9 結成
私がカナリアをシメてから広場に戻ると、シドとヒスイも戻ってきていた。
「おい、どうするよ? 金、ほとんど失くなっちまったぞ……」
「自業自得じゃないですか。先に言っておきますけど、わたしは関係ありませんからね。怒られるなら、一人で怒られてくださいよ。まったく……どうしてあんなにムキになるのか、わたしには理解ができません」
「はあ!? あそこまでやって引き返せる訳ねえだろ! というか、最初にあそこを提案してきたのはお前なのに、今さら俺だけに責任を擦り付けようったってそうはいかねえぞ!」
二人は、何やら口論している様子。
通行人たちも、それを見てクスクスと笑っている。
あまり悪目立ちしてほしくないため、私は二人の間に入った。
「ただいま。ねえ、二人して何を言い争ってるの?」
「あっ、トキ! いや……なんでもねえよ? そ、それよりお前、どこ行ってたんだよ!中々戻ってこないから、迷子にでもなったのかと……って、そいつ誰だ?」
シドはこちらに気付くと、私の隣にいるカナリアを見て首を傾げた。
それを受けて、カナリアが口を開く。
「はじめまして。あたしはたった今、あんたたちの仲間に傷物にされた女よ」
「待って! いきなり何言ってんの!?」
私はカナリアが卑怯な手を使って、勧誘してきたから制裁を加えただけだ。
カナリアにアイアンクローはかましたが、「傷物にされた」などと表現されるような、いかがわしい行いをした訳ではない。
状況が飲み込めず若干、引いているシドとヒスイにカナリアは畳み掛ける。
「トキはあたしに、力ずくで言う事を聞かせようとしたのよ。ほら見て、まだ跡がくっきりと残ってる」
「ねえ、本当に待って! 間違ってはないけど、その言い方だと絶対に良くない勘違いが生まれるから!」
会話を聞いて、完全に引いたシドとヒスイは私から距離を取る。
仲間の信頼を失いへこんでいる私に、カナリアは突き放すように言った。
「ふん……。あたしの好意を無駄にしたんだから、このくらいの報いは受けて当然よ。今度からは、言動に気を付ける事ね」
どうやらカナリアは、私が勧誘を断ったことを根に持っているらしい。
……それにしても、「今度」とは?
私とカナリアのやり取りが一段落ついたのを確認して、ヒスイが尋ねてくる。
「それで? 結局のところ、トキさんは今までどこで何をしていたのですか?」
「色々あったけど……気付いたら喫茶店で怪しい勧誘を受けてた」
私が簡潔に答えると、ヒスイは眉をひそめ、心配そうな目をこちらに向けた。
「……そういうのは付いていっちゃダメですよ? 私もホームレス時代に、何度か妙な奴に声をかけられましたが、話を聞くにしても逃げ場のない屋内は避けてましたから」
「あ、あれ? まさかのガチ説教? まあ、私も今となっては少し軽率だったかなとは思うけどさ……」
ヒスイに予想外の注意を受け、狼狽える私。
その会話を聞いて、カナリアが再び声をあげた。
「よくも、あたしの前でそんな会話ができるわね! あたしはただ、神の素晴らしさを説いていただけよ! そこいらにいる、金目的の胡散臭い奴らと一緒にしないでちょうだい!」
「うるさい。黙れ、詐欺師」
「ひ、酷い!」
私の即答に、カナリアが言葉を失う。
自分でも、詐欺師と呼ばれるような行いをした自覚はあったのだろう。それ以降は食い下がってこなかった。
と、そこまで大人しくしていたシドが、後ろから私の肩を叩いてきた。
「なあトキ、そいつは一体誰なんだ? 勧誘とか言ってたけど、宗教家か何かなのか? さっきから、俺を見る目が生暖かくて気持ち悪いから、早く説明してくれ」
言われてみると、確かにカナリアは先ほどからシドの方をチラチラと見ている。
おそらく、神話の中のシドと目の前のシドが瓜二つのため、興味があるのだろう。
まさか、本当に神様だとは思わないだろうなあ……。
私がどう説明しようか悩んでいると、カナリアが先に口を開いた。
「じゃあ、まずは自己紹介を……。あたしはカナリアよ。先月までは国の騎士団に所属していたんだけど、今は傭兵をしながらシド様のファンとして布教活動に勤しんでいるの。トキの話を聞いてあんたたちに付いていく事に決めたから、これからよろしくお願いするわ」
「ふ、ふ~ん。俺のファンねえ……。なるほどなるほど」
「シド様」という単語を聞いて、なんとなく事情を把握した様子のシドが、私の背中に隠れながらカナリアを観察する。
以前、下界の人間に正体を明かさないよう釘は刺しているけど、そこまで顔に出ているとバレてしまわないか心配だ。
いやしかし、私にはそれ以上に気になる事が……。
「は? 私たちに付いてくる? いやいや、何を勝手なこと言ってるの。私がファンだっていう誤解は解けたんだし、あなたが付いてくる理由はもうないはずでしょ?」
「あたしはそもそも、あんたがやってた活動に加えてほしくて声をかけたのよ? 残念ながら勧誘の方は失敗したけど、そっちはまだ諦めてないわ。冷たい事言わずに、手伝わせなさいよ」
私が拒否するも、カナリアはしつこく食い下がる。
参ったな……これ以上、私とシドの計画に下界の人間を巻き込むつもりはないのに。
ヒスイに続いて、カナリアまで付いてこられるのは面倒だ。
……これは、なんとしてでも断らねば。
「……あのね、カナリア。この際だからはっきりしておくけど、私とシドはただ、親切心のみで人助けをしている訳じゃないの」
天使としてこの発言はどうかと思うが、事実なので仕方ない。
私は困惑しているヒスイにも聞こえるように続けた。
「これはヒスイにも聞いておいて欲しいんだけど、私とシドは追放された故郷に帰るという目的のため、行動を共にしているの。色々事情があって、今はこの街で人助けをしてるけど、いずれはこれを打ち切って、どこか遠くへ向かうことになると思う。まあ、何が言いたいかというと、そんな私たちに付いてきたところで二人には何も得がないってこと。特に、カナリアは人のために何かをしたいんでしょ。立派な考えだと思うけど、だったらなおさら私たちなんかに付いてきてちゃダメだよ」
「いいえ、そんなことないわ! 話を聞く限り、あんたたちについて行けばどこか遠くまで旅をすることになるのよね? そんなの布教にはもってこいじゃない! 俄然、付いていきたくなったわ!」
「えー……」
予想の斜め上を行くカナリアの反応に、開いた口が塞がらない。
……まあ、いい。
カナリアが私の言う事を素直に理解してくれるなんて初めから考えていない。先にヒスイと話をつけよう。
「ヒ、ヒスイはどう? 今の話を聞いて、付いてくる気なんて無くなったよね?」
「いえ、別に? わたしは、そもそも家出中の身ですから、何をしようが、どこへ行こうが関係ありません。トキさんに養ってもらうためにどこまでも付いていきますよ」
ヒスイは表情一つ変えず、ヒモ宣言をした。
……こいつはプライドとか、そういったものはないのか。
「よく言った! よく言ったぞ! お前たちの覚悟を聞いて俺は今、猛烈に感動している! ぜひ俺……じゃなくて、シド様の教えを広めながら、俺たちを故郷まで送り届けてくれ!」
私が言葉を失っている隣で、シドが謎の感動を覚えていた。
……あなた、自分のファンに出会えたからって調子に乗るのもいい加減にしろよ?
――と、その時。
「おいコラ! ようやく見つけたぞ! 万引き野郎!」
人混みの向こうから、怒鳴り声が聞こえてきた。
声の聞こえた方に目を向けると、そこにはこちらを睨む顔を真っ赤にした中年男性の姿。
「ねえ、なんか急に怒鳴られたんだけど……あれって私たちに対してじゃないよね?」
突然の出来事に狼狽える私。
一方、ヒスイはどこか納得したような、余裕のある表情で私に言った。
「あー……。あれは、くじ引き屋の店主ですね」
「……くじ引き屋? なんで私たち、くじ引き屋の店主にいきなり怒鳴られるの?」
下界に降りてからの私は、ほとんどの時間をアルバイトに費やしてきた。人から怒鳴られるような事をした覚えはない。
「トキさんには言ってませんでしたが、実は先ほどシドさんが――」
ヒスイが諦めたように口を開くが、それを遮ってくじ引き屋の店主がまくし立てる。
「おい、そこの紫髪と隣のちっこいの! てめえら、さっきはよくも逃げやがったな! 守衛に突き出されたくなけりゃ、とっとと代金を払いやがれ!」
……まるで意味が分からない。
なんの事かさっぱりな私が呆然と立ち尽くしていると、ヒスイが説明を再開する。
「トキさんを待っている間、シドさんと二人で屋台のくじ引きをしながら、暇を潰していたんです。でも、中々目当ての景品を引けないシドさんが、途中からムキになってしまいまして……。最終的に『てめえ、本当は当たりなんか入れてねえだろ! こんなもん、無効だ無効!』と言って、代金を踏み倒して逃げてきたのです。あっ、わたしは一緒にいただけで、ちゃんと止めましたからね? ……一応」
ヒスイの言葉に、私は頭を抱える。
そんな中、当事者であるシドは私と目が合わないよう、そっぽを向いていた。
「私、なんでこんな奴らと一緒に行動してるんだろう……」
やり場のない想いを必死にこらえ、私は空を見上げた。
そして思う。……天界、帰りたいなあ。