メイド、お説教を食らう
「ふ~んふふ~んふ~♪」
どうも、快適な空の旅をしているルーフェです。実際は高速で移動しているアシェンの周りに空気の流れだけを止める結界と重力を減らす魔術を自分にかけているので何の障害も受けず移動してるだけなんですけども。流れだけを止めているのでちゃんと空気はありますよ。
と、そろそろ移動し始めて数分経過してますね。目的の街の上空に無事に到着です。
ここから降りて勇者御一行を連れてくるのもありなんですけど、もう街の住民にアシェンの存在バレバレですからね。
それなら思いっきり「魔王の手先」らしい行動をしてみようじゃないの。
「アシェン、遠吠えいっちょー!」
私の声より早くアシェンは息を吸い込み、巨大な遠吠えにして吐き出した。
その声は街中を揺らし、近くの森からは動物たちが逃げ出し、悲鳴に近い人の声が響いてくる。若干建物にヒビ入ってるけど損害賠償とか取られるかなあれ(笑)
上から爆笑しながら様子を見ていたら、横から赤い物体がアシェンに高速でぶつかってきた。びっくりして落ちかけたけれど、ぶつかってきた正体を見るとまた笑いが止まらなくなってきた。
「あはははは!!そういえばこの街はお前がいたんだっけ。すっかり忘れてた」
『忘れて欲しくなかったですのよー!久しぶりの再会なのに酷くないですのー?』
それは、私の使い魔の一匹セイレーンのセレナだった。赤い長髪に花を沢山結びつけ、人間の腕がある部分には巨大な鷲の様な翼がある。白いワンピースの下からは獰猛な鳥の爪を持った足が生えている。
体は20代ぐらいの人間の女性なのだけれど、その喉から響いてくる歌声は人や動物を惑わし、堕落へと突き落とす。
…って言われてる魔物だけど、セレナの場合堕落に突き落とすのではなくむしろ引き上げてしまう、という魔物の中でも異端の存在として扱われていた子だ。
曰く、仲間の歌や精神病とか呪いを受けた対象に対して彼女が歌うと正常に戻ってしまうとかで、仲間から虐められていた所を親友が見つけて保護して、私に世話を押し付けてきたのだ。
そこからまぁ…予想以上に懐かれまして、鍛えてみたらかなり強くなってジルが疲れた時の回復役兼サポートキャラになったのですよね、うん…私に近づいてきた敵に向かって翼でビンタして一発KOとか…足のカギ爪で真っ二つに引き裂いたりとか…普段はいい子なのにどうしてこうなった。
ちなみになんでこの子がこの街に住んでいると知っていたかというと、実は彼女、人間の男性と結婚した初の魔物として有名だからである。今はもう旦那さんは亡くなっているんだけれど、子供とこの街で暮らしているとは噂話で聞いていたのだ。あの子も大きくなってるだろうなー。
『アシェンも久しぶりなのですよー』
「てかよく分かったね、私の事。結構姿変わってるんだけど」
そう、不思議なのはここ。前世と比べると見た目も年齢もかなり変わっているのに、アシェンもセレナでさえ『私』だと気づいている。
聞いてみれば、セレナいわく。
『魔力の匂いでわかるですのー。ルーの匂いは、花の蜜をもっと濃くしたみたいな匂いなのですよー』
以前聞いたことがあるけれど、魔物や魔族は魔力の匂いで人間(餌)か同族を判断するらしい。セレナが言うには私の親友の匂いは太陽の匂いだけど何処か人工的な匂いで、今の魔王の匂いは果物を発酵させたお酒の様な匂いらしい。
今までの魔王の匂いは血を腐らせたような匂いだったらしいけれど、そう考えると今の魔王様は他の魔王様とは違うみたい。確かにあの純情っぷりを見ると納得できてしまうんですけど。
セレナが出てきてくれたなら都合がいい。
「セレナ、あの4人組をまとめてここに連れてきてくれない?」
言った瞬間街の方へ降下したセレナは、見事に勇者御一行を足の鉤爪で捕まえて私の目の前まで連れてきた。『この4人であってますのー?』と後から聞いてくる辺り、確実に私の目的を分かってたなこいつ。
お仕事が早くてお母さん嬉しいです。
ぽかんと私を見てくる殿下もだけど、他の3人の唖然とした顔。面白いですねー。反応としては妥当なんですけど。
だって、まさか銀龍に乗ってるのがメイド服を着た少女なんて信じられませんよ普通。
一応暴れて地面に落ちてはいけないので縄で拘束?(軽く腕に巻いてるだけなのですぐ取れる様に)して、セレナにアシェンの背中に落としてもらう。流石勇者御一行、警戒心半端ない。特に勇者であるシゼル殿下なんて私に向けて殺気の篭った目を向けてくるぐらいだ。
そんぐらいの殺気で私を脅せると思わないで欲しいですね。
「お久しぶりでございます殿下。私の雇い主様がお呼びです。どうぞご同行をよろしくお願いいたします」
「君は…妹のメイドじゃなかったのかい?」
「4日程前に辞職させられました」
そう答えれば、大きなため息をつかれた。たぶん妹様に呆れてるんでしょう。同じ金髪に緋色の瞳だけど、流石に常識は学んでるようですね。とりあえず魔王城に向かいながら適当に雑談でもしましょうかね。
「セレナありがとー。近い内に手料理でも持って遊びに行くね」
『ルーの料理大好きですのー!息子と一緒に待ってるですよー』
「遊びに行くときは事前に連絡するね」
セレナとはここでお別れして、アシェンにゆっくりと飛ぶように指示して魔王城へと向かう。
さてと、後ろにいる人達が無言で睨んできてるので何か話しますか。
「殿下はご存知かと思いますが、私の名はルーフェ・プルーヴォと申します。今回は手荒い行動をしてしまい申し訳ありません」
「挨拶はいらない。君の雇い主は誰だ」
そう言ってきたのは殿下の後ろにいた赤髪の少年で、その目は完全に私を敵とみなしてる目だ。まだ10代ぐらいだろうか、ローブの下にはまだ真新しい白の鎧と神殿所属という証である聖印を首からかけている。神殿から派遣された人みたいだ。
神殿所属の人間は魔族は人間の敵であるという小さい頃から教育されている。それしか教育されない、というのが正しいですね。ジルも神殿所属だったから最初は魔族を凄い毛嫌いしてたけど、セレナとかアシェンと関わる内に丸くなっていきました。
だからわかる。私の事を「魔族に味方する人間」として敵とみなしてるんだ。
「お会いすればわかると思います。身の保証は確保されていますのでご安心ください」
「そんな保証どこにあるんだ。魔族と話をする人間なんて…」
そう言いながら飛び去っていったセレナを睨む青年。その瞬間、私はこいつは敵だと認識する。セレナの苦労も努力もなにも知らない奴がセレナの事を魔族というだけで差別するのは、聞き捨てならない。神殿にはキツく言ったはずなのにまだ残っているんだなこういう奴。あの神殿一度潰すか。
「セレナを魔族という括りだけで判断するなよ小僧」
低い声で少年を睨みつければ、少年は顔を真っ青にしながら後ろへと下がった。その少年を守るように隣にいた20代程度の女性が彼の前へ出る。服装からして担当は魔術師。茶髪で見た目はおっとりとした女性なんだけど、動作に隙が無い。見る限り熟練の冒険者かな。
「ごめんなさいね、この子あまり常識を知らないの。彼女の事も知らないはずよ」
「知らないで済ませられないことだと思いますが?彼女は歴史書にも載っている程の存在なのにそれすら知らないとは、ただの馬鹿です」
「ばっ?!馬鹿って「はいはい貴方は黙ってましょうね」ルエさん!?」
ルエと呼ばれた魔術師のお姉さんは、少年の頭を何度か叩くと何か食べ物的なのを少年に手渡して私にニコリと微笑んだ。この人、人の扱いに慣れてる。しかも私に対して警戒もしてない。この人は何者なんだろう。
と、私の殺気に当てられて若干殿下も青い顔をされてるのに気づいて慌てて殺気を消す。
もう一人の人はフードを被ってずっと下に俯いているせいか顔色さえ分からない。てか、この人鏡で見た際も髪色ぐらいしか見えなかったんですよね。
「ごほん、申し訳ありません、彼女は私の昔からの知人でしたので少し熱が入り過ぎました」
「それは本当に申し訳ないことをしたわ。貴女が遊びに行かれる時までにお詫びの品を用意するから、彼女に渡して下さるかしら?」
「ご自由にどうぞ。と、そろそろ到着致しますので降りる準備を…」
しましょうか、と言おうとした瞬間いきなりアシェンが速度を上げた。ガクリと急に下がり、魔術で風等を制限しているのに体が後ろに持っていかれるような衝撃を受ける。
何か攻撃を受けたかと視線をアシェンの体に向けるけれど、傷なんてなさそうに見える。
「アシェン!?」
慌てて名前を呼べば、心配するなとでも言うような鳴き声が帰ってきた。徐々に魔王城が目前と近づいてくる。後ろからは悲鳴が聞こえてくるしどうすればいいのこれ!?と混乱していたら、アシェンが城の目の前で90度直角に急降下し、その勢いで空へと急速上昇した。
そうなれば、上昇するものに対して乗っている物が固定されていない限り上の物は下に落ちていきますよね。
はい、見事に全員落ちました。
「うわぁああああああ!!」「あらら~?」「へっ」
「あのお馬鹿!!」
結果から言えば私たちは無事に城に到着しました。
私たちは、無事です。
でも魔王城の中庭に巨大なクレーターができました。
私が全員の落ちる衝撃を殺すために下に向けて魔術の衝撃波を撃ったからです。
それを見たレイヴン様達唖然。
今現在?
「勇者を迎えに行けとは言ったが、ここまで派手な帰還は初めて見た」
「ひゃい」(はい)
「話から聞くにあのドラゴンが原因だとは分かるが、もう少しやり方があったんじゃないか」
「ひゃい」(はい)
「給料を引かれるのと自力で中庭を直す、どちらがいい」
「全力でなおひまひゅ!!」(全力で直します!!)
「晩飯抜きは覚悟しとけ」
「わたひのひゅいいつのたのひみ!」(私の唯一の楽しみ!)
「知らん。元通りでなかったら朝飯も抜きだ」
「きひく!」(鬼畜!)
「……魔王って意外にフレンドリーなんだね」
「「ヴェンは子供好きだからー」」
「僕の…僕の魔王像が…っ!」
「「あんなの御伽話の中だけだよー」」「実際はヘタレとか」「筋肉好きとかだし」
「あら、そこのドラゴンさんイケメンね」
『ドラゴだ!近寄るなくっつくな!鱗触ってくるんじゃない!』
勇者一行無視でレイヴン様に頬を引っ張られながら説教されてます。頬っぺた痛いです。ぐにぐにしないで。
てか後ろも割とカオスな事になってますね。あの少年は現実突きつけられて衝撃受けてるしルエさんドラゴさん誘惑し始めてるっぽいですし。
て、あ。ごめんなさいレイヴン様ちゃんと話を聞けってことですよねやめてくださいお綺麗なお顔が近いですその顔で近寄って来られると恥ずかしさに私が死にますぎゃー!!




