10 御使いの塔
「一度、でかい仕事を受けてみない?」
「嫌だ」
「賛成よ」
「どっちでもいいのです」
私の提案に、各自バラバラの意見が返ってくる。
カナリアが仲間になってから数日。
私たちはアルバイトの傍ら細々とした善行を続けていたのだが、状況に変化は見られなかった。
そんなある日の朝、宿の部屋にみんなを集め、思いきって次のステップに進むことを提案してみたものの、シドが激しく嫌がっていた。
「なんでわざわざ、そんな面倒くさいことする必要があるんだよ! 今だって、十分頑張ってるじゃねえか!」
「それ、本気で言ってるの? 今週、私たちがやった善行ってゴミ拾いに子守り、それとおつかいだけだよ? そんな程度の善行じゃ、いつまで経っても天……故郷に帰れる訳ないじゃん」
私の言葉に、反論を諦めたシドが顔をしかめる。
「はあ……。分かったよ。ただ、そのやる気は何なんだ? お前は俺と違って、しばらく待ってたら迎えがくるはずだろ? そんなに焦って、善行を積む必要なんかないと思うんだが……」
シドの疑問に対し、私は理由を説明した。
「私も最初はそう思ってたよ。でも、一向に迎えが来ないことを考えると、今のままだとなんだかダメな気がして……。もっと積極的に善行を積んで、身の潔白をアピールする必要があるのかなって」
「なるほど。確かにあいつらは、そういうところ気にするもんな……」
シドが腕を組んで、ウンウンと頷く。
そのやり取りを見て、ヒスイがベッドの上に寝転がりながら尋ねてきた。
「それで、でかい仕事というのは、具体的にどのようなものを受けるつもりなのですか?」
「ああ、それに関してはすでに決めてあるんだ。ずばり……街の北にある塔の調査だよ。塔の中にはモンスターも住み着いてるらしいけど、私がいればやられることもないでしょ?」
私もここ数日、何も考えずに毎日を過ごしていた訳ではない。
空いた時間に、日々のアルバイトで得た人脈を生かし、困り事がないか尋ねて回っていたのだ。
その結果、目を付けたのがこの「塔の調査依頼」。
これは、私たちが無償ボランティアという形で取り組んでいる善行とは違い、ちゃんと報酬の出る仕事としての善行だ。
ただ、調査と言っても専門的な知識が必要なものではなく、塔の内部を見て回り安全を確認できればそれでいいらしい。
まあ、要するに警備アルバイトのようなものだ。
仕事の内容を聞いて、カナリアが興奮気味に立ち上がった。
「おっと、元騎士のあたしがいることも忘れないでよね! モンスターなんて、あっさり片付けてやるわ!」
「わたしも、後方から快復魔法で援護します」
カナリアに続いて、ヒスイもベッドから立ち上がる。
どうやら、二人は乗り気になってくれたようだ。
……ただ、そんな中、暗い表情で椅子に腰かけたままの人が一人。
「……なあ、俺は何をすればいいんだ?」
「「「…………」」」
シドの呟きに、部屋の中が静まり返る。
冷静に考えれば、この四人の中で、シドだけが明確な役割を持っていない。
いっそ、付いてこなくても……いや、それじゃあシドの善行にならないからダメだよね。
あまりこの話を掘り下げて、シドが不貞腐れても面倒だからここはスルーしよう。
「さ、さて、それじゃあ一時間後に出発するよ。各自、必要な準備を済ませたら、門に集合ね」
「「おー!」」
「なあなあ、俺は何を……?」
そそくさと準備に出掛けていく私たちを、シドは悲しそうな目で見つめていた。
◆ ◆ ◆
アカシアの街から街道に沿って二時間ほど歩き、そこからさらに小高い山を登っていく。
長らく人の手を加えられていないであろう、荒れた山道をひたすら進み……。
ようやく山頂にたどり着いた時、私たちの目の前には立派な塔がそびえ立っていた。
塔自体は街からも見えていたが、近くで見るとその高さに圧倒される。
下界の一般的な建物を基準として、およそ二百階ほどの高さがあるとされるこの塔は、一体どれほど昔に建てられたものなのだろう。
石造りの外壁は苔に覆われており、入り口の扉も鍵が壊れて誰でも侵入可能になっていた。
この塔は、通称「御使いの塔」。
過去に天使が降り立ったという伝説が残っているため、そう名付けられたらしい。
しかし、そんな神聖な塔も今となってはただの古い建築物。
現在では立ち寄る人もほとんどおらず、出入りするのはここを住処としているモンスターくらいのため、近隣住民にはよく思われていないそうだ。
私は塔の入り口手前にある階段に腰掛けて、他の三人と作戦会議を始めた。
「それじゃあ、今から登っていこうと思うんだけど……戦闘能力のない人もいるし、一応、隊列は組んでおいたほうがいいよね。並びはどうしようか?」
私が言った直後、戦闘に向けて長い髪を後ろで纏めていたカナリアが、勢いよく声をあげた。
「はいはい! あたしが先頭を歩くわ! 鎧もしっかりと着込んできたし準備万端よ!」
この申し出は、正直ありがたい。
やはり、戦闘経験の豊富な人がリードしてくれるのは助かる。
「わたしは後ろから二番目がいいです。この中で、最も戦いに不向きなのはわたしでしょうから、みなさん存分に守ってくださいね」
一方、ヒスイは後ろ向きな発言。
まあ、最初から守るつもりだったからいいんだけど、そこまではっきりとおんぶに抱っこを期待するのもどうかと思う。
「じゃあ、俺は最後尾だな! 後ろから全体を見回して的確に指示を出し、隊を勝利に導く……うん、リーダーにぴったりの役割だぜ!」
そんな中、シドが偉そうに胸を張って言った。
他の二人と違い、自身の適性について何も考えていないであろうその発言に、少しイラッとくる……。
「いや、シドが最後尾に回っても、後ろからモンスターに襲われた時にヒスイを守れないでしょ? だから、あなたは二番目。基本的にはカナリアに守ってもらう事だけを意識して、いい?」
私はシドに、最善と思われる計画を説明する事にした。
「最後尾は私が務めるよ。私なら暗視魔法で暗闇の中でもモンスターを探知することができるから、みんなに指示も出せるし。それに、遠距離武器の弓矢も使えるから、最後尾からでもカナリアの援護ができるからね」
ちなみに、ここで言う暗視魔法とは、以前に使った「聖なる眼」の事。
厳密に言えば、暗視ではなく気配を感じる力と言った方が正しいのだが、そこを説明して天使の力の存在がバレても面倒なので、暗視魔法であると伝えてある。
天使の力は下界の基準からしたら圧倒的に強力なものが多く、披露した後に怪しまれるリスクが高い。
よって「聖なる眼」に限らず、シド以外の人に天使の力を見せる時は、故郷に伝わる変わった魔法という事にしてあるのだ。
私は、みんなが計画に納得してくれた事を確認して、出発の合図を出す。
「よし、じゃあ……そろそろ行こうか。階段が続くようだから、各自足下には気を付けてね」
私は背後に気を配りながら、前の三人に続いて階段を登っていく。
――と、階段を二階の高さほど登った所で前方に目を向けておかしな事に気が付いた。
何故か先頭をシドが歩いている。
「……ねえ、私の話聞いてた? あなたの戦闘能力はお世辞にも高いとは言えないレベルなんだから、大人しくカナリアの後ろに隠れてなって」
私の言葉に、シドはこちらを振り返りヒスイを指差した。
「おいおい舐めるなよ。俺はそこのちんちくりんと違ってちゃんと戦えるんだぜ?」
「……イノシシにすら負けるのに?」
「そんな過去の話を蒸し返すんじゃねえよ! ちょ、ヒスイ! お前だけには笑われたくねえぞ!」
ヒスイに鼻で笑われたシドは、大きな声で決意を口にする。
「俺はあれ以降、考えをあらためたんだ! 今の俺は心身ともに立派な戦士……! こんな街の近くの塔に住んでいるような、腑抜けたモンスターなんてちょろいもんだぜ!」
自信満々に剣をかざすシドを見て、頭が痛くなる。
カナリアは知らないだろうが、私とヒスイはシドのポンコツぶりをついこの間見せられたばかりなのだ。
どうやって、後ろに下がってもらおう……。
「とにかく、先頭は俺が歩く! お前らは俺が倒したモンスターの屍に躓かない事だけ注意して付いてこい!」
シドはそう言うと、一段飛ばしで階段を登っていった。




