エピック165【皇帝の初仕事】
即位祝賀の騒ぎがようやく静まり、王宮にも本来の落ち着きが戻った翌日の朝。まだ日が高くならないうちから、ジョンアイデルの執務室の明かりは既に灯っていた。机の上には旧ミクスタッド帝国の公文書、法令原案、AI端末に届く各省庁からの報告メールが山のように積まれている。彼は疲れを見せず、羽根ペンを走らせたり、画面を確認したりと手を休めない。ひとまず一通りの目を通したところで、背中を軽く伸ばしながら、低くはっきりとした声でつぶやく。
「まずは国名改名と改元作業だ」手元には、歴史的背景や民の感情、貿易条約や国際的な呼称までを調べた資料が整えられている。国名の変更は単なる看板の掛け替えではなく、「新たな始まり」を内外に示す最初の宣言であり、法体系・公文書・通貨・印璽に至るまで全ての基準が関わる大仕事だ。
「これが決まらなければ、次の福祉改革も魔科学の推進も、名実ともに前へ進めない」彼は新しい国名案が書かれた紙に朱印を押し、正式な勅令の原案として清書を命じるメッセージを大臣室へ送信する。続いて、改元に伴う暦の調整や、旧名称から新名称への円滑な移行スケジュールをまとめた補足文書にも、次々と署名と指示を記入していく。
「手続き一つひとつに意味を込める。民にも世界にも、この国が変わる意志を明確に示す――これが、私の最初の答えだ」その瞳には、退屈な事務作業を超えた、未来へ向かう確かな決意が宿っていた。ジョンアイデルは新しい国名案を指でなぞりながら、独り言のように確かめる。
「ミクスタッド皇国は、これよりジョースター・ミクスタッド皇国と改める。略称はジョースタッド皇国――呼びやすく、記憶にも残りやすい」彼は正式な文書のレイアウトを整え、朱印を押す位置を確認しつつ続ける。
「それから、国名改名の届け出は国連本部にも正式に提出しなければならない。条約、国際機関、通貨や外交上の呼称まで、すべてこれを基準に更新されるからな」少し肩の力を抜き、端末の送信ボタンに指をかけながら小さく笑う。
「まあ、昔なら書類を持って大使館経由で運ぶ必要があったが、今はFAXでも届く時代だ。手続き自体は楽ちゃ楽だ。だが、形式だけで済ませず、内外に『新たな歴史の始まり』を明確に示すこと――そこに意味がある」
そう言って彼は、国名改定に伴う国内告示の文案と、国連向けの英文公式文書を並べ、一つひとつ丁寧に署名を入れ始めた。ジョンアイデルが送信ボタンを押して数分も経たないうちに、国連本部の文書課へ、ジョースター・ミクスタッド皇国への国名変更を正式に通知するFAXが届いた。紙面には皇帝直筆の署名と国璽の押印が鮮明に記され、法的な効力を持つ公文書であることが一目でわかる。国連側は定められた手続きに従い、形式や記載事項に不備がないか速やかに確認を進める。改名に反対する国からの届け出もなく、既存の国際条約や加盟資格にも抵触しないことが確認されると、承認の手続きは滞りなく進んだ。ジョンアイデルの執務室にある受信機が静かに動き始め、暫くすると、国連事務総長名で発行された承認通知書が紙面に印刷されて吐き出された。彼はそれを手に取り、内容を一瞥すると、小さく頷く。
「これで国際的にも正式な扱いになる。国内の告示と併せて、次の政策を進める土台ができた」机の上には次の段階の資料――通貨名や公用文書の様式変更案、改元に関する勅令案が既に並べられていた。最初の一歩が法的に確定した今、彼の手は次の仕事へと再び動き出す。エピック165【皇帝の初仕事】
国連からの承認書を書類棚に収めると、ジョンアイデルはすぐに机の奥から別の書類束を引き出した。次なる課題は通貨制度の統一――旧ミクスタッド時代に地域ごとで乱立していた貨幣を整理し、新たな国の経済の根幹を定める作業だ。
彼は貨幣の種類と交換レートが記された表を指で追いながら、はっきりと声に出す。
「さて、次は通貨の統一だ。ジョースタッド皇国の基軸通貨は『キャッシュ』と定める。そして補助貨幣として、上から順にプラチナ、ゴールド、シルバー、カッパーを置く」傍らに置かれた貨幣の見本を手に取り、重さと刻印を確認する。
