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戦いすんで

「おおい~おまえら~。無事か~?」


 学校の校舎の方から、見知った顔の中年教師が走ってきた。

 十六才という名の、四十二歳の担任教師である。

 それだけではなく、校門の方からトレーラーに乗ったST-3が二台ほど降りてくるのが見える。

 ST-3の腕には世界統一政府軍のシンボルマークが描かれている。

 北大西洋に浮かぶアゾレス諸島を中心に手を繋ぐように地球を守る様に抱き込むそのデザインは、見ようによっては世界を我が物にしているようにも見えなくもない。


「なんかやばそうだったから電話で隣の県の部隊を呼んでみた。ここいらじゃ一番優秀な連中だ。で、魔術師は?」


 工作は黙って真新しい黒い焦げ跡のついたクレーターを示した。


「もうやっつけちましたよ。俺達だけでな」


「?どうやって?」


「これを吹きつけただけ」


 鯖江はマナフュルスプレーフローラルミントの香りを見せた。


「あ~そういやそういうもんが売っているんだよな。コンビニでもスーパーでも売ってるもんでお気軽に魔術師を倒せるようになるなんて世の中ほんとに便利になったもんだぜ」


 しみじみと言いながら、四十二歳の教師は瑠璃の乗った、ST-3の右腕に手を近づけた。

 触りはしない。

 ST-3の金属の腕には凄い熱を帯びていた。


「こいつはどうしたんだ?」


「往生際の悪い魔術師でさぁ。最後に自爆しやがったんだよ。俺達が巻き添えになる寸前で瑠璃が二脚で盾になってくれたんだ」


 工作が説明した。


「なるほど。生身の人間なら即死していたかもしれんが、確かにこいつの『ペンキ』なら耐えられな」


「ペンキ?装甲でしょ?」


 鯖江はそう普通に言った。


「いいや。ペンキだよ。ST-3は本来作業機械だ。そいつに手と足と、ついでに申し訳程度の鉄板を取りつけてたものが原型でな。厳密には如何なる意味でも戦車じゃねぇんだよ。ただ、魔術師共と戰爭している最中にすんげぇ事に気づいちまった奴がいてな」


「すんげぇこと?」


 工作が尋ねる。


「俺と同じ部隊にいたやつだったんだが。当時は戦局が人類側不利で、強制徴用された学徒兵がかなり多かったんだよ。で、その中に凄く不真面目なやつがいたんだ。戦闘中に化粧直ししているような女だったな」


「マイペースな子だったんですね」


「で、そいつの眼の前に魔術師が現れた。空を飛びながら破壊光線を撃ちまくるわかりやすい魔術師だったなぁ。で、化粧している女学生に向かって、ピーッと破壊光線を放ったわけだ」


「その子はどうなったんです?」


「自力で助かった」


「どうやって?」


「自分が化粧に使っていたミラー付携帯ケースを盾にした。それだけだ」


「はっ?」


「よくよく考えてみればわかりそうな事だな。神話時代からの常識だ。石化、死、その他恐ろしい魔術を透き通るような綺麗な鏡で跳ね返す。洋の東西を問わず世界の英雄たちがやってきたことだろうが。むしろそれをやらなかった俺達が愚か者なんだ。先人の知恵を活かさなかった。魔術師が世界征服を目論むと至った時、鏡を片手に戦おうとしなかった、俺達人類がぁな。だから」


 十六才という名の、二十年前無数の魔術師達と戦ったであろう四十二歳の高校教師は自分の携帯ケースを取り出すと、それについている鏡をST-3にくっつけながら言う。


「理屈の上では、全身の装甲を鏡にした『総レイリー散乱ロボ』というのを造れば、『僕は空飛びながら原子分解魔法を連射できるんですよぉ(ドヤァ)』という魔術師がいてもその魔術を完全に無効化。いや、反射して逆にその魔術師を地球上から消滅させることが可能だ」


「全身鏡のロボットぉおおお???!!!」


「無論そんなもの造れるわけがない。強度不足で、石を投げてぶつけられただけで、それどころか自分が歩くとその振動だけでガラスにヒビが入って、割れちまう」


「そうだな。俺が魔術師なら、普通にマシンガンでも撃ち込むかな」


「そうそう。最初のうちは魔術師の魔法を鏡で跳ね返せるって判明したんで、ST-3の肩や腕にでっかい鏡取りつけて、『ミラーシールド』として装備していたんだが、ソロモン七十七柱を十人ほど反射だけで倒してると流石に連中も学習し始めてな。一般兵。じゃなくて、下級魔術師にマシンガン持たせて戦うようになったんだよ。で、『ペンキ』が造られたってわけだ」


「鏡で魔法が跳ね返るのはわかりますが、それとペンキとどう関係するんですか?」


「ライデンフロスト現象っていってな。高魔力がペンキに当たると瞬間的に魔力を内包した水滴が装甲板に膜をつくるんだ。その水の膜が鏡の役目を果たし、照射される魔力を減少。容易に横滑りさせる。魔術師の攻撃魔法を跳ね返すことは無理だが、歩兵の鉄砲で割れない『魔術を浴びた時だけ精製される』全身鏡の装甲を実現したんだ。ペンキでな」


 その説明を受ける鯖江の後方で、金属を叩く音がした。

 瑠璃がST-3の操縦席から出ようとして、運転席のハッチを半分開けてから、その後開けたり閉じたりしている。


「なにしてますの。瑠璃さん」


 ゴスロリレオタードのイロナは、髪をかき上げながら問いただした。


「いや。二脚から出ようとしているんだけど。操縦席の扉が開かないんだけど」


「機体のフレームそのものがへし曲がったんだろうな。爆発の衝撃で」


 十六才が推測した。


「耐魔力ペンキは魔力そのものを阻害するものであって、その副次効果を防ぐものじゃあない。ペンキを塗ったからと言って、その瞬間戦車が頑丈になるわけじゃあない。大方爆発の衝撃で扉が開かなくなったんだろうな。妙な水柱で持ち上げられたのそのせいだな。そうだ。水柱で思い出したんだが」


「なんです?」


「あれを弄ればもっと楽に魔術師を倒せたんじゃないのか?」


 十六才というの名の四十二歳の教師は、援軍に呼んだ世界統一政府軍の兵隊さん達に手ぶらでお帰りさせるわけには行かないから、お土産のお菓子なんにすんべぇと考えながら校舎の脇に供えられたある設備を指さした。


 それは、水が出しっ放しになった水道だった。

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