ、矛盾なく一つの体系へとまとめ上げる根幹。再生――崩れたものを組み直し、新たな形へと作り変える力。契約――関係と拘束を定め、裏切りも破棄も許さない絆の法則。心臓――全てに命を吹き込み、活動の原動力となる根源。聖書――真の理を記し、世界の在り方そのものを書き換える基準。革命――古い枠を打ち砕き、変化の流れを引き起こす推進力。そして、方舟――重要な力と理を安全に収め、境界を越えて運び、危機から守り次の時代へと継承する器」7つの輪がゆっくりと回り始め、室内に微かな次元の波動が満ちる。リュウゼツランの声がさらに厳しさを増す。
「これらの歯車を完全に確保し、噛み合わせる過程では、お前たちが手に入れた因子融合実験がどうしても必要不可欠となる。境界を越える力、世界を再構成する素地――それなしには、ビヨンダートのゲートは開いても一瞬で崩れるだけだ」赤髪の男は深く頷き、手元の設計図を握り締める。他の6人もそれぞれに決意を固め、計画の全容が初めて明確な形を持って彼らの前に示されたのだった。赤髪の男が計画の要点を整理するように、はっきりと言葉を続ける。
「ということは、包括、再生、心臓の3つの歯車は、今回手に入れた因子融合実験を使って新たに生み出すことになるわけですな」
彼は指で空中に浮かんだ光の輪のうち3つを指し示し、次に残りの3つへ視線を移す。
「では残る契約、聖書、革命、箱舟の3つは――こちらは既にどこかに存在しているものを探し出し、確保するという方針でよろしいですか?」リュウゼツランはゆっくりと頷き、低く重い声で答える。
「その通りだ。因子実験は『存在しない力』を作り出すための手段。だが残りの3つは、この世界や他の次元の歴史の中で、すでに『理そのもの』として形を持って眠っている。探し出し、自らの支配下に置くことで、初めて7つ全てが完全に噛み合う」
彼は瞳に冷たい光を宿し、続けて指示を与える。
「探す場所は様々だ。古い遺跡、封印された書庫、時空の狭間、さらには神々の領域にまで及ぶ可能性がある。容易ではないが、ノイズによって敵に予測されない今が、最良の機会でもある」赤髪の男は仲間たちと視線を交わし、確かな覚悟を込めて応じる。
「了解いたしました。生み出すものは実験で、探し出すものは捜索で――計画を2つのラインに分けて、同時に進めてまいります」ダボッとしたゆったりとした服を着た女性が、迷いのないはっきりとした口調で、役割分担を宣言し始めた。
「担当を明確に決めていくわ。まずワタシ自身が、歯車計画全体の統括を務める。次に聖書の歯車はオリーブに任せる」
そう言って彼女は、古びた書物の紋様が刻まれたメモリーを、黒い法衣をまとった男の手のひらに差し出した。オリーブは無言で頷き、慎重に受け取って懐へとしまい込む。
「再生の歯車はアザミだ」
赤と青の血管が複雑に絡み合う模様のメモリーが、赤髪の男へと渡される。アザミは指で表面をなぞり、力強く握り締めた。
「契約の歯車はマンダラケに」
陰陽師のような装束をした男の前に、証文を模した紋様のメモリーが置かれると、彼は静かに目を細め、深く頷いて応じる。
「方舟の歯車はロベリアが担当する」
エジプト風の装いをした女性には、波間を進む船の絵が描かれたメモリーが手渡された。「守り、運び、繋ぐ役目ね」と彼女は小さく呟き、確かに受け取る。
「心臓の歯車はアカツメだ」クローバーの髪飾りをつけた赤髪の男性には、鮮やかな赤い心臓の紋様が刻まれたメモリーが渡される。彼は胸に手を当て、「力の源、しっかりと預かる」と低く応えた。
「革命の歯車はグラジオラスに任せる」金髪でパンク調の服装をした男の手には、回転する歯車のマークが描かれたメモリーが渡される。彼はにやりと笑みを浮かべ、「古い殻なんて、いくらでも砕いてやるさ」と意気込みを見せる。最後に彼女は、虹色にきらめく特殊なメモリーを手に取り、隣に控えていた金メッシュの黒髪の男性へと差し出した。
「そして包括の歯車――これは計画全体を一つにまとめ上げる要の役目。ワタシの右腕であるヘリオトロープ、お前に任せる」ヘリオトロープは背筋を伸ばし、真摯な眼差しで虹色のメモリーを受け取る。
