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術師たち  作者: 二月三月
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第五話 精霊が降る聖夜(6)

 

 朝から本当にバタバタしている。


 昨晩、夕食から帰宅した後、キョージュは渾々とシモンを説得しつつ、あちこち電話しまくっていた。いつのまにか電話のほうが忙しくなったらしく、シモンの相手は私が担当することになった。自分の部屋に帰っても、この前買った52インチのテレビが占拠していて寝る場所もないので、着替えだけ取ってきて、私もキョージュの家に居座ることにした。


 キョージュはずっと電話でしゃべりっぱなしなので、どうなっているのかシモンに問うてみた。シモンの言うには、死者は復活の日までこの世に戻ってはいけないが、聖人であれば、万聖節に降臨できる。マッツァリーノ枢機卿はまだ聖人ではないが、それに準じた