老舗和菓子屋の看板娘は、みんなの心を救う神らしい
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は、世界のIINCHOU白雪湊の登場です。
心悩ませるラプターを彼女がどう解きほぐすか
本日もお楽しみください。
都立高校の教室。昼休みの喧騒の中で、ラプターはあきらかに精彩を欠いていた。
訓練された軍人で、常人離れした感覚を持つ強化人間であるにもかかわらず、最近はぼんやりとこっちの方を見つめている。そしてハッとしたように慌てて俺から視線を外すのだ。
一体なんなんだろう、いつもの隙のないエリート然とした雰囲気なんて微塵も残っていない。
「……ちょっと、ラプターさん! 昼食はどうしたのよ?」
席を並べる白雪さんが、いつものように遠慮のない声を浴びせる。ラプターはハッとまばたきをしたものの、完全に上の空だ。
自分の机の上を見つめ、そこで初めて、大使館官舎の食堂で持たされるはずのお弁当を忘れてきたことに気がついたらしい。いつもなら考えられないようなポカだ。
「……あ、ごめん白雪。うっかり官舎に忘れてきちゃったみたい」
「まったく、らしくないじゃない……!」
白雪さんは呆れたようにため息をつきながらも、持ち前の世話焼きな性格を発揮してすぐさま行動を開始した。
その矛先が向いたのは、隣で静かに弁当箱を取り出そうとしていた俺だ。
「五味くん! あなたのお弁当をラプターさんに分けてあげなさい!」
「え……あ、うん。いいけど」
白雪さんは知っているのだ。
地下工廠の共有キッチンで、スズメやベルゲたちと一緒に食事を作る習慣が俺にあることを。
そして後方支援型の強化人間だったスズメが、栄養学の見地から「ナナオ君はまだ成長期ですから!」と力説し、とにかく大量の食事を摂らせようとした結果、俺が毎日『二人前以上』の規格外な量のお弁当を持たされているということも、白雪さんは完全に把握していた。
「五味くんのお弁当、量が多いんだからちょうどいいでしょ。ほら、遠慮しないで食べなさいよ。足りない炭水化物は購買でパンを買えばいいんだから!」
「あはは……ごめんね二人とも、助かる」
俺が重厚な弁当箱の蓋を開けると、机一杯に膨大な量の料理が広げられた。
前日の「生活訓練」の成果である。綺麗に巻かれた大量の「だし巻き卵」、そして山盛りの「麻婆豆腐」、ぎっしりと詰まった白飯。
つまり、それなりな量の豆腐と卵が俺の訓練で破壊されたという事だ。
家庭料理としてはやたらと手が込んでいて、量もちょっとした食堂レベルだ。
クラスメイトたちはきっと、俺のことを馬鹿力の定食屋の息子とでも勘違いしているに違いない。俺が「謎マン」としてクラスカーストの最底辺に存在する要因が、まさにこの机の上の光景だった。
白雪さんの強引な仕切りに、俺もラプターも素直に従うしかなかった。だけど最近は、そんな彼女の温かさが俺には良く分かってきた。
白雪湊という人物に不思議な人望があるのはまさにそういう所だ。
相手が学生だろうがスパイだろうが強化人間だろうが国家だろうが、まるで関係なく「彼女の正義」を突きつけるのだ。無頓着なのか肝が据わっているのか、日和見を一切しないスタイル。
そんな強烈な明るさと温かさに、世界の暗部の住人達は惹きつけられるのだろう。
それはさておき、ラプターの視線が気になる俺は、彼女が話しかけやすいようにきっかけを作ることにした。
「じゃあ、一緒に購買に行こうかラプター。ちょっと待ってて、白雪さん」
教室を出て二人で購買へ向かって廊下を歩く道中、俺は隣からの視線を感じ続けていた。
ラプターはずっと、隣を歩く俺の顔を穴が開くほど見つめ続けていた。
(……やっぱり、ずっと何かを俺に言いたそうな顔をしてるぞ)
生徒でごった返す購買で、焼きそばパンの入手に成功した俺は、会計の列にラプターと並んだ。一緒に並んだラプターは、真剣な目で俺を見つめると意を決したように言った。
「……ねえ、ナナオ。放課後、少し時間をくれないかな」
「いいけど」
「うん。……花園神社で話したいことがあるんだ」
「分かったよ、ラプター。とりあえずは俺の麻婆豆腐とだし巻き卵を食べてよ」
「ナナオの手料理か……きっと美味しいよね」