「承知いたしました。あらゆる要素を漏れなく束ね、7つの歯車が正しく噛み合うよう、万全を期します」こうして、7つの歯車それぞれの担当が定められ、それぞれのメモリーが微かな光を放ち始めた。ストレンジ・プレデターの計画は、いよいよ具体的な段階へと本格的に動き出したのだった。役割分担が定まり計画が動き出すと、ストレンジ・プレデターは水面下で恐るべき行動に打って出た。彼らは各地の街や集落、辺境の村々に密かな手を送り込み、乳幼児から中学生になる前の年齢の人間や亜人間の子供たちを標的に、組織的かつ大規模な攫いを開始したのだ。夜陰に紛れ、あるいは人目の少ない時間帯を狙い、痕跡を残さぬよう特殊な結界と催眠の術を用いて行われるその手口は、最初は単なる行方不明事件として扱われるだけだった。だが同じような失踪が短期間に各地で続発するにつれ、不穏な共通点が浮かび上がる。
「なぜ子供たちなのか?」本部の一室で、一部の者が疑問を口にすると、ダボッとした服の女性が冷たく答えた。
「因子実験には『純粋な器』が必要だ。長く世の理に染まりきっていない幼い体と精神ほど、新たな力や異なる法則を受け入れる余地が大きい。これから生み出す包括・再生・心臓の歯車の核として、彼らの素地が不可欠なのだ」攫われた子供たちは、外部から完全に隔絶された地下施設へと次々と送り込まれ、監視下に置かれる。悲鳴も助けを呼ぶ声も、次元の結界に遮られて外界へ届くことはない。この大規模な誘拐は、ストレンジ・プレデターの計画が単なる装置の起動に留まらず、命そのものを素材として扱う禁忌の領域へ踏み込んだことを示す最初の兆しだった。やがてこの異変は、ジョンアイデルの皇国や国際組織エルカーノスの警戒網にも、ゆっくりと影を落とし始めるのだった。子供たちの拉致と並行して、ストレンジ・プレデターはさらに大掛かりな体制づくりを進めていった。彼らは各国の都市部の裏通り、辺境の廃鉱山、さらには中立地域の地下など、目立たず隠れやすい場所を選び、次々と秘密の研究施設を設立していった。表向きは医学研究所や魔道具開発工房、あるいは資源調査事務所といった名目で登録し、当局の監視の目を欺いていた。 施設の内部は、次元エネルギーの制御装置、因子融合実験用のカプセル、子供たちを収容する隔離区画など、計画の各段階に対応できるよう徹底的に整備されている。それぞれの施設には担当者が配置され、データや資材、被験体を安全にやり取りできる専用の転送路まで構築された。 ダボッとした服の女性は、地図上に次々と印が増えていく様子を眺めながら、冷静に指示を出す。
「これで実験を分散して進められる。一つの拠点が発見されても、全体が崩れる心配はない。それぞれの施設で『包括』『再生』『心臓』の歯車に必要な素地を育て、データを集積していくのだ」こうしてストレンジ・プレデターは、単なる密会グループから、世界中に根を張る巨大な秘密組織へと姿を変えていった。その影は徐々に広がり、皇国をはじめとする各国の治安網のすき間に、静かに食い込んでいくのだった。執務室の机に山積みされた報告書をめくりながら、ジョンアイデルははっきりとした口調で疑問を口にした。
「どうやら各国で相次いで子供の誘拐事件が発生しているらしいな。このミクスタッドでも例外ではないという報告が上がってきた。標的が幼い子供たちに集中しているとは……一体何の目的で、こんな大規模な手口を使っているのか?」眉間にわずかな緊張の皺を寄せ、事件の背後に潜む何者かの存在を探るように思考を巡らせていると、重厚な扉が静かに開き、数人の白衣を着た者たちが入室してきた。彼らは皇国直属の医療・魔導調査団の面々だ。先頭に立つ責任者が丁寧に一礼し、落ち着いた声で告げる。
「皇帝陛下、ご多忙中とは存じますが、定期の健康検診の時間となりました。不老不死の安定状態を確認するため、採血や細胞の採取、魔素の流れの測定などを行わせていただきます」ジョンアイデルは事件の件を一旦心の奥に留め、視線を医療団へと向ける。
