顛末
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
この話で、ナナオが地球に馴染むまでのお話は一区切りとなります。
次回以降は「強化人間」を中心に物語は進みます。
当小説での強化人間は、生体を多く残したサイボーグと思ってください。
地球の技術が未開な為に生体耐性が高い女性のみが適合可能で、
その存在が貴重な為に生殖力は残してある設定です。
ロボ娘ってロマンじゃないっすか。僕だけですかね。
尚、当作品の強化人間は実在兵器の名称で登場します。
引き続きお楽しみください。
◇Case-1 海軍大尉ラプターの報告
【極秘暗号通信:US-PACIFIC-FLEET-INTEL】
【発信:米国大使館付 海軍大尉 ラプター】
【受信:国防総省 強化人間開発局 特務部】
件名:日本国内における未確認強化個体「五味ナナオ」に関する中間報告、および実妹「ライトニング・ゼロ」の捜索状況について
1. 検体「五味ナナオ」の暫定評価
本官が新宿租界にて接触した検体「五味ナナオ」は、従来のサイバネティクスによる機械強化を一切伴わない、生体のみで構成された「超強化人間」であると推測される。
短時間のバイタルスキャンではあるが、ナノマシンや神経強化薬物の痕跡が皆無である。
これは各国が研究しつつも頓挫している「DNA単位で設計されたデザイナーチャイルド型強化」の完成形である可能性を示唆する。
本個体は、概念そのものが我々の常識と乖離している。サイバネティクスを伴わない生体の為に遠隔スキャンによる情報収集は無効であり、至近距離での常時接触・観察が必要不可欠と判断する。
2. 身分偽装および潜入許可申請
現在、本検体は一般の教育機関(都立高校)に潜伏中である。
幸いにして検体が学生であるため、本官も「留学生」としての潜入が可能である。
なお、先日の新宿租界の件での警視庁による任意同行については、大使館側の迅速な外交的配慮により阻止に成功した。
当面は活動の自由度を担保する外交官特権が必要なため、引き続き大使館付海軍士官としての身分継続を要請する。
3. 「F35ライトニング・ゼロ」捜索状況
日本海での起動試験中に消息を絶った実妹(F35ライトニング・ゼロ)の追跡結果を報告する。
防衛庁所属「ソウリュウ」によるソナー探索に反応がなく、高度なECM干渉も確認できない。
海底に物理的な事故の形跡がないことから、第三国の干渉、実験運営当事者でもある扶桑重工ならびに日本政府、あるいは神庫重工を筆頭とする国内軍需企業の妨害も視野に入れるべきである。
本官に匹敵するキルレシオを有する概念実証機である彼女の捜索は、本検体の監視と並行し、最優先事項として継続する。
4. 日本国内の防衛政策に関する懸念事項
現在、日本政府・新内閣内において、我が国の防衛政策を「技術的植民地主義」と糾弾する声が限界に達している。
彼らは、F2開発時のソースコード開示拒否や、F35におけるブラックボックス化を、我が国による「技術独占という名の傲慢」と捉えている。
――「金と市場だけを毟り取られ、自国の技術開発の芽を摘まれる」という焦燥感が、彼らを極端な排外主義へと走らせている。
この「国産回帰」を掲げる急進派は、扶桑重工のような対米協調派を「隷属の象徴」と断じており、近いうちに反逆的実力行使に及ぶ可能性が極めて高い。
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送信ボタンをタップすると、タブレットの画面に『Complete』の文字が浮かび、即座にデータが消去された。
港区、米国大使館内の一室。
租界潜入時の、あの野性味溢れる革ジャンとホットパンツ姿はどこにもない。
そこにいるのは、身体のラインに吸い付くような漆黒の海軍士官服に身を包み、几帳面に髪を束ねた一人のエリート軍人だ。
ボタンが弾けそうなほどグラマラスな胸元が、士官服の厳格さをかえって強調している。
ラプターは、首筋の端子に差し込まれていた太い光ケーブルをゆっくりと引き抜いた。
カチリ、と小さな音を立てて、かけていた眼鏡を折りたたみ、手元に遊ばせる。
「……ふぅ」
椅子に深く背もたれを預け、思い切り背伸びをする。その拍子に士官服の生地が悲鳴を上げたが、彼女は気にする様子もない。
机の上に広げられた資料。その中心にある、どこか所在なさげな顔をした「五味ナナオ」の顔写真を見つめる。
「待ってなさい、ナナオ。……あんな出鱈目な力を見せつけて、あたしをビビらせやがって」
軍人としての冷徹さと、それを上回る強烈な独占欲。
ラプターは写真を指先でなぞり、そのまま唇を寄せた。
