狂気の晩餐と、地に落ちた誇り
「ヒヒッ! 大鎌なんて物騒なもん持ち出して、この俺を『調理』する気か? 面白い、返り討ちにして極上のミンチにしてやるぜ!」
料理長が肉切り包丁を構え、尋常ならざる魔力を全身に纏わせた、その瞬間。
「……五月蝿いわね、豚が」
私が静かに指を鳴らす。
すると、私の指先から弾けた血の雫が一瞬にして無数の『細い血の剣』へと形を変え、虚空から雨のように降り注いだ。
――ズドォォォンッ!!
「なッ……!? ガァッ……!?」
無数の血の剣が、料理長の四肢を深々と床石ごと縫い付けた。
彼は身動き一つ取れなくなり、あまりの衝撃と痛みに目を剥いて床に這いつくばる。
「……まずは仕込みアル。料理人なら、食材が暴れないように拘束するのは基本ネ。それから……」
いつの間にか立ち上がっていたリンが、涙の止まった瞳で、けれど底抜けに冷たい声で言い放った。
「その硬くて筋張った肉、叩いて徹底的に柔らかくするアル」
リンの言葉を合図に、セラフィが冷ややかな目を向けた。
「はっ。主の御前で凝り固まったその傲慢な肉、私がほぐして差し上げましょう」
――ドスッ! ドゴォッ!
セラフィが大盾の平らな腹の部分を使い、料理長の太ももや腹の肉を、骨を砕かない絶妙な力加減で重々しく打ち据えていく。
「ガッ……! ゴボォッ……!」
凄まじい衝撃に肉体が跳ねるが、血の剣に縫い付けられているため逃げることもできない。ただ全身の筋肉が、巨大なミートハンマーで叩かれたように赤く腫れ上がっていく。
「……よし、繊維がほぐれたネ。次は皮むきアル」
リンが顎でしゃくると、ミアが音もなく動いた。
――シュパパパパパパパパッ!!
ミアの双剣が、目にも留まらぬ速さで料理長の全身を駆け巡る。
彼女は、男の皮膚を一切傷つけることなく、その『純白のコックコート』だけを、一瞬にして微塵切りに切り裂いた。
全身を念入りに叩き潰され、全裸で床に四肢を縫い付けられた、肥え太った醜い大男。
一流料理長の威厳など微塵もない。そこにあるのは、ただ屠殺を待つだけの、無様で惨めな姿だった。
「……最後は、品定めネ。あんた、自分の『肉』にどれだけの価値があると思ってるアルか?」
リンは全裸の料理長の前に立つと、男が手放したあの『巨大な肉切り包丁』を拾い上げた。
「や……やめて……くれ……!」
「私の父さんは、最低の食材でも最高の料理を作ったアル。……だから私も、あんたを料理してやろうと思ったけど」
リンは冷たい目で男を見下ろし、その肉切り包丁を、男の顔のすぐ横の床にガツンと突き立てた。
「……やめたアル。あんたみたいな薄汚いプライドと、ドブ臭い殺意の塊、私の綺麗な包丁を汚す価値すらないネ」
「……ぁ……あぁ……!」
「食材ランクは……『測定不能の生ゴミ』ネ。誰の腹も満たせない、ただの腐ったゴミ。それが、あんたの本当の姿アルよ」
料理長の瞳から、傲慢さが完全に消え失せた。
自分が「一流の料理人」どころか、この少女にとって「切る価値すらない生ゴミ」だと宣告されたのだ。肉体を刻まれるよりも遥かに深い、料理人としての絶対的な尊厳破壊。
男の目から、屈辱と絶望の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「……レヴィア。ゴミの処理を」
「うんっ! こんな汚いゴミ、丸焼きにしても不味いから、灰も残さず消しちゃえー!!」
レヴィアが大きく口を開け、規格外の灼熱のブレス(竜の炎)を放った。
――ゴォォォォォォォォッ!!
男が絶望に顔を歪めた瞬間、その醜い身体は一瞬で青白い炎に包まれ、細胞一つ、灰一つ残さず、この世から完全に消滅した。
宮殿の床には、リンが突き立てた肉切り包丁だけが、虚しく残されていた。
「……お粗末さまアル。父さん、母さん……敵は、討ったアルよ……」
リンは空を見上げ、晴れやかな、けれど少しだけ寂しい笑顔を浮かべた。




