捕食者の頂点と、悪食の神格
醜悪な料理長を消し炭にし、私たちは宮殿の最奥――『暴食の神』が座する巨大な大食堂へと足を踏み入れた。
部屋の中央には、山のように積み上げられた金銀財宝と、おびただしい数の『骨』。そして、その頂点に座り、絶え間なく何かを口に運び続けている、肉の塊のような巨大な大男がいた。
『……ゲェップ。なんだぁ? 俺のデザートの時間に、勝手に入ってくるんじゃねぇよ』
怠惰の神の隠れ里で見た大男。
暴食の神は、濁った黄色い瞳で私たちをギョロリと見下ろした。
『あぁ? お前、あの時の小娘じゃねぇか。なんだ、自分から俺に喰われに来たのか?』
「……」
『ヒヒッ! この前喰った「怠惰」の肉は、パサパサで不味くてなぁ! 神格も半分しか消化できなくて物足りなかったところだ。お前のその神と吸血鬼が混ざった血肉なら、極上のスパイスになりそうじゃねぇか!』
育ての親を「不味い」と嘲笑い、自らの腹を満たすだけの餌として語る醜悪な神。
「……カノン様。ご命令を。あのような下劣な口、今すぐ私が叩き潰します」
「あいつの目ん玉、くり抜いて豚の餌にする」
「絶対丸焼き! ……あ、でも汚いから食べない!」
「私の包丁でも、あんな腐った肉は切れないアル。ゴミ箱行きネ」
私の背後で、四人の眷属たちがかつてないほどの濃密な殺気を放つ。
リンの特製ジュレによって極限まで魔力を引き出された彼女たちは、今や一騎当千の化け物揃いだ。
「――主の敵は、私たちが穿つッ!!」
私の静止の言葉より早く、限界までバフのかかったセラフィ、ミア、レヴィアの三人が、弾丸のような速度で暴食の神へと突撃した。
セラフィの神聖な魔力を込めたシールドバッシュ、ミアの死角からの双剣による斬撃、そしてレヴィアの至近距離からの竜のブレス。
神でさえ即死を免れない、完璧な連携攻撃。
――しかし。
『……ふぅん。前菜にしては、少し元気すぎるな』
ズォンッ……!!
暴食の神が、ただ「息を吸い込んだ」だけだった。
それだけで、レヴィアの炎も、ミアの刃の軌道も、セラフィの突進の運動エネルギーすらも、空間ごと『捕食』され、無に帰してしまったのだ。
「なッ……!? 攻撃が、吸い込まれ……ッ!」
「くそっ、身体が……引き寄せられる……!」
宙で体勢を崩した三人を、暴食の神は虫を払うような無造作な裏拳で薙ぎ払った。
「きゃあぁぁぁッ!?」
三人は宮殿の分厚い壁に激突し、血を吐いて崩れ落ちる。
リンの特製ジュレで極限まで強化されていたにも関わらず、文字通り『次元が違う』圧倒的な力。
『ゲハハハッ! お前ら、勘違いしてるんじゃねぇか?』
暴食の神が、玉座からゆっくりと立ち上がる。
すると、彼のブヨブヨに肥え太っていた肉の塊が、異常な音を立てて圧縮され始めた。
ギリッ、メキメキメキッ……!!
無駄な脂肪がすべて高密度の筋肉へと変換され、三メートル近くあった巨体が、瞬く間に無駄の一切ない、引き締まった漆黒の闘神のような姿へと変貌を遂げた。
その顔には、まるで虚無のブラックホールを思わせる、牙の生えた禍々しい仮面のような装甲が形成されている。
『俺はただのデブじゃねぇ。喰らったすべての命、魔力、概念を、完璧な己の血肉へと変換する。……俺こそが、食物連鎖の絶対的頂点。神々の力すら喰い尽くす、完成された捕食者だ』
そこにあるのは、醜悪な化け物などではない。
純粋な『喰らう』という行為を極限まで突き詰めた、恐ろしく気高く、そして絶望的なまでに強大な『神格』そのものだった。
「カノンお姉さん……ダメ、アル! あの神様、強すぎるネ……っ!」
背後でリンが震える声を上げる。
だが、私は倒れた三人を庇うようにゆっくりと前に進み出た。
恐怖はない。ただ、静かな、絶対零度の怒りだけがあった。
「……あなたたちは、手を出さないで。下がっていなさい」
「カ、カノン様……っ」
私は右手の指先を噛み切ると、溢れ出した血が、かつてないほど巨大で禍々しい『真紅の大鎌』へと形を変えた。
その刃には、私の魔力だけでなく、彼から受け継いだ『怠惰の神の黄金の神格』が、怒りに呼応するように眩く輝いている。
「……捕食者の頂点? 笑わせるわね」
私は大鎌をだらりと下げたまま、洗練された悪食の神を真っ直ぐに睨み据えた。
「ただの底なしの生ゴミ箱が、神を気取らないで」
私の言葉に、暴食の神の漆黒の仮面の奥で、濁った瞳が凶悪に細められた。
神殺しの旅路における最大の死闘が、今、静かに幕を開けた。




