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メイド、秘密を聞く

その後の期待も虚しく、ロッドの口からとんでも報告が出る事はなく、彼の報告が終了するとすぐさま私へのお説教が開始された。

察しの良い鳩男爵は説教が始まる前に私の頭の上から場所を変え、ちゃっかりロッドの頭の上に避難している。頭に鳥が追加されても姿勢を崩さずのんびり喉を潤しているのはスパルタ教育の賜物か。首に猫、頭に鳩男爵という光景のシュールさに私が笑いを堪えて震え、視線の先を振り返ったレイヴン様が珍しく吹き出してお説教が止まったのはご愛嬌。


お説教を再開して数分経った頃でしょうか。徐々に愚痴や文句に変化してきたあたりでレイヴン様のテンションが婚約者候補様と義理の伯母様が現れた時と同じ雰囲気になり始め、流石にやばいと感じとった私は魔術で子供の白熊を出してそっとレイヴン様の膝に乗せた。

お説教に集中しすぎて唐突に重くなった膝に驚き、ぬいぐるみの様な白熊に下から見上げられて更に驚いているレイヴン様。だいぶ間が空いた後で「……すまない」とため息混じりに謝られました。それに苦笑いで応えつつ、私は紅茶の追加分を淹れ直す準備を始める。


「お会いした当初と比べれば、感情豊かになられていて私は嬉しいですよ」


「そうだな。確実に、お前が来てから、悩みの種が増えたからな」


「そうですね。でも案外楽しんでらっしゃいますよね?」


そう指摘すれば、あからさまに視線を外に向けながら無言で白熊を撫で始めるレイヴン様。態度が露骨~。絶対わざとやっていらっしゃるので指摘はしませんがね。

ここで働き出した当初は言葉数も少なく、瞬きすら億劫だと言わんばかりに書類作業をしていた方が、近頃は昔の様に素を出すようになってきたとドラゴさんや四天王方が話しているのをよく聞く。レイヴン様自身も少しずつ変わり始めているのだろう。良い方向に変わり始めているなら何よりです。きっかけがお師匠様のやらかしなのがとても心苦しいけれど。


新しく淹れた紅茶をカップに注ぎながら「仕事をする上でまだ秘密にしていたことはあるか」と問われた私は、鳩男爵を通じて家族や親しい人と手紙のやり取りをしていた事や仕事の効率を上げるために様々な場所で情報収集をさせていた事を伝えると、休憩を終えたロッドが無言で私の手からティーポットを取り上げる。そして私の頬に白熊の肉球が飛んできた。不意打ちは心臓に悪いからやめていただきたい。


「…身内との連絡と仕事の効率を上げるのは良い。許す。だが他の部下の仕事までやろうとするのはやめろ」


押し付けられたからやってるんですけどねとは言えず、誤魔化す様に首を傾げれば両頬を肉球で挟まれる。


「間諜や密偵がやるべき根回しまでやるなと言うことだ。報告書に毎回追記で書かれる反省文を読まされるこちらの身にもなれ」


「そっちですか。しかもきっちり読んでるんですね」


減らず口はこの口かと言わんばかりに両頬を肉球で揉まれました、はい。

お使いのついでに噂好きの方々に話聞いて「え、でもそれってこうじゃないの?」と有利に動けるような噂を流したのが駄目だったようです。流石に申し訳ないのでなすがままに暫く揉まれ続けていると、定時報告に来たドラゴさんが入ってきて肉球の刑は終わりました。

白熊を膝に乗せて優雅にカップを持ち上げる主君と(頬を揉まれて)少し顔色が赤くなっている私を見て不可解な表情になったドラゴさんは、奇っ怪な姿のまま黙々と書類選別を行っていたロッドを一瞥し、綺麗な三度見をして笑いを堪えていたレイヴン様を笑わせるのだった。








日が暮れて完全に暗い夜が訪れると、城の門の前に周辺の貴族や地方の領主達を乗せた馬車が大量に城に押し寄せてくる。城下町の方も彼らを歓迎するために屋台や催し物で賑わい、その様子を見た先輩方が密かに喜んでいるのを傍で感じながら、私は横で受付を頑張っております。

馬車からぞろぞろと現れる豪華な衣装を身に纏った紳士淑女の数々。完全に人型の人もいれば、ドラゴさんや前のロッドの様に比較的本来の姿に近い見た目で歩いている人もいる。さすが魔族、見た目が多種多様で奇抜すぎる。かつての勤め先とは違い姿絵が無くても判断出来るって素晴らしいなーと思いながら、貴族に紛れ込んで入ろうとしてる一般人の方や揉め事起こしそうな方にはご退場してもらっております。

中には私を見て「これが噂の…」と呟いたり、人間と認識した瞬間「別のと代われ」と言ってきたりする人もいましたね。後者には先輩方がご丁寧に対応してましたが、招待客リストに罰印を付けていたのを私は見ましたよー。次回呼ばれないパターンですねー。