「ああ、わかった。手続き通りに進めてくれ」彼は椅子から立ち上がりながら、内心ではこの検診の意味と、同時に起きている不可解な事件との間に、どこかで繋がりがあるのではないかという漠然とした予感を拭い去ることができなかった。検診の手順が進む中、医療団の一人が注射器を手に、「少しだけ眠くなる薬です」と言いながら、ジョンアイデルの腕に麻酔薬をゆっくりと注入した。ジョンアイデルは一瞬違和感を覚えたものの、視界がぼやけ、体の力が抜けていくのを止めることができず、椅子にもたれかかるように意識が遠のいていった。その隙を逃さず、彼らは手早く複数の試験管を取り出し、必要な量の血液を採取すると、特殊な採取器具で表皮と魔素が濃縮された細胞組織まで抜き取った。作業が終わると、先頭に立っていた者が低く、喜びと緊張の混じった声で呟いた。
「これがネームレスの一体であり、その頂点に立つ存在のものか……目的としていた最高級のサンプルを、まさかこんなに容易に手に入れられるとはな」彼らは素早く採取した試料を特殊な密閉容器に収め、痕跡を消すように処置を施し始める。
「これで任務完了だ。すぐにここを離れるぞ。後から来る本物の医療団には、事前に細工した記録と偽の手続き書類でごまかしておけば問題ない」彼らは白衣を脱ぎ捨て、室内の隠し通路から姿を消した。執務室には、深い眠りに落ちたままのジョンアイデルだけが残されていた。この瞬間、ストレンジ・プレデターの計画は、単なる子供たちの素地だけでなく、世界の根幹に関わる禁忌の素材まで手に入れ、さらに危険な段階へと進んでいったのだった。執務室に静かな足音が響き、クレティアが入ってくると、椅子に深くもたれたまま眠り込んでいるジョンアイデルの姿を見つけた。彼女はすぐに駆け寄り、肩に手を置いて声をかける。
「アイデル、起きて。目を覚まして」ジョンアイデルはまぶたを重たそうに開き、寝惚けたような掠れた声を漏らす。
「ん……? ああ、俺……確か健康検診を受けてたんだよな……」クレティアは眉をひそめ、はっきりとした口調で問い返す。
「検診でこんな深く眠くなるものなの? さっき念のため医療機関に確認を取ってみたけれど、陛下への定期検診は確かに今日に予定に入っていても、こんな早い時間に実施する手配にはなっていないらしいわ」その言葉に、ジョンアイデルは一気に頭が冴え、体を起こして顔色を改める。
「……まずい。俺としたことが、警戒を緩めて引っかかってしまったか」
「ワタシも何となく胸騒ぎがして、事前に確認を入れておいたのよ」クレティアがそう言った直後、扉が軽く叩かれ、今度は正式な合図と共に声が届く。
「陛下、健康検診団がただいま到着いたしました」本物の医療団が入室してきた瞬間、ジョンアイデルとクレティアの視線が鋭く交わった――既に何者かがこの部屋に侵入し、目的を果たして去ったことを、二人ははっきりと悟ったのだった。本物の検診が滞りなく進み、採取された血液や細胞、魔素の流れなどを調べた結果、いずれも正常な数値範囲内で安定していることが確認された。医療団が退室した後、ジョンアイデルは静かに考えを巡らせ、はっきりとした口調で言葉を紡ぐ。
「こうして数値に異常がないということは、俺自身の体に直接的な害はない。だが逆に考えれば――奴らの目的は『危害を加える』ことではなく、『素材を入手する』ことだったわけだ」彼は指で机を軽く叩き、思考を先へ進める。
「ってことは、俺だけじゃない。準皇配、そしてクレティア以外の皇配たちの細胞や血液も、同じような手口で狙われ、すでに入手されている可能性が極めて高い」そこまで言った瞬間、ジョンアイデルの表情がぴたりと止まり、何か重大なことを思い出したように目を見開く。
「ん…!? クレティアの細胞……いや、皇配たちの組織サンプルといえば、過去の検診や研究用に採取された分が、地下の極秘保管庫に厳重に保管されていたよな?」彼はクレティアの方を向き、声に緊張を込めて問いかける。
「あの保管庫の存在を知っている者は限られているはずだが、もし奴らがそこまで情報を握っているのなら――生きた本人からだけでなく、保管されている『過去のサンプル』まで狙っている可能性がある」
クレティアもその言葉で事態の深刻さを悟り、すぐに通信端末を取り出す。
