棄てられ男、大地に立つ
この小説をご覧いただきありがとうございます。
益城 茜と申します。
テンポよく楽しく読めるそんな小説を心掛けて頑張ります。
当方の趣味を詰め込んだ「重力100/1 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜」
それでは、お楽しみくださいませ。
――着地。
小型艇がこの惑星――『地球』の地表に触れた瞬間。それは驚くほど静かだった。
大気圏突入時のあの、頭をかき交ぜられるような振動が嘘のようだ。
シートベルトを外した瞬間、俺の身体はふわりと浮き上がり、信じられないほど滑らかにシートへと戻った。
「……着いたな、エルピス」
『個体番号07。いえ、ナナオ。無事の降下、お疲れ様です。……で、頭の中のゴミは少しは片付きましたか?』
脳内に直接響くのは、母船『エルピス』の管理AIの声。
月の裏側に本体を隠したまま、量子もつれ通信で俺を四六時中監視し……もとい、導いてくれる、唯一の腐れ縁だ。
無機質な美声のくせに、最近はどこか冷ややかで、まるで俺の情けない人生を特等席で楽しんでいる性格の悪い配信者みたいに見える。
「ゴミって言うな」
俺たち宇宙開拓民は、体よく「未知の外宇宙調査」なんて名目を着せられて母星から棄てられた、いわば人間失格の落ちこぼれ集団だ。文字通り、母星にとっての『棄民』として宇宙へ放り出されたという強烈な自覚が、俺にはある。だからこそ、その響きにはどうしても反応してしまうのだ。
「母星を追い出された俺たちが、何世代もかけて星の海を彷徨ってさ。その成れの果ての俺が、こんな『当たりくじ』が引けちゃうなんてな」
『開拓民……でしたね。母星に残れるほどのエリートになれなかった落ちこぼれ集団。“新たなフロンティアを掴む”なんて耳ざわりのいい言葉で宇宙へ送り出され、居住可能惑星を見つけられる確率は何兆分の一。あなたのご先祖は、その“外れくじ”を引き続けた人々です』
「言い方!」
シリアスになりかけた空気をエルピスの毒舌に壊され、思わず突っ込んだ。
まずは外の様子を確かめようと、ハッチを開けて、小型艇のステップから地面へと一歩を踏み出す。
――ボゴーン!!!!
「うおっ!?」
金属が悲鳴を上げて弾け飛ぶ爆音が響いた。
ただ普通に足を下ろしただけなのに、地面に敷かれていた厚さ数センチはあろうかという頑丈な鉄板が、まるで腐った豆腐みたいに俺の足の形に踏み抜かれていた。足がすっぽりと鉄の地面に埋まっている。
『おっと、お気をつけなさい。あなたが生まれた人工子宮――その設定重力は、我々の母星基準である【地球の約百倍】。対して、この惑星の重力はたったの1G。つまり、今のあなたにとって、この世界は【重力100分の1】の楽園なのです』
「重力100分の1……。じゃあ、俺が普段通りに歩くだけでこれかよ……」
『ええ。現地生物の基準から見れば、あなたは歩く天変地異。災害級の超パワーホルダーです。まずは慎重に、ゆっくりと足を抜いてください』
冷や汗をかきながら、そっと足を鉄板の穴から引き抜く。
一歩、地面を踏みしめる。それだけで、身体がバネ仕掛けのように軽やかに弾んだ。
周囲を見渡せば、小型艇のライトに照らされたその場所は、見渡す限りの産業廃棄物の山だった。
不法投棄されたらしき建築資材のコンクリート瓦礫、ぐにゃりとひしゃげたトタン板、油の染みついた巨大な機械パーツが幾重にも積み上がり、鼻を突く嫌な金属臭を放っている。皮肉なもんだ。母星のゴミである俺が、地球のゴミ捨て場に降り立つなんてな。
だが、俺は思わず、すうぅ、と深く息を吸い込んでいた。
「……な、んだこれ。空気が、澄んでいる……?」
これまで吸ってきた、船内のカビ臭い循環空気とは違う、本物の大気の匂い。
『……ナナオ、ここは現地の不法投棄地帯、要するにただのゴミ捨て場ですよ? オイルと錆の臭いに満ちたそんな場所で深呼吸をして「空気が澄んでいる」だなんて……。ぷぷぷっ、悲しいほどに宇宙暮らしが長かったのですね。可哀想に』
「うるさいな! 船内のあのカビ臭い再生空気に比べたら、ゴミ捨て場の空気だって極上の純水みたいに感じるんだよ!」
エルピスの容赦ない嫌味に顔を真っ赤にしながらも、ゴミが発する生活臭に、俺のチキンハートは少し不安になる。
なにせ、俺の人生には「実在する他人」なんて一人も登場しなかったのだから。
「……なあエルピス。今後は人と話さなければいけないんだよな。俺がまともに人間と話せると思ってんのか? ずっと一人だったんだぞ」
『それは仕方ありません。あなたが生まれた開拓船は、パンデミックと内乱で壊滅しましたから。追い詰められた人間たちは自分たちの船を自らぶっ壊し、互いに殺し合って果てた。残されたのは自己修復を続けた管理AI――つまり私と、人工子宮で再起動させた“あなた”だけ。本来なら千人の社畜で回すブラック企業並みの開拓船を、あなたはたった一人で維持し続けたのです。母星からポイ捨てされた『棄民』のくせに、現地基準を遥かに超えた究極のワンオペ労働者……。ぷぷぷっ、涙ぐましいポテンシャルですね』』
「そんなブラック労働させられてたの? 今まで自覚すらしてなかった」
『では、これからの地球生活のために、さらに出力調整をしましょう。あそこにある放棄されたドラム缶など最適です。現地基準ではそれなりに重い物質のはずです』
俺は産廃の山に転がっていた、赤茶けて錆びたドラム缶に手をかけた。
ずしりとした質量感があるはずの鉄の塊。
だが、指先をほんの少し添えただけで――。
――ひょいっ。
まるで、中身の抜けた空のペットボトルのように、軽々と頭上へ浮き上がった。
「……嘘だろ。これ、本当に中身入ってるのか?」
『いいえ、中身は産業廃棄物(コンクリート塊)で満載です。母星基準なら二百キログラムを超えますが、今のあなたには数グラムの消しゴム程度に感じられるはずです』
「じゃあ、ちょっと小突いたらどうなるんだ?」
試しに、ポン、とお手玉のように放り投げてみた。本当に、軽い気持ちだったんだ。
――バシュンッ!!!!