「先輩、こちらのリストのお客様は全員お見えになられました」


「こちらも全員お見えになられたわ。予定通り、私は会場内の使用人と交代。貴女がたは配膳する料理を入口まで運んでちょうだい」


「はい。チロルさん、行きましょう」


「は、はいぃ…!」


今回、レイヴン様が魔王就任して以来初の顔出し公式行事ということで、開放時間短めの夜会が開かれている。初日ということでせいぜい2~3時間程度の予定で、レイヴン様は最初の挨拶を済ませたらさっさと執務に戻るんですけど、堕天使さんが事前に城周辺の貴族に招待状を送っていたらしく200人は余裕で入る会場が1時間前にはほぼ満員に。

流石に手が足りないので初日の仕事の振り分けをいくつか見習いも含めた全員の昇格試験と表し、使用人総動員で動いています。

チロルちゃんは今日の仕事を上手くこなせば客人の対応も任されるようになるらしく、返事は頼りないがきっちりと任された以上の仕事をこなしている。気負いすぎて疲労が後日に響くんじゃないかと心配しながら、健気に働く姿に何も言えない私です。


城の門の前から使用人専用通路を通り、厨房に入る私達。中は戦場のように人が行き来し、怒号が飛び交っている。かなーりピリピリとした空気が流れているけれど、入口の私達を見つけたナザが食堂の方を指差した。それに頷き、威圧感に恐縮してしまったチロルちゃんの背中を押して食堂の方で待っていると、数分で器用に尻尾と両手でトレーを三つ抱えたナザが現れる。

バランスよく持っているとはいえ流石に危ないと思ったのか、チロルちゃんが尻尾の方のトレーを回収。私は両手のトレーを受け取りました。


「すまん、回転が早くて追加分がまだ作れてねぇ。食材もそろそろ備蓄に手が出そうだわ。つなぎでそれだけ持ってってくれ」


「分かりました。食材調達の方は大丈夫ですか」


「頼んである。だが下もお祭り騒ぎだろ?足りるかどうか怪しんだよなぁ」


確かに今日はどこもかしこもお祭り騒ぎで、普段使う仕入れ業者のとこに既に食材が残っているかどうかかなり怪しい。てか余裕で千人位賄える食材を仕入れていたはずなのに、それが尽きかけてるっておかしくないです?まだ開始の挨拶すら始まってないような……。


「あっあのね、ルーフェさん。食欲に個人差があるみたいに、魔族でもその…生まれの地域とか種族によって胃の数とか大きさが全然違うんだって」


「でも好みによって消費される食材も偏りが出てくるとは思うんですが」


「それだよ。オイラ達もそれを見越して仕入れ頼んだら、このザマだ。回転が早いってのはよく食ってもらえてるって思うけどよ、なーんかおかしい気がすんだわ。ついでだしちょっくら会場の様子見てきてくれねぇか?」


「了解です」


「よろしくな。…チロルも頑張れよ」


「はいです。ナ…ザさんも頑張ってください」


表情や仕草は普段通りなのに、二人のやりとりの合間にとても不思議な間を感じたんですが、気のせいですかね。

とその場ではスルーしたものの、食堂から会場へ向かう最中、どことなくチロルちゃんが浮かれているようなので注意ついでに訳を聞いてみると、顔を林檎の様に真っ赤にしつつ話してくれた。


チロルちゃんとナザ、お付き合いしておりました。


しかも私が魔王城に来る前に婚約済み。仕事が落ち着いてから正式な夫婦になるそうで、慌ててお祝いの言葉を言いましたよ。そして気づかなくて申し訳ない気持ちと出会った初日に婚約者を投げ飛ばしてしまった事を謝ると、目を見開いて驚きつつも笑って許してくれました。とても優しい人で良かったー!


チロルちゃんは今では合併して地図から名前が消えてしまった小国出身で、幼い頃から決められていたとある名家の貴族に奉公していたのだけれど、勤め先の御子息が当時その国をまとめていた面倒な貴族に目を付けられてしまったそうで。

使用人一同で雇い主を他国に亡命させる計画を立てた時、チロルちゃんは『突然解雇状を渡されてやけになって色々と喋る使用人』役を申し出て、同じ役についた子と協力し順番に辞めたふりをして雇い主の悪い噂を第三者に流す。それを裏付ける証拠を側仕えの使用人達が用意する。そうすることで雇い主をわざと貴族社会から追いやる構図を作り上げて家族全員亡命先の国へ。その後、身の安全の為に使用人達も全員国外へ逃げたのだそうだ。


「それ、私が聞いても良い話なのですか?」


「大丈夫です。戒めとして他国にも吹聴してくれと問題の貴族側の後継様が言っておられまして…獣族の間では有名なお話なんです。それに…ルーちゃんは大切なお友達ですから」


少し熱が残った頬に手で風を送りながら、チロルちゃんの話は続く。私は大切なお友達発言に内心歓喜のガッツポーズをしております。

安全の為に故郷に戻ることもできず旅先で途方にくれていた時、チロルちゃんを助けてくれたのが魔王城に勤めていた使用人の方だったらしく、彼女の伝手で魔王城に就職。見習い試験の際に訪れた厨房でナザと再会したらしい。


