10 配達物
自分の身体は細くて無駄な肉がついていない。女性らしい丸みに欠ける気がしてならないのだった。バール帝国にいた時も、よく魔獣の駆除に駆り出されていたものだ。エストを巻き込みたくないという、その実妹アニスの意向が殊に大きかった。
昔のことを思い出しつつ、ティスは人の気配を感じて玄関の方へと向かう。
大きな箱を傍らに置いた、業者が扉の外に立っている。
「失礼します。ティス・メルンスト嬢の居宅で間違いありまけんか?」
久し振りに家門名まで呼ばれた。見るからに豪華そうな装丁の革製の箱である。
「はい、ティス・メルンストなら私ですが」
遠慮がちにティスは答える。配達物を受け取る心当たりなどまったくない。エスト宛だろうと思っていたのだが。
「カート・シュルーダー様から貴方様宛の荷物です。受領書に署名を願います」
若い男の業者が恭しく署名を求めてくるので、ティスは応じた。自分宛であることに戸惑いつつも、カートからであることにはなんとなく納得する。
先日、女王リオナの生誕祭に招待された。固辞したのだが、最後は半ば土下座のようなことまでされてしまい、応じるしかなかったのである。
(何かと、気にかけてくれているものね、でも、何かしら、高価そうだけど)
ティスは箱を受け取る。軽く揺らしてみた。
「おそらくは衣類ではないかと思います」
笑って業者が言う。
荷物を気にかけていたことを見抜かれて、ティスは赤面する。
「はい、そうですか」
間の抜けた返事をするしかなかった。
業者が軽快な足取りで去っていく。まだ昼前だから、まだまだ配達があるのかもしれない。
ティスは玄関床に箱を置き、にらめっこを始めた。気安く触れようという気になれない。
たとえカートから自分宛だとしても、衣類を贈られるいわれはなかった。
(服すら買うお金が無い。困窮していると思われているのかしら)
ティスとしては困惑してしまう。いつもお仕着せ姿か戦闘装束だったから、誤解されているのだろうか。
「たぶん、ドレスか何かじゃない?受け取っておきなさいよ。ちょうどいいじゃない。あんただって、女王陛下の生誕祭、招待状をあの歩兵隊長から受け取っているんだからさ」
エストが急にあらわれて口を挟む。簡素な白いブラウスに紺色のスカート。そして書見をするときの黒縁メガネをかけていた。
「お嬢様、まさか、そんな」
ティスは動揺して振り向く。頭の中ではしかし、経緯が符合した。確かに招待されたのだから次は衣装に決まっている。
(そもそも、侍女の私が身分違いだわ)
困ってしまい、改めてティスは革張りの箱を見下ろす。
「まさか招待を断るわけにもいかないし、大丈夫よ、あたしも行くんだから」
エストが面白がるように笑って告げる。さらには勝手に箱を開けようとし始めた。
「そうですよ、お嬢様のお世話は?私しか侍女がいないというのに」
思い出してティスは言う。
「何よ、行きたくないの?それとも急に距離を詰めてくるから、やっぱあの仏頂面の歩兵隊長が嫌になった?」
ニタニタと笑顔のままエストが箱を開けた。中身を無造作に取り出す。
(そんなんじゃないけど。女王陛下の生誕祭で、舞踏会なんて、貴族の御方だらけに決まってます)
ティスはエストを咎める心の余裕すらも失っていた。
「うわ、これまた露骨な好意ね」
中身はエストの言う通りドレスだった。
しかも黒い。贈り主のカートにとっては自身の髪と瞳の色である。
「私も真っ黒で、衣装も真っ黒」
ティスは腕組みして呟く。肌は色白だが、髪も目も黒い。
(これを着たなら、カラスのように見えるのではないかしら)
深刻な悩みにティスは襲われる。
「しかも自分の目と髪の色で、それを身に着けろなんてさ、本当に露骨な好意よね。これは、当日のエスコートもさせろってことよ」
こともなげにエストが説明する。パーティーなどの作法については詳しい。気さくな人柄や口調とは裏腹に、皇太子の婚約者教育まできっちり学びきっている才媛なのだった。
「そんな、私なんかが、殿方にエスコートしてもらって、女王陛下の生誕祭にだなんて」
ティスは身を縮める。ただの護衛兼侍女に過ぎない。エストの付き添いとしての随行なら分かるのだが。
「おかしな話でもないんじゃない?あんた、実家はバールの男爵家で。行儀見習いで奉公してただけなんだから」
エストが眼鏡を布で拭きながら言う。
元は貴族令嬢だから構わないと、そういう言い分のようだ。
「そうですが、しかし」
ティスはドレスと幼い女主人とを見比べる。
「行きたくないの?」
端的にエストが問うてくる。
「行きたくないとしても、拒否権なんて」
ティスは俯く。
亡命してきて早々に、招待されておいて、たかが侍女の自分が拒絶するのも非礼にあたるのではないか。
「ま、そうなのよね」
すんなりとエストが頷く。
「なら、腹を決めなさいよ。いいじゃないの?満更でもないんでしょう?あの歩兵隊長とはさ」
エストがポンと肩に手を置いた。
「それは」
ティスは自身に向けられるカートの柔らかな視線を思い出す。2人でパーティー、である。心が少し沸き立ってしまった。
「大丈夫。パーティー自体はどうとでもなるわよ。私も出席するんだから」
エストがドレスを畳んでまた仕舞う。
「そうです、でも、お嬢様のお世話が」
ティスは自分の本業を思い出す。
「いいのよ。あたしは聖女なんだから。いつも通りにローブ着てくから」
不敵に笑ってエストが言い放つ。
「えええっ、それは、あまりにも」
可憐なエストの美貌を見て、もったいないとティスは思うのだった。
それこそ着飾ればこの国でも良縁に恵まれるのではないか。
「大丈夫。あたしはここでこそ、今度こそこの国でこそ、聖女をしたいの。分かるでしょ?」
エストの真意を聞くこととなった。
(それは、そうなのね)
一貫しているエストが束の間、眩しく見えた。
(そう、なら、私も)
良くも悪くも一度のパーティーである。
(なるようになる)
ティスも腹を決めるのだった。