「確かに、あそこには皇配それぞれの純粋な細胞や魔素サンプルが封印されている。すぐに保管庫の警備状況と痕跡を調べさせるわ。奴らが何のためにこれほど多くの『素材』を集めているのか、その答えが見えてくるかもしれない」二人の間に、計画の全容がまだ見えないながらも、敵の標的が「力そのもの」であることをはっきりと感じ取る緊張感が満ちていた。ジョンアイデルとクレティアが急いで地下の極秘保管庫へ向かい、厳重な封印を解いて内部に足を踏み入れると、二人は一瞬言葉を失った。棚に整然と並べられた特殊な密閉容器の列を確認していくうちに、明らかな欠落が見つかった。
「……ここだ」ジョンアイデルが指を差す先には、クレティアの血液と細胞が保管されていたはずの容器が一つ、跡形もなく消えていた。封印の痕跡も鍵の傷も見当たらず、まるで最初から存在しなかったかのように空白が残されている。
さらに隣の棚へ視線を移したクレティアが、低い声で驚きを漏らす。
「まさか……こちらもなくなっているわ」そこにはジョンアイデルの義母にあたるフィリアのサンプルを納めた容器が置かれていた場所だった。こちらも同じように痕跡なく一つ持ち去られていた。ジョンアイデルは棚の周囲を注意深く調べ、壁の結界の状態を確認する。
「外部から強引に侵入した形跡はない。結界も正常に機能したままだ。つまり……内部の情報を握り、あるいは結界をすり抜ける次元の術を使って、痕跡を残さずに持ち出したということか」クレティアは記録帳を開き、保管リストと照らし合わせながら顔を曇らせる。
「クレティア、おかあさま……二人のサンプルだけが狙われている。偶然とは思えないわ。これは明らかに選び抜かれた素材だということ」ジョンアイデルは拳を強く握り、敵の目的が次第に輪郭を帯びてくるのを感じていた。
「俺自身のもの、お前のもの、そしてフィリアのもの……これらが揃って初めて、何か特別なものが作り出せるということなのか。奴らが求めている『歯車』の正体が、だんだんと見え始めてきたぞ」保管庫の闇の中、二人はこれから起こるであろう事態の重さを、はっきりと胸に刻み込んだのだった。ストレンジ・プレデター ミクスタッド支部
薄暗い地下施設の制御室で、複数のモニターが各色のデータ波形を映し出し、ラックには厳重に封印された試料容器が整然と並んでいた。ダボッとした服の女性が中央の席に座り、報告を受けると、満足げながらも冷静な口調で応じる。
「さまざまな種族の因子は、予定通りすべて入手することができた」彼女は指先で画面をなぞり、人間、魔族、精霊、さらにはネームレスの頂点たるジョンアイデル、クレティア、フィリアといった特殊な存在のサンプル名を次々と表示させる。
「表向きには学術研究と種族保存を名目に一度申請すれば、正式な機関として成立させることができる。法の網の目をくぐり、当局の監視下に置かれるどころか、公的な保護まで受けられるようになる」隣に立つヘリオトロープが続けて補足する。
「加えて、これらの純度の高い因子が揃ったことで、『包括』『再生』『心臓』の歯車となる正規品を作り出す計画も、順調に進められる見込みです。従来の実験体とは次元の違う安定性と力を備えた器が生まれるでしょう」女性は冷たい笑みを浮かべ、画面に映る子供たちの収容区画の様子をちらりと見やる。
「素材も手続きも準備完了。あとは時間をかけて融合を進め、7つの歯車を完全な形で噛み合わせるだけだ。ビヨンダートのゲートを開く日は、もうすぐそこまで迫っている」施設全体に低い振動が走り、禁忌の実験がいよいよ本格的な段階へと移行していくのだった。闇は確かに密かに暗躍を続け、世界の裏側で禁忌の計画が静かに進行している。だが、その闇の全貌が明らかに暴かれ、真の対決が繰り広げられるのは、別の物語での話——この場ではまだ、幕を開ける時ではない。この物語の軸は、そうした陰謀の渦中にありながらも、一人の少年が抱いたたった一つの信念から始まっていた。種族や立場、生まれの違いで人を差別し、偏見で見下す世の中を変えたい——誰もが自分らしく生き、互いに認め合える場所を作りたい。その純粋な思いが、彼を皇帝としての道へと導いたのだ。長い時間をかけて国の基礎を築き、制度を整え、かつて敵対した者たちさえも力を合わせる仲間へと変え、不老不死という新たな在り方まで定めた今、彼は静かに、だけど揺るぎない決意を胸に誓う。
「理想の国を守り続け、さらに発展させていく」それが、ジョンアイデルという存在がこの世界に刻もうとする答えであり、この物語が語り継ぐ結末なのだ。