俺の言葉を聞いて少し明るく笑ったラプターと会計を済ませて、教室へ戻る。
教室の引き戸を開けると、俺の机の上でとんでもない光景が広がっていた。
重厚な俺のお弁当箱に、大量の唐揚げやポテトサラダ、ハンバーグにエビフライなど、見たこともない色とりどりのおかずが所狭しと詰め込まれていたのだ。
「……白雪さん、これ、なに?」
「ふふん! クラスのみんなが五味くんのだし巻き卵と麻婆豆腐を食べたそうにしてたから、色々とおかずを交換しちゃったのよ! いろんな種類が食べられた方が嬉しいでしょ?」
白雪さんは胸を張り、勝手に俺のお弁当で物々交換を成立させていた。
周りを見渡すと、クラスメイトたちが俺の重箱から分けてもらった麻婆豆腐とだし巻き卵を、実に美味しそうに口へ運んでいる。
「なにこれ、中華料理屋の味じゃん!」
「だし巻きウマっ! レンジの温めじゃない本物の味だ!」
「やっぱり五味くん、実家がどこかの定食屋さんだったんだ!」
口々に絶賛しながら、楽しそうに笑うクラスメイトたち。
そんな彼らの姿を見ていると、俺の胸の奥もなんだかじんわりと温かくなってくる。
(……みんなが美味しそうに食べてくれてる。俺、なんだかすごく嬉しいぞ)
正直、今の俺の料理レパートリーは、生活訓練で毎日壊しまくっている豆腐と卵くらいしかない。だけど、スズメに教えてもらいながらもっとたくさんの料理を覚えて、もっと上手になりたいと、素直にそう思った。
白雪さんは、そんな俺の表情を見て勝ち誇ったように「どうよ!」と言わんばかりに笑っている。
ラプターのことで気を遣って席を外したつもりだったけれど、白雪さんにはまるで勝てない。
無頓着に見えて、いつの間にか周りのみんなを巻き込んで幸せにしてしまう。本当にすごい子だなあ、と俺は心から感心した。
「あ、そうだわ。勝手にお弁当をトレードしちゃったお詫びに、私のデザートを半分分けてあげる!」
白雪さんはそう言って、自分の鞄から綺麗に包装された和菓子を取り出し、俺とラプターの机の上に一つずつポンと置いた。
「なに、これ?」
「うちの店で出してるお菓子よ。ほら、食後の甘いものは別腹でしょ!」
透明な包装フィルムには、達筆な文字で『東京銘菓 白雪最中』と印字されている。白雪さんの実家が老舗の和菓子屋さんだということは聞いていたけれど、実物を目にするのはこれが初めてだった。
「もな・か……? 日本の伝統的なスイーツ?」
ラプターも「最中」という食べ物は初めて見るようで、不思議そうに手の中でくるくるとパッケージを眺めている。
二人で包装を破ると、香ばしい皮の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。恐る恐る一口かじりついたラプターが、瞬時にぱっと目を丸くする。
「……! すごい、外側はサクサクなのに、中の餡子がとってもなめらかで上品な甘さ……!」
「でしょー! 明治から続いてる伝統の味なんだから!」
誇らしげに胸を張る白雪さんを見ながら、俺も最中を口に運ぶ。
一口食べると、パリッとした皮の食感の後に、ずっしりとした甘さが口いっぱいに広がった。大好きなクレープと違うベクトルの甘さに衝撃を覚える。
(……あ、これ、めちゃくちゃ美味いぞ)
麻婆豆腐のピリッとした辛さが残っていた口の中に、最中の優しい甘さがじんわりと広がっていく。
「美味しいよ、白雪さん。ごちそうさま」
「ふふん、分かればよろしい!」
ラプターもどこか和んだ表情で、大事そうに最中を味わっている。
教室の賑やかさの中で食べる甘い最中は、俺だけじゃなく、ラプターの心を柔らかく解きほぐしてくれるような味だった。
「老舗和菓子屋の看板娘は、みんなの心を救う神らしい」WEB小説のタイトルみたいな、のんきな言葉が頭に浮かぶ。思わず俺はぷっと笑ってしまった。
……この時の俺は、放課後の花園神社で泣きじゃくるラプターのことを見るなんて思いもしていなかった。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、
下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!
ブックマークと感想も是非ともお願いします。