「換算ルールは単純に。1キャッシュ=1000プラチナ、1プラチナ=1000ゴールド、1ゴールド=1000シルバー、1シルバー=1000カッパー――千進法で統一すれば、民も商人も計算に迷わない」彼は新通貨のデザイン案に目を通し、表には国璽と建国の年、裏にはそれぞれの価値と略称を刻むよう書き加える。
「これで市場が混乱せず、税の徴収や給与の支払い、国際貿易までスムーズに流れる。名前が変わり、金の流れが整えば、国の体も本格的に新しくなる」朱筆で通貨法の原案に「可」の文字を記し、貨幣鋳造局への指示文をまとめ始めた。通貨制度の整理に目途がつくと、ジョンアイデルは視線を別の重要な分野へと移した。宗教観と信仰体系の再編――国の精神的な柱を定める、思想の根幹に関わる改革である。彼は過去の教義書と改正案を並べ、静かに言葉を紡ぐ。
「次に手を入れるのは宗教関連だ。これまでの国の基盤にあったカルデア教は、『発展』だけを唯一の目標として掲げてきた。だが、発展だけを追い求めれば、均衡を失い、歪みや軋轢が生まれる」ページをめくり、新たな教えの骨子を指で示す。
「よって、これを改め、ノウムカルデア教を国の基調となる信仰と定める。教えの中心にはこう置く――『法の秩序、必要悪の存在、古いものの破壊による刷新、万物の循環、そして根源としての虚空』。これらすべてが揃って初めて、真の意味での安定した発展が成り立つ、という思想だ」彼は国璽の図柄にも、この教えの象徴を加えるべきかと考えながら続ける。
「破壊は否定されるものではなく、次の生成のための土台。悪も完全に排除すれば、法と善の意味そのものが曖昧になる。循環と虚空は、過度な拡大を抑え、根源への回帰を促す。この均衡こそが、ジョースタッド皇国が長く続くための精神の軸となる」勅令案の「宗教基本方針」の欄に朱文字で大きく記し、国内の神殿や教団への移行指示案をまとめ始めた。
エピック165【皇帝の初仕事】
宗教方針の骨子を書き終えると、ジョンアイデルは机の上に大きな白紙を広げ、鉛筆を手に取った。次に着手するのは国旗のデザイン改定――国の理念と歴史を一目で示す、最も象徴的な印の刷新である。
「国名も通貨も信仰も新たな形に定めた今、旗だけが古いままでは調和が取れない。この布切れに、この国の核心を凝縮させなければならない」彼はまず地色を決める。虹色である。そして双竜と十二芒星、中央にプロビデンスの目そして、上の方に王冠、下の方は蓮の花
彼はスケッチを眺め、頷く。
「これがジョースタッド皇国の旗だ。見る者に、我が国が何を根拠に立つかを直感的に伝えられるだろう」図案の下に「国旗制定勅令案」と記し、布地の規格や掲揚基準を追記していく。国の姿が、また一つ具体的な形を得ていく。国旗の制定案に目途をつけると、ジョンアイデルは机の上に積まれた別の分厚い報告書を手に取った。表紙には「国民生活実態調査・保健福祉関連」と記されている。彼はページを繰りながら、統計数字と現地の報告内容を一つひとつ丁寧に読み進める。
しばらくして、指で自殺者数と背景事情が記された箇所を示し、低くつぶやく。
「なるほど……経済的な困窮、将来への不安、人間関係の悩み、心の病など、理由は様々だが、これだけの数が毎年出ているというのは見過ごせない」
彼は思考をまとめるように頷き、次々と方針を口にする。
「よーし、まずは心の相談機関を全国的に拡充・強化する。町や村ごとに窓口を置き、匿名でも相談できる仕組みを作る。次に専属療養師制度を導入しよう。魔術と医学、心理学を兼ね備えた専門家を育成・配置し、身体だけでなく心のケアまで責任を持って行う体制にする」そしてさらに、これまでの常識を覆すような大胆な構想を明かす。
「それから――最も根本的な施策として、不老不死を国民の標準的な権利とする。ただし、ただ永く生きられるだけでは意味がない。『生きていくことには自らにも社会にも責任が伴う』という理念をしっかりと定め、義務と権利を両輪に据えた上で実施するのだ」彼は不老化の魔科学技術の研究データや副作用対策、社会的影響に関する試算表を広げる。
