第5話(最終話)
「間違っていますわ!」
今日は、"女性の社会進出"の主宰である王妃が開催する集会である。
とはいっても、会議室で議論するような場所でも雰囲気でもなく、大きなお茶会のような形式だ。
参加資格は成人貴族女性(15歳以上)であるが、ほとんどの貴族家の令嬢は貴族学園に入園してから参加する。
貴族学園の1年生であるロレッタ、リディアも初参加だ。
主宰である王妃の挨拶の後、皆それぞれ自由に歓談し始めた。
しばらく様子を見て"お茶会みたいだ"とロレッタは思った。つまり高位貴族令嬢へのゴマすり会となっているのである。
"女性の社会進出"のための集まりなのに、これではその意味がない。
しかし、ロレッタが"間違っている"と思ったのはそれではない。
貴族令嬢達の王家(王族)に対する対応が、間違っている、と言っているのである。
本日参加している王家(王族)は正妃と第一王女のみ。王族である公爵家、侯爵以下の家格の王族も参加していない。
貴族令嬢達は本来の趣旨を忘れたかのように、通常のお茶会でするような歓談をしている。
それも、正妃や第一王女は蚊帳の外である。それでも正妃は″これでいい″と思っていた。
現国王が、他国より"アルスハイム王国は女性の社会進出後進国"と揶揄されている事で実際に、他国の女性達が活躍しているのを目の当たりにして、正妃に命じて推進させた。
しかし、発足当時は"前国王のやらかし"によって、王家(王族)への不信感から、ほとんど人が集まらなかったのである。
この"女性の社会進出"も外交の一貫なのであるが、特に高位貴族家は独自に他国とのコネクションがあるので、王家(王族)に態々従う必要がないのである。
そもそも、アルスハイム王国の王家(王族)が他国からあまり信用されていない。
そういった事から、正妃は人が大勢集まるだけでも、以前より進歩している、と満足しているのである。
しかし、ロレッタは、現在の王家(王家)と各貴族家との関係は間違っている、と思っている。
現国王になってから、かなり関係は改善された。とはいえ他国に比べれば希薄であり、国政についても大きな権限がある、とは言えない状況である。
対立しているわけではない。
"前国王のやらかし"によって、王家が機能しなくなり、大災害による被害の復興や、大飢饉の対策などを各貴族家で対処することによって、王家(王家)を必要としない体制が出来上がってしまった。
現在は、国王を筆頭に関係は当時に比べれば、改善されたと言ってもいい。
しかし、他国からすれば有力貴族家による傀儡国家に見えるのである。
確かにこの状況は良くない。
しかし、ロレッタは貴族学園に通う貴族令嬢に過ぎないのである。
いくら正論だとしても、現在出来ることはほとんどない。
そのため、この状況を憂うしかロレッタには出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆
ここ、アルスハイム王国では、国政に関する事は、最終的に貴族議会で可決、承認されたものが施行される。たとえ、国王が承認したものでも、貴族議会で否決されれば施行される事はない。
(全ての案件に国王の承認が必要ではない。王妃、王太子、王子、王女、宰相、各大臣、文官、武官など、それぞれ権限があり、議会の議案として提出することが出来る)
これは、大災害による大飢饉より以前からの制度である。
普通は、国王や王家、王族の案件が否決される事はほとんどない。
しかし、"前国王のやらかし"によって、王家(王族)の信用は失墜した。
そのため、その後は王家(王族)の案件でも厳しく精査され、まるで文官並の案件として扱われるようになった。
こうなると実質、最高権力者は貴族議会議長、と言っても過言ではない。
それは、少しは改善したが、現在でも変わっていない。これが、他国に"有力貴族家による傀儡国家"と揶揄される所以である。
しかし、ロレッタが貴族学園の2年生に進級する直前に、貴族学園の理事長である王弟と、生徒会長である第二王子の"やらかし"が発覚した。
この事により、王家(王族)の信用はまたも地に落ちてしまった。
国王は2人に厳しい処分を下したが、それで信用が回復するに至らなかった。
ただ、大問題ではあったが、かといって国王を退位させるほどの事でもないので、その時はそれ以上の追及はされなかった。
しかし、またも、王家や王族と各貴族家に溝ができてしまい、もう関係の改善は見込めないであろうと、誰しもが思った。
◆
後にロレッタが発案し、実行した貴族学園生徒会の改革。"女性の社会進出"が一気に進歩したサロンの設立。領地の繁栄に貢献した平民学校の設立などによって、アルスハイム王国は大きく発展し、諸外国からの信頼も得ることが出来た。
しかし、これをらを成し遂げたのは、発案し、実行したロレッタと実家であるグランシェル侯爵家であり、補佐を努めたのがリディアと彼女の実家であるスターノヴァ侯爵家である。また、他にも協力した貴族家達だ。もちろん下位貴族家や平民達の協力も大きい。
逆に言えば、王家や王族はほとんど関与していない。関与させなかったのではなく、結果が出るか分からない事に関わらせるわけにはいかなかったのだ。結果が出てから、というのもあからさまである。
この、王家や王族と各貴族家の奇妙な関係がなぜ、長く続いているのかは分からない。
大災害による被害が周辺諸国に及ぶほど広範囲で、各々自国の事で精一杯だった事もあるだろう。
信用が失墜した王家を引きずり下ろしてまで、権力を手にしようとする者がいなかったからなのか。
おそらく奇跡的な確率で"何とかなっている"ということだろう。
しかし、ロレッタをはじめ、この状況が良くない事は多くの者が分かっていた。
ついに、貴族議会は決断した。王家、王族の公爵位の返上、その後国王は退位する事が決定した。
この決定を不服とする王家や王族の者はいなかった。
(国王を含む王家や、公爵は複数の下位の爵位を持っているので、その爵位となる)
同時に、王位を拒んだ筆頭侯爵家の当主であるスターノヴァ侯爵が公爵に陞爵し、アルスハイム王国は、その歴史を終え、スターノヴァ公国となり、さらなる発展を遂げる事になるのだが、それはまだ、先の話。
◆◇◆◇
ロレッタの想いは「国を良くしたい」という事だけだった。
過去の大災害によって、アルスハイム王国のみならず周辺諸国も大きな被害に遭った。
しかし、この国は"前国王のやらかし"によって、他の国より復興が遅れ、国内の王侯貴族の関係も歪なものとなってしまった。
それは、外交にも影響し、様々な分野で諸外国に遅れを取ることになった。
ロレッタは、この状況を変えたい一心で声を上げた。
しかし、貴族学園の一生徒に過ぎない彼女に、出来ることは限られていた。
ただ結果として言える事は、ロレッタが「間違っている」と指摘した事に、間違いは無かった。
おわり
これにて完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。