「ステイツの為にも……あたしの為にも。お前の秘密、全部剥がしてやるから」
熱い吐息とともに写真にキスを落とし、彼女は不敵に微笑んだ。
◇ Case-2 協力者 白雪湊
新宿租界の騒乱が遠のく中、白雪湊は一人、夜の静寂に包まれた「四季の路」に立っていた。
指先にはまだ、ナナオが鋼鉄製のハッチをねじ切った時の熱い機械油の匂いが残っている。
「……五味くん」
彼女が震える手でスマホを握りしめたその時、画面が前触れもなく明滅した。
着信。だが、表示されているのは番号でも名前でもない、見たこともない複雑な幾何学模様。
耳に当てる前に、男とも女ともとれる不思議な、しかし透き通るような「声」が、スピーカーを通さず脳の芯を直接揺らすように響いた。
『……素晴らしい。地球個体、白雪湊。あなたの「非論理的な執着」を確認しました』
「え……っ!? 誰……? どこから……」
『私はエルピス。ナナオの航法管理知性であり、この惑星における彼のパートナー、そして保護者のようなものです。今、あなたの通信端末に直接干渉しています』
白雪の鼓動が跳ね上がった。
不思議に思っていた、気になる男の子。
その裏側に隠されていた巨大な秘密の扉が、今、自分に対してだけ、わずかに開かれた。その一端に触れたという高揚感が、彼女の胸を熱くさせる。
『白雪湊、提案があります。ナナオはこの星の物理的・社会的構造を破壊しすぎる。
……彼をこの「日常」という枠に定着させるには、現地のバランサーが必要です』
「バランサー……?」
『ええ。彼が壊したものを修復し、彼の異質さを隠蔽し、彼を「ただの生徒」として学校へ登校させ続ける役割です。
……私の権限を一部、あなたに委託しましょう。明日、ナナオから「量子もつれ通信機」の予備端末を受け取れるよう手配します。私とナナオの詳細は、その通信機を使ってお話ししましょう』
白雪の瞳に、スマホの画面から漏れる淡い光が反射する。
「……そう。それがあれば、五味くんが何か壊しても、私が一緒に謝ってあげられるのね。あの子が変な方に行こうとしても、私が元の場所まで引きずり戻してあげられる」
彼女の表情には一点の曇りもない。
「五味くんが悪い大人たちに利用されるなんて、絶対に許せない。
……五味くんには、明日もちゃんと学校に来てもらわなきゃ。それが、一番正しいことなんだから」
エルピスは、彼女の「歪なほど純粋な正義感」が、自分たちの正体を隠し通すための最高に都合の良い協力者になると確信していた。
『……交渉成立です、白雪湊。私と共に、ナナオを「普通の高校生」として守り抜きましょう』
白雪は満足げに頷き、夜の新宿を颯爽と歩き出した。
エルピスの計算に組み込まれた自覚など、一分もありはしない。
ただ、気になる男の子を救うための「正義の行い」をしているという多幸感だけを胸に。
◇ Case-3 :神崎玲奈の日常
新宿租界の壊滅から一夜。
神崎玲奈の人生は、何事もなかったかのように、むしろ以前より「輝かしく」塗り替えられていた。
扶桑重工の息がかかった政財界の根回しは完璧だった。
地下施設の惨状は「老朽化によるガス爆発」として処理され、彼女は査問にかけられるどころか、警視庁公安部市ヶ谷総合庁舎内分室の「室長」へと昇進。同時に、五味ナナオの身柄を全面的に独占管理する権限を手中に収めたのだ。
神楽坂、赤城神社の裏手。
高い塀に囲まれ、都会の喧騒を拒絶するような重厚な邸宅の門を、玲奈のセダンが潜る。
「……今日からここが、あんたの新しい『住まい』よ」
車を降りたナナオは、圧倒されていた。手入れの行き届いた庭園の奥にそびえる本館と、渡り廊下で繋がった別館。
玲奈は本館に住む父親への反発から、普段はこの別館を拠点にしている。
「あ、これ。私の妹。今はフランスのパスツール研究所でギャルやってるけど。……あんた、鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」
別館の壁に飾られた写真。そこには玲奈に面影が似ているが、姉より背が高く、派手なメイクと華やかなオーラを纏った超絶美人が写っていた。
ナナオが「……神崎さんより美人ですね」と呟きかけた瞬間、玲奈の冷たい視線が突き刺さる。
「……それで、俺の部屋は別館のどこですか?」
ナナオはワクワクしながら尋ねた。
これほど立派な屋敷なら、さぞかし快適な個室が用意されているに違いない。
そんな期待に胸を膨らませる彼に対し、玲奈は無言で、別館脇の駐車場の一角を指差した。
そこには、周囲の景観から完全に浮きまくっている、錆びだらけで赤茶けた、武骨な「貨物用コンテナ」が鎮座していた。
「な……なんですか、これ。倉庫ですか?」