「寿命の限界があるからこそ『逃げ』として死を選ぶ道が頭をもたげる部分もある。生き続けることが前提になれば、問題から目を背けるのではなく、解決する方向へと意識が向きやすくなる。責任を自覚し、長い時間をかけて自分も社会も立て直すことができる――そんな土台を作るのが、この施策の狙いだ」勅令の原案には「心の支援体制の整備」と並んで「不老化権利法」の項目を新たに設け、技術の安全性確認、段階的な導入計画、責任規定の詳細を追記し始めた。国が民の命と心を守り、長い未来を共に歩むための、大きな一歩がここに刻まれようとしていた。ジョンアイデルは書類に手を走らせながら、はっきりと声に出して指示を固める。
「療養師の育成体制、どこに任せるか……そうだな、トライにやらせよう」
彼は少し考えるように視線を上げ、確信に満ちた口調で続ける。
「アイツは昔から人の心の動きに詳しく、心理学の造詣も深い。何より、体や心に障害を持つ者、生きづらさを抱える者たちの立場に立って考え、理解しようとする力がものすごくある。技術だけでなく『寄り添う心』を教えられる人間は、他にそう多くはいない」
すぐに端末を取り、トライ宛てに直接連絡を打ち込み始める。
「全国の養成校のカリキュラム作成から、講師陣の選定、現場での指導方法まで、一任する。魔術療法と医学、心のケアを融合させた独自のプログラムを作ってもらうんだ。人材の質がこの制度の成否を決める――責任重大だが、アイツなら必ずやり遂げてくれる」短い指令文の最後に署名を記し、送信ボタンを押すと、ジョンアイデルは次の課題へと意識を切り替えた。信頼できる者に任せることで、新たな福祉の柱が着実に立ち上がっていく。ジョンアイデルは経済白書と労働実態調査のデータを並べ、明瞭で力強い口調で新たな基準を打ち出す。
「次は労働と経済の枠組みを根本から組み直す。働きすぎが心身を蝕み、生きる意欲まで奪うような仕組みは改めなければならない」
彼は指で規定案をなぞりながら続ける。
「まず標準労働時間は1日4~6時間に固定。報酬基準は明確に:4時間勤務の場合、時給85,000円以上、6時間勤務の場合は時給55,000円以上を最低保証額とする。これで短時間でも十分な生活が成り立つようにする」続いて勤務日のルールを定める。
「基本の出勤日は月曜から金曜までの週5日と定める。土日祝日やそれ以外の休日に働かせる場合、あるいは1日の上限を超えて残業させる場合、企業には法定の割増手当を必ず支給する義務を課す。違反すれば重い罰則を科す」その背後にある考えをはっきりと口にする。
「給与を高く抑え、時間を短くすることで、『生きるために働く』から『自分の人生を豊かにするために働く』へ発想を変えさせる。不老不死を前提とするこの国では、労働は負担ではなく、長い時間の中で自分を磨き社会に関わる手段であるべきだ」すぐに法務担当へ草案を回し、「福祉と連動させ、心にも懐にも余裕のある国にするのだ」と言い添えた。労働環境の再構築が、国民の生活を支える第二の柱として動き出そうとしていた。ジョンアイデルは規定案の欄に次々と条項を書き加え、淀みなく言葉を続ける。
「それとな、出勤の形態は一切問わない。会社に直接出向く勤務でも、オンラインで自宅などから参加する勤務でも、基準はまったく同じだ」彼は視線を上げ、対象者全員に行き渡るよう明確に告げる。
「内職として自宅で作業する場合でも、同じ時給基準を適用する。さらに個人事業を営む者についても、同等の報酬体系と保障枠を設け、区別なく扱う」そして、最も配慮すべき点を力強く付け加えた。
「それから、もし仕事によって身体に支障や不調が生じた場合でも、打ち切りにはしない。専門の補助サポート体制を通じて、能力に合った形で就労を継続できるよう支援する。療養制度とも連動させ、『働く権利』を最後まで守り抜くのだ」柔軟性と公平性、そして安全網を兼ね備えた仕組みにより、誰もが自分に合った形で安心して働ける社会の輪郭が、より鮮明に浮かび上がっていった。ジョンアイデルは机の上の図面を指で叩きながら、さらに明確な枠組みを打ち出す。
