礼を言おう
ヒーローにも、生活がある。
それを言うと、誰かが笑う。
「ヒーローは無償でしょ?」
無償だ。
怪物を殴るのに請求書は出さない。
瓦礫を持ち上げるのに領収書もいらない。
だが――
家賃は無償じゃない。
子供の粉ミルクも無償じゃない。
妻が言った。
「あなた、ちゃんと考えてる?」
考えている。
だが、答えは出ない。
ヒーローは戦える。
だが、生活は殴れない。
来月、金がなくなる。
通帳の数字が教えてくれた。
怪物は倒せる。
だが、赤字は倒せない。
……限界か。
そのとき、ふとあいつの顔が浮かんだ。
俺を利用しているあいつだ。
戦場をちょろちょろして、
いつの間にか稼いでいるやつ。
俺が殴られている横で、
電話をして、
タブレットを見て、
「よし」とか言っている男。
理屈は知らない。
だが――
あいつなら、なんとかしてくれる。
情けない。
だが、仕方ない。
俺はあいつのビルに向かった。
「相談がある」
そう言うと、あいつは大きくため息をついた。
「ヒーローなのに金の無心かぁ??」
胸が刺さる。
「お前にあげる金は一銭もない」
「これは俺が稼いだ金だ」
「よそをあたりな」
失意のどん底に落とされた気分だった。
確かにそうだ。
金の無心なんてダサい。
わかっていた。
「そうか。すまなかった」
窓に向かう。
そのまま戦場に戻ればいい。
そのとき。
「待て」
振り返る。
「やることが弱い」
「XでもインスタでもTikTokでもいい」
「動画、写真、なんでも撮れ」
「それを流せ」
「あのな――」
「それだけで、お前は稼げる」
あいつの目は本気だった。
「金をもらう側に回るな」
「金を生む側に回れ」
「俺に施されるな」
「俺が勝手に利用するのはいい」
「だが、お前が情けねえ顔で来るのは気に入らねえ」
何も言えなかった。
最初は、びびっていた。
戦闘を遠くから動画にした。
それでも反響は凄まじかった。
フォロワーは倍になり、
投稿するたびにまた倍になる。
撮った動画の反響は凄まじかった。
ニュースにも取り上げられ、
スポンサーから連絡が来た。
金も入ってくるようになった。
口座の数字が変わった。
俺は戦っている。
俺は守っている。
そして、俺は稼いでいる。
両立できている。
そう思った。
橋の上で、バスがスリップした。
落ちる。
俺は飛んだ。
その瞬間。
ほんの一瞬、
画角が頭をよぎった。
夕日。
傾いた車体。
最高の映像。
ほんの、コンマ数秒。
バスはさらに傾く。
はっとして力を込める。
川に落ちる前に支えた。
助かった。
だが――
怪我人が出た。
俺は迷った。
その一瞬があった。
川沿いに座り込む。
「俺は、何をやってる」
正義は撮るものじゃない。
守るものだ。
もうやめよう。
そう思った、そのとき。
そこに、笑顔のあいつがいた。
「ここにいたか」
「もうやめる」
「金稼ぎは、やめる」
あいつはあっさり言った。
「そうか」
「なら俺が稼いでやる」
契約書を差し出す。
「ここにサインしろ」
「お前の存在が金になる」
「……好きにしろ」
翌日、CMが流れた。
「ヒーローを助けるヒーローにならないか!」
「ヒーロー応援投信、始動!」
投信は即日完売。
口座に見たこともない数字が入る。
スーパーに行くと、レジ横に俺のフィギュアが並んでいる。
子供がそれを握って笑う。
「ママ、ヒーロー!」
変な気分だ。
だが――
応援されるのは、素直に嬉しかった。
誰かが俺を支えたいと思って、金を出してくれている。
助かった。
家族は守れた。
生活も守れた。
俺は戦えている。
あいつは俺を利用している。
それも、わかっている。
だが、それでいい。
今度、あいつに礼を言おう。