空気を切り裂く凄まじい爆音が鼓膜を打った。
ドラム缶は、夜空の雲を突き抜けるほどの猛烈な勢いで消え去り――数秒後、遥か遠くの山の斜面が、爆発したかのように激しく明滅した。
ズウゥゥゥゥン……! と、遅れて不気味な地鳴りが響いてくる。
「…………は?」
『お見事です。音速を超えました。現地の主力戦車が放つ砲弾以上の運動エネルギーを記録しました。指先ひとつでこれです。もしあなたが現地の人間を全力で殴れば、文字通りミキサーにかけたトマトのようになりますね。ぷぷっ、恐ろしい。関わりたくありません』
「笑い事じゃないよ!! なんだよ音速超えって! 俺、普通に暮らしたいだけなのに、これじゃ人間と握手しただけで手をつぶしちゃうじゃないか!」
『ですから、普段は「全力を出さないように怯えながら生きる」ことです。慎ましく、撫でるように世界に触れなさい。まあ、あなたにはお似合いの不憫な生き方ですね。ぷぷぷっ』
相変わらずトゲのあるAIの言葉をスルーしながら、俺は自分の両手を見つめた。
世界を救う神にもなれるし、一瞬で滅ぼす悪魔にもなれる。そんな、あまりもしない非常識な災害級のパワー。
「……分かってるよ。俺はただ、静かに暮らしたいだけなんだ」
まずは、この星の「普通」を学ばなきゃならない。
『では次は移動のテストです。あそこのショベルカーを目標に、軽く跳躍してください』
俺は「軽く」地面を蹴った。
「おわぁぁぁぁぁ!?」
視界が一瞬で引き延ばされる。十メートルはある産廃の山を軽々と飛び越え、俺は空中を泳いでいた。
『慌てないでください。空中元素固定装置、演算サポートを開始。……三、二、一。発動』
足元の空間が「ピシッ」と凍りつき、透明な足場ができる。俺はそれを思い切り踏みつけた。
ドォォォン!
空を蹴る音が太鼓のように響く。透明な足場を踏み台にして、ドンドコと産廃の山の上を跳ね回った。
本人は必死だが、下から見れば「爆音を立てながら夜空を飛び回る謎マン」だ……
「おっ、おっ、おおお! 案外いける、いけるぞエルピス!」
『……おめでとうございます、ナナオ。不審者度が120%を突破しました。
あなたがドンドコやるたびにセンサーが激しく反応しています。……こちらに向かってくる白と黒の移動機器を確認しました』
「え?」
『小型艇を回収します。……ナナオ、現地の警察です。
不法入国からわずか三十分で、あなたは立派な“事案”になりました』
エルピスの冷淡な声と共に、小型艇が一瞬で消滅した。
同時に、遠くから「ウゥゥゥゥ――ッ!」というサイレンの音が近づいてくる。
「……逃げるべきか?」
『無駄です。空中元素固定装置の本日の残り稼働回数は2です。……ここで“迷子”を装いますか?
ナナオの絶望的状況は、私の観測記録としては最高に面白い展開です。ぷぷぷっ』
「……本当に、困ったなあ!!」
暗闇を裂いて赤色の回転灯が近づいてくる。パトカーから降りてきたのは二人の警官。
「……なあエルピス。他の人がいるって、どういう感じなんだろうな」
『あなたにとって“他の人”とは未知の生物そのものですから。
でも安心してください。あなたが怖がっても、私が横にいます。……もっとも、面白いのでしばらく観察しますが』
「相棒のサポートがサポートになって無いんだけど‼」
――こうして、俺とこの惑星の「普通」とは程遠いファーストコンタクトは始まった。
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