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眠れる主と、限界を超える四つの刃

黄金の都での死闘から、三ヶ月。

 カノンは、深い眠りから一度も目を覚ましていなかった。


「……カノン様。今日も、お顔の色が優れませんね……」


強欲の神の宮殿を接収し、その一室に設えられたふかふかのベッド。

 セラフィは、眠り続けるカノンの冷たい手を両手で包み込み、痛ましそうに目を伏せた。


強欲の神を瞬殺し、四人の命を事象ごと巻き戻して救い出した代償。それは、カノンの神としての神力を根底から削り取る、あまりにも重いものだった。

 呼吸はあり、脈も打っている。だが、どれだけ血を飲ませても、魔力を注いでも、彼女の意識が浮上する気配は全くなかった。


「……セラフィ。交代の時間ネ。少しは休むアル」


部屋に入ってきたリンが、温かいスープをテーブルに置きながら声をかけた。

 その顔には、三ヶ月前のようなあどけなさは消え、どこか研ぎ澄まされた刃のような鋭さが宿っている。


「いや、私は平気だ。……それより、ミアとレヴィアはどうしている?」

「ミアは今、魔物狩りの最終試験アル。レヴィアは火山の火口でブレスの圧縮訓練ネ。二人とも、ボロボロになりながら笑ってたアルよ」


その言葉を聞いて、セラフィは静かに頷き、自身の傍らに立てかけた大盾に視線を落とした。

 真ん中から真っ二つに両断され、カノンの力で元通りになった大盾。それを見るたびに、あの日、何もできずに一瞬で殺された己の不甲斐なさがフラッシュバックする。


『私たちは、弱すぎた』


カノンが命を削ってまで護ってくれたこの命。

 もし私たちが、あの強欲の神の攻撃を防げるほど強ければ、主をこんな目に遭わせることはなかったのだ。

 その圧倒的な絶望と後悔が、三ヶ月間、四人を狂ったような修行へと駆り立てていた。


セラフィは、防御の概念を底上げするため、自身の神聖魔力を常に限界まで展開し続ける地獄の耐久訓練を。

 ミアは、音さえも置き去りにしたカノンの『神速』に少しでも近づくため、自身の筋肉の限界を超える超加速の修行を。

 レヴィアは、ただ広範囲を焼くだけのブレスを、一点に圧縮して神の防壁すら貫く『レーザー』へと昇華させる特訓を。

 そしてリンは、皆の力を底上げする特級の薬膳知識と、自身を最前線で戦える武術家へと叩き上げる血の滲むような鍛錬を。


すべては、二度と主の足を引っ張らないために。

 目覚めたカノンに「強くなったわね」と褒めてもらうために。四人の少女たちは、この三ヶ月で完全に『限界』を超えていた。


「……リン。例の噂、本当なのか?」

「間違いないアル」


リンは真剣な表情で頷き、商人たちからかき集めた情報が書かれた羊皮紙を広げた。


「西の果て、一年中雨が降り続く『憂鬱の国』。あそこの最深部には、伝説の霊薬――『エリクシル』が眠っているらしいネ」


エリクシル。

 どんな枯渇した魔力も、削られた命すらも満たすという幻の薬。それがあれば、カノンの削り取られた神力を補い、目を覚まさせることができるかもしれない。


「憂鬱の国……。ここから馬車で一ヶ月はかかる、険しい道のりだ。それに、憂鬱の神は、人の心を蝕む最悪の精神干渉を使ってくると聞く」

「それでも、行くしかないアル。カノンお姉さんを、これ以上冷たいベッドに寝かせておくわけにはいかないネ」


リンの力強い言葉に、セラフィはベッドから立ち上がり、カノンの手をそっと布団の中へ戻した。


「……ああ、その通りだ。ここから先は、私たちがカノン様を護り抜く」


数日後。

 強欲の都を後にする一台の豪奢な馬車があった。

 中には、静かに眠り続ける美しい吸血鬼の少女。

 そしてその周囲を、見違えるほどの凄みと強者としてのオーラを纏った四人の眷属が、絶対に近づく者を許さないという決意と共に護衛している。


「行くよ、みんな。カノンのために、絶対に見つけ出す」


ミアの静かな号令と共に、馬車は厚い雲に覆われた西の空――憂鬱の神が支配する、絶望の国へと向けて走り出した。

 カノンが眠る間、今度はヒロインたちが主役となる、過酷なエリクシル探索の旅が幕を開けたのだ。

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