「意外でした。以前から知り合いだったんですね」


「知り合い…というより顔見知りだった、が正しいでしょうか……ナザさんは奉公先の御子息様の御学友で、遊びに来られた時に少しお顔を拝見するぐらいで。一度、御子息様の伝言で一言二言程度話したことはありましたがそれだけしか関わりがなかったんです」


確かにそれは知り合いというより顔見知りといった方がいいくらい薄い関係ですね。

チロルちゃん自身ナザから話しかけられるまで忘れていたらしく、共通の話題である御子息の話で盛り上がり、次第にプライベートでも会って話したりする内に告白されたのだという。

当時の自分の心境を思い出したのか、それとも付き合い始めの頃を思い出したのか、また顔が赤く染まり耳を震わせるチロルちゃん。とても可愛い。話が甘酸っぱすぎて聞いてる私の脳内のお節介おばあちゃんもにっこり笑顔。

これ以上掘り下げようとすると流れ弾を食らいそうなので、前々から気になっていたナザの実年齢を知ってそうな彼女に聞いてみると、なんと26歳。チロルちゃんと私が同い年なので……3つどころか10歳以上離れていらっしゃる!?見た目詐欺してるのが更に身近にいらっしゃったわ。


「実はお付き合いしてる事をルーちゃんに言う前にトーリ君に気づかれちゃって、経緯も含めて先にお話したんです。そうしたら『お祝い会する!』と言ってくれて……内容は私にも秘密らしいんです」


「あら、もしかして最近トーリがロッドの部屋にお泊りしてるのは」


私の言葉に笑顔で頷くチロルちゃん。なるほど、そりゃ私にも内緒にしとかなきゃいけないよね。

私が現在受け持っている仕事は、レイヴン様の護衛を除けば買い出しと食事の下ごしらえ程度だけれど、必ずナザと顔を合わせる。情報漏えいを考えて私に相談するのはやめたのだろう。

以前私がやっていた会議の資料作成やスケジュール管理といった秘書に近い仕事を任されているロッドならば、仕事上彼と顔を合わせる機会はほぼ無い。どうやら私が反抗期かと思っていたのは、サプライズの為に裏で頑張ってるのを内緒にする為の行動だったようです。それでも相談されなかった事は寂しい。寂しいのだけれど、そこまで頑張っているのならば密かに応援するだけにしておきましょう。


「なら私は当日まで知らなかった事にしておきます。代わりに、私は私でお祝いを用意しておきましょう。チロルちゃんは私にとっても大切な友人ですから、改めてお祝いさせてください」


「そ、そんな…っ!でもとても嬉しいです…!」


「当日まで楽しみにしててくださいね。さぁお仕事に切り替えましょう、チロルさん」


「はい!」


意外な形で友情を再確認したところでプライベートモードからお仕事モードに切り替えて、目的地である夜会の会場へ足を進める私達。途中で先輩方からカートを借りたり、手拭いや水の入った樽を追加で載せて歩いているのだけれど、すれ違う先輩方の手には必ず汚れた皿が山のように積まれている。そして目的地近くまで来ると会場から漏れ出す熱狂的な声で、ようやく料理の消費が激しい理由を知った。


『おーっとここで大どんでん返し!』『4位から一気に2位まで上がってきたー!』


本来ならあと数日後に帰城してくる予定の双子様の声がするのもおかしいんですけど。入口から見える会場の様子に思わず口角が引き攣る私。



人の密集度が高く、外は息が白くなるほど冷え込んでいるのに会場から漏れ出す空気は真夏のように暑い。楽団の緩やかな音楽に合わせ煌びやかなドレスや装飾品が煌き、グラスに注がれたワインやシャンパンがシャンデリアの明かりを照り返す。今回の為に丹精込めて作られた料理とお菓子がテーブルに並び、それをメイドさん達が取り分けてお客様に提供している。これだけ見れば貴族の食事会とさして変わりはないのだが、問題はその中央。

本来なら社交ダンスを踊る為に空けられたスペースにテーブルが三つ並べられ、6人程の貴族がテーブルに乗せられた料理に向かって忙しなくフォークやスプーンを動かし続けている。周りには彼らを見ながら応援の言葉をかけたり、それを肴に盛り上がる紳士淑女の皆々様。


『ここでブランデル伯爵脱落ー!』『意気込み虚しく最初に落ちてしまう!』


先輩方は椀子蕎麦をするが如く、どんどんお客様の胃の中に消えていく料理を補充し続けている。若干涙目に見えるのは気のせいだと思いたい。というか。


『1位を独走するのは飛び入り参加の~?』





『謎の美少女、リオネル嬢だー!!』





なんでこの世界の最高責任者である創造神が。

普段現れる青年姿ではなく女性の姿でドレスを纏い。

夜会の席でフードバトルに参加して1位独走してるんですかね!?




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