第一章 魔法使いの住むお城 第三話 入城 「3」
彼女に促されるまま先に部屋へ入ると、後ろでパタンとドアが閉じる音がした。次いでパチン、と乾いた音がして、部屋の照明が灯る。シャンデリア調の黄ばんだ色だ。寮というよりかは、西欧のホテルに来てしまったような気がして、凪はそわそわしてきた。
床は控えめの紅。向こう側の壁一面は開かれ、少し暗くなってきた空を映す。そんな窓を半分に割る形で、二つの机が向かい合わせに置かれていた。大きな机の上には備えつきの本棚も設置されている。そこに常に使う教科書などを入れろ、ということなのだろう。それぞれの机の後ろには、寝心地の良さそうなベッドがあった。これまた窓辺。ドア側の壁には、一段と大きい本棚と、腰程の丈の洋箪笥が。洋服類はそちらにしまえるんだろう。驚いたことに、巨大本棚も箪笥も、一人分ずつある。どこぞのホテル並に、いや、それ以上にくつろげる空間だ。
この感覚に慣れたら危ないだろうな、と凪は思った。二度と実家に帰れない気がする。
そんなことを考えたまま固まっていると、ぽん、と肩が叩かれた。
「何ボーっと突っ立ってんの。ほら、放送入るまでに少しでも荷物広げとかないと。寮の歓迎会、終わるの何時になるのか分からないのよ」
彼女はさっさと自分の荷物の方へ行くと、慣れた手つきで荷を解き始めた。時折整った顔をしかめて、これはいらないって言ったのに、なんて呟いている。凪もやっと我に返り、自分の荷物の方へと進んだ。大方は自分で詰めたので把握しているため、凪も手が止まることはない。ただ気になるのは、部屋に沈黙が訪れそうなことで。
どうしよう、なんて思っていた時、向こう側から声が飛んできた。
「ねぇ、あんたが今年の筆記合格者なの?」
「え?う、うん。そうだけど」
先ほどの入学式では、一人一人が入試法まで開示されていた。そのことを彼女は覚えていたのだろう。やっやっぱり、庶民だと馬鹿にされるのだろうか。
だがそんな凪の心配とは裏腹に、思いがけなく彼女は感嘆の声を上げた。
「やった、ラッキー!!筆記の子と同室になれるなんて、私本当にツイてるわね!」
身を乗り出し、輝きに満ちた目を向けられて、凪は少々困った。ただでさえそういったことに慣れていないのに、彼女の外人のように整った顔でそんな風に見られると、余計に照れる。
「いや、そんなすごいことじゃ――」
「――すごいわよ!だってここの筆記試験って過去問も何にもなくて、一番点数の良かった一名しか取らなくて、しかも噂によると大学入学レベルの知識は必要なんでしょう?ねぇ、実際どうだったの?どんなの出た?」
「えっと・・・高校卒業程度は、必要だった・・・かな」
「ほらやっぱり!いやー、私、筆記で受けなくて本っ当に大正解ね」
今度は凪が驚いた。
聖ルチア城学園の筆記試験というのはまさに彼女が言う通り、過去問も傾向のヒントも無く、最高得点の一名だけが合格通知を手にするという、本当に鬼畜な試験のことである。この学園はお金持ちの世界の住人の中でもほんの一握りにしか存在が知られていない特異な高校なので、一般の人はほとんど狙わない。大抵の富豪の子息は、蔭位制という、書類検査と面接で、はっきり言ってしまえばほとんど競争率の無い出来レースで入学してしまう。彼女もおそらくその一人だろうが・・・蔭位制は、一般庶民やほんの少し多くお金を持っている家などでは、とても手が出せないほどお金がかかる。試験自体も、その後の学園生活でも。まかり間違っても、筆記で見事合格して奨学金出してもらおうか、それとも頑張って全額負担しようか、なんて迷えるような額ではないのだ。
凪が筆記で受験したのは、一般庶民だからだ。蔭位制で入れるほどのお金など、我が家ではどこを掘っても出てこない。教育費を学園側で負担してもらう他無かったのだ。
彼女は一体、何を考えていたのか。
「ま、まぁ、無事入学できたから良いんじゃない、どっちの方法でも」
なんとか声を絞り出すと、彼女はつまらなさそうに荷物に目を戻した。
「だって蔭位制だと、こっちが全額出さなきゃいけないじゃない。本当は私のお金じゃないのに・・・」
「え?」
「なんでもないわ。それより、凪って呼んでもいい?」
「う、うん。もちろん!」
凪は慌てて頷いた。
「私も・・・えっと・・・えっと・・・あれ?」
(どうしよう)
凪は、顔から血が引いていくのを感じた。
さっき紙を見せ合ったのに。彼女は凪の名前を覚えているのに、凪は彼女の名を思い出せない!
「ごめん!さっきの紙もう一回見せてくれない?」
「どうしたのよ。もう自分の失くしたの?」
「そそそうそう!ちょっと注意事項確認したくて」
「そこにあるじゃない。凪の分」
「・・・・・・」
アハハ、と乾いた笑いを浮かべつつ、凪は頑張った。
「えっと、その・・・あなたのが、見たくて。私のどうも誤字が入ってるみたいでさ」
彼女は机の本棚に教科書をつめ始めた。何やら悪寒でも走っているかのような顔をしている。
「あなたとか言わないでーっ!ゾワッって来るじゃない。そんな変な呼び方しないで、普通に名前で――」
ふと、彼女の手が止まった。凪の心臓まで止まった気がした。ものすごく視線を感じる。けれど、顔を向けられない。頬が熱い。
沈黙が続いたのは、一秒。
次いで、クスクスと忍び笑うのが聞こえてきた。
「・・・っ、やだ、忘れちゃったんなら当人に聞けばいいじゃない、変なの・・・っ!」
さすが筆記合格者は違うわね、なんてよく分からないことを言いながら、彼女は、まだ座り込んで荷物を開いている凪の真ん前に立った。先ほど部屋の前で壁に寄りかかっていた時のように、内面から自信が溢れ出す。
彼女は凪を見ると、にっこりと笑った。
「私はレイラ。芦田レイラよ。レイラって呼んで。名字の方は、忘れてくれても構わないわ。むしろ忘れて」
(いや、忘れちゃまずいんでは・・・?)
至極最もなことを思いながらも口に出すことは出来ず、凪はただ頷いた。
「うん、レイラ」
「よろしくね、凪」
手が差し出される。反射で取ると、そのままぐいっと上へ引き上げられた。そのまま立ち上がる。
二人は向き合い、互いに微笑んだ。どうやら凪の同室は、少し変わっていてものすごく美人だが、悪い人ではなさそうだ。
「私こそよろしくね、レイラ」
放送が入ったのは、丁度その時だった。
〈お待たせいたしました。まもなく、聖ルチア城学園女子寮にて、今年度の入学生への歓迎会を致します。寮内図に従い、すみやかに食堂までいらしてください。服装は制服のままで結構です。繰り返します・・・〉