「それと、ジョブワークと役場を統合して一つの総合窓口機関に再編する。データも事務手続きも即座に連動できる体制にすれば、手続きの二度手間や待ち時間がなくなり、住民も事業者も手間が省ける」
彼は続けて、次の中核的な施策を告げる。
「もう一つ――ミクカードを全住民に配布し、常時携帯するよう義務付ける。これ一枚で通勤・通学のICカード、健康保険証、各種資格証、身分証明書を兼ねる多機能カードにする。一枚で済むことで紛失のリスクも減り、行政サービスへのアクセスも格段に速くなる」すぐに視線を隣に立つ魔科学者へ向け、確認を求めた。
「おい、リヴァイアサン。発行・管理のシステムは、もう各拠点に組み込んであるんだろうな?」銀糸のような髪をなびかせ、魔術回路の設計図を手にした女性・リヴァイアサンは、淀みなく力強く答える。
「はい、ジョンアイデル様。各総合協会の中枢演算機には、魔術暗号による識別発光機能も含め、発行から更新・停止まで全システムが完全に導入済みです。不正複製は不可能、カードの状態は瞬時に照合でき、遠隔での情報更新にも対応しています」
「よし」と頷いたジョンアイデルは、次の一文を方針書に書き加える。「これで行政と福祉と就労のネットワークが一枚に繋がる。誰がどこにいても、必要な支援と権利が確実に届く体制になる」ジョンアイデルは書類束のうち軍事・外交関係の資料を手元に引き寄せ、数字と計画案をじっくりと読み込む。
「軍事費の総枠については……この規模であれば、国土の防衛と周辺諸国との均衡を保つ上で妥当な範囲内と言ってよい」だが、ページをめくって兵器開発の項目に差し掛かると、眉間にわずかに皺が寄る。
「だがな、この兵器開発の予算と方向性は行き過ぎだ。性能を極限まで追い求め過ぎて、費用もリスクも必要以上に膨らんでいる。実戦での必要性と運用効率を照らし合わせれば、明らかに余剰な部分が多い」彼はペンを取り、数字の横に線を引きながら決断を下す。
「不要な過剰性能や先鋭化路線は見直す。兵器開発予算は全体で一定割合削減し、その分を防衛インフラの整備や兵士の待遇改善、あるいは民生分野へ回す。軍は『守りの力』であって、過剰な攻撃力を競うものではないからな」ジョンアイデルは予算案の該当欄に手を止め、先ほど削ると決めた兵器開発費の横にある項目に視線を移す。ペンを持ち直し、数字を書き換えながら冷静に言葉を続ける。
「だが、軍事養成に関する費用は逆に少し増額する」
彼は視線を上げ、関係者たちにはっきりと告げた。
「高度な兵器よりも、それを正しく扱い、状況を的確に判断できる『人』こそが本当の防衛の要だ。守るためには人の力が不可欠であり、訓練の質、教育の内容、装備の基礎、そして兵士一人ひとりの心構えと体力を鍛え上げることこそ、長期的に見て最も確かな安全保障になる」手元の帳簿に養成費の枠を広げる数字を記しながら、続ける。
「技術に頼りすぎず、人を育てる。これが均衡の取れた軍体制の基本だ。削った開発費の一部をこちらへ回し、現場の力と士気を支える体制を整える」ジョンアイデルは外交関係の書類を順にめくり、並んだ国名を一つずつ確かめるように読み上げる。
「日本、アスタリア国、ブリタニア、オリンピア、ケルト国、エルトリア、メルトリア、ボレアリス、レムリアナ、スネジア、エカトリア……現在の同盟・協力・友好国はこれらだな」
彼は書類を机に置き、指で大陸全体の地図をなぞるようにして構想を語る。
「これからはこの輪をもっと広げていく必要がある。友好国・協力関係にある国は、多ければ多いほど国際的な安定と防衛網が強固になるからだ」そして次の重要な機会に思いを巡らせ、声に力を込める。
「間もなくエウラシオンサミットが開催される。この場を最大限に活用し、できればエウラシオン大陸の全ての国々と協力・友好関係を結び、同盟の輪に加えてもらう。それが実現できれば、地域全体の均衡が大きく安定し、我が国にとっても計り知れない大きな成果となるだろう」傍らに控えた補佐官に向け、指示を加える。
「サミットに向けた方針案と、各国との調整事項を早急にまとめてくれ。経済・技術・防衛の連携が双方に利益となる点を明確に示すことが肝要だ」




