第19節 中枢への到達(後編)
シオンの端末画面で、幾何学模様のプロテクト・レイヤーが歪み、悲鳴のような高周波ノイズとともに砕け散った。
「プロテクトの第十層を突破……!だがデータ圧が追いつかない、ポートが物理破砕するぞ!」
シオンが叫ぶと同時に、コンソールの導電ノードから青白いプラズマの弧が走り、シオンのポータブルドライブの接続端子を赤熱させた。焦げつく合成樹脂の甘酸っぱい異臭が充満する。
「黙って手を動かせ!」
ルカは耐熱グローブを嵌めた手で、火花を散らす導電ノードのフレームを直接掴みつけた。手袋の表面が焦げて煙を上げ、強烈な熱が皮膚に伝わる。彼は腰のプラズマ溶断機を最低出力で空吹かしし、融解しかけた銅線バイパスの接合部へ瞬間的にプラズマを照射、無理やり異種金属の端子を溶着・短絡させた。
「周波数同調、完了だ! ノイズを気にするな、パラサイト・バンドの帯域に強引にデータを押し込め!」
「言われなくてもね!」
シオンは血混じりの唾を床へ吐き捨て、震える指先でバイナリ変換プロトコルを叩き込んだ。
「サイコロのペテンなんて、僕のノイズ解析の前ではただの文字盤さ!神様が隠した秘密だろうが、寄生虫の流儀で根こそぎ吸い上げてやる!」
ホログラフィック・モニターに流れる暗号化コードが爆発的な速度で書き換わり、ポータブルドライブのインジケーターが猛烈な勢いで青く点滅を始めた。
データ転送率が三十パーセントから一気に七十パーセントへ跳ね上がる。その負荷に耐えかね、ルカが溶接したバイパス線がバチバチと激しい火花を散らし、抵抗器のセラミックが限界を迎えて砕け飛んだ。
「持たせるぞ、あと十秒だ!」
ルカは砕けた抵抗器の代わりに、手元にあった高圧スパナの金属柄を直接回路に噛ませ、自らの肉体をグラウンド代わりに固定した。腕全体に激しい静電気が走り、筋肉が強烈に収縮する。視界が一瞬白く染まり、奥歯が激しく噛み合わさった。
「ルカ!死んだらそのスパナも持てなくなるんだよ!」
バーバラが叫び、ルカを心配する。
「あと……少しだ…。プログレスバーを……見ろ!」
ルカが歯の隙間から押し出すように怒鳴る。バーバラは咄嗟にモニターへ視線を向けた。八十五……九十……九十五……。
「九十九……百! データ吸い上げ、完了!」
シオンがキーボードを叩き割らんばかりの勢いで確定キーを叩き落とした。
瞬間、コンソールから吹き荒れていたプラズマ火花と激しい重圧波形が、嘘のように一瞬で霧散した。
スパナを握りしめていたルカの体から力が抜け、膝が鏡面装甲床へ激しく打ちつけられた。手袋からは焦げた革の臭いと煙が立ち上っている。彼は荒い息を吐きながら、火傷を負った腕の痺れを確かめるように指先を曲げ伸ばした。首元のアナライザーが、徐々に正常なゼロ推移へと戻っていく。
「……死に損なったな」
ルカが冷めた声で呟くと、シオンは端末からポータブルドライブを引き抜き、血のついた袖でそれを丁寧に拭った。
「最高の盗品だ。泥船の通信屋が持ち出せる代物としては、宇宙の歴史上で一番高くつく」
「で、中身は何なんだい?」
バーバラが実弾銃のシリンダーをカチリと戻し、ホルスターに納めながら二人へ歩み寄った。
コンソールの周囲を埋めていた激しいノイズと警告赤光は完全に消え去っていた。代わりに、大聖堂のような広大な空間全体に、青く透き通ったホログラフィックの立体データ群が、まるで静かな星空のように浮遊し始めた。
「《クジラ》の恒星間ワームホールネットワークのログ……」
シオンが大型ヘッドホンを首へ下げ、掠れた声で読み上げた。彼の瞳に、浮遊する幾何学的なデータファイル群の青い光が静かに反射している。
「これまでの『星葬ポイント』や『バブル位相の計算』なんて子ども騙しじゃない。先史文明《敷設者》がこの宇宙に何を残し、何をしようとしたのか……その生の記録だ」
大空間を支配するのは、完璧な無音と、冷たく澄み切ったデータ光だけだった。泥船の底で千年間響き続けていた軋み音も、スラムの雑踏の悲鳴も、ここでは一切の影を潜めている。
バーバラは上着のポケットから使い古した金属製のライターを取り出し、安タバコの先端へ火をつけた。シュボッという小さな着火音とともに、紫煙の線が青いホログラムの光を横切る。
「さあ、見せてくれよ」
バーバラは紫煙を深く吐き出し、濁ったフロントガラスの向こうを見つめるような冷めた眼光で空中を見上げた。
「あたしたちを泥船の底に押し込め、命をサイコロの目みたいに切り売りしてきた“神様”の正体をさ」
シオンは荒い呼吸を整え、額の汗と鼻血を素手で拭った。そして、慎重な取り立て屋のような手つきで、キーボードの上に人差し指を置いた。
ルカは首元のアナライザーをそっと胸元に納め直し、油と煤で汚れた作業着の袖を捲り上げた。
「開けろ、シオン」
ルカの短く硬い声が、鏡のような幾何学空間に静かに響き渡った。
「どんな不条理が転がっていようと、俺たちが乗る船の計算は、俺たちの手でやる」
シオンがキーを押し込んだ。
浮遊していた青いデータブロックが一斉に収束し、銀河の形状を模した幾重もの光の輪が、3人の頭上へと静かに展開を始めた。世界の真実が、張り詰めた静寂のなかでその幕を開けようとしていた。