「あんたの家よ。一国一城の主になれて良かったわね」
玲奈は勝ち誇ったように、コンテナの鋼鉄の壁をコンコンと叩く。
「あんたがまた『加減』を間違えて家をぶっ壊してもいいように、特注の強化コンテナを用意してあげたわ。
いい?本館もこの別館も重要文化財なのよ。柱一本傷つけただけで文化庁の許可と、気が遠くなるような修理手続きが要るんだから。絶対に壊すんじゃないわよ!」
「コンテナ……。せめて、窓くらい……」
「気に入らないの? じゃあ、特別に『表札』を付けてあげるわ」
玲奈が懐から取り出したのは、あの取調室のスチールデスクから強引に切り出された、無残な鉄の板だった。
そこには、ナナオが火花を散らしながら刻んだあの文字が、今も禍々しく残っている。
『オナオ』
玲奈は強力な磁石で、その鉄板をコンテナの入り口にバチンと貼り付けた。
「今日からここが、公式に『オナオハウス』よ! 感謝しなさい!」
「…………」
絶句するナナオの脳内で、ずっと沈黙を守っていた相棒が、耐えきれずに爆発した。
『……ぷ、ぷぷぷ! ナナオ、おめでとうございます! 宇宙開拓民の末裔が、地球で最初に手に入れた不動産が「オナオハウス」とは! これこそ歴史に刻まれるべき顛末ですね!』
「……笑うな、エルピス。……神崎さん、せめてエアコンは付けてください……」
落ち込むナナオを見ながら、玲奈は思う。
(ナナオの身柄も管理権限も手に入れた。正体不明の「超強化人間」、でも無敵ともいえる彼の操作レバーを手中に収めた私は、人類最強ともいえるわね。本当に最っ高じゃない!)
「しょうがないわね、なんだかとっても気分がいいから、扶桑の最上級エアコン入れてあげるわよ。
それまでは、駐車場の隅の水道を自由に使う事を許可するわ」
夕暮れの神楽坂。
格式高い邸宅の庭で、コンテナの前に力なく座り込む「超強化人間」と、それを高笑いで見下ろす「新任室長」の、新しい日常が幕を開けた。
◇◇◇
エピローグ
神楽坂の静寂とは対照的に、その場所には、重厚な機械の駆動音と、エンジニアたちの狂気にも似た情熱が渦巻いていた。
中部地方、各務原試験飛行場。
隣接する神庫重工の極秘ハンガー、地下七番ドック。
広大な作業台の上に、一人の少女が横たわっていた。
透き通るような肌に、不自然なほど鮮やかな金髪。まだ中学生にしか見えない幼い少女だが、その首筋の端子からは、血管のように無数の光ケーブルが伸び、周囲を囲む十数台の端末へと繋がっている。
「……チッ、さすがに米軍のファイアーウォールは強固だな。第何層まであるんだ、この防壁は」
モニターを睨みつけるエンジニアの一人が、吐き捨てるように言った。画面には、少女の脳内データにアクセスしようとしては弾かれる、『ACCESS DENIED』の赤い警告が絶え間なく明滅している。
「無理もありません。米軍最強のF22ラプターに迫るキルレシオを叩き出した、概念実証機『F35ライトニング・ゼロ』。最強の姉を持つ強化人間(個体)は伊達じゃないということでしょう」
「なればこそだ。こいつの中身を暴くことが、究極の国産機開発への鍵になる」
リーダー格の男が、少女の眠る作業台を愛おしげに、そして歪んだ所有欲を込めて撫でた。
「……扶桑重工の連中は、アメリカの犬に成り下がってこの宝を腐らせていた。
我が神庫重工にしても、かつて政府方針で、弾丸超特急の技術を共産圏に流出させられた時、我々現場がどれほどの血の涙を流したか……。
ライセンス料という名の『貢ぎ物』を払い続け、ブラックボックスという名の『傲慢』を押し付けられる日々は、もうすぐ終わりだ」
男の背後、闇の奥に4機の表情のない黒髪の美少女たちの瞳が、赤く鈍く光った。
F22ラプターのシミュレーション挙動からリバースエンジニアリングで徹底模倣。
さらに強奪されたF35ライトニング・ゼロを分析し、その技術を移植して再構築される4つの「影」。
「我らの悲願、純然たる国産機。その礎たる概念実証機――『四神』。
合衆国の傲慢、隣国の台頭、我らの国防が他国に蹂躙され続ける日々を終えるのだ。
その為にはF35ライトニング・ゼロの分析を急ぐのだ。その為には機体の完全解体も辞さない。……この娘にはすまないがな」
エンジニアが冷酷に告げると、4機の「四神」のセンサーが、呼応するように禍々しい赤い光を強く宿した。
作業台に眠る金髪の少女の睫毛が、微かに震えた。
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18:00はナナオ、お忘れなく。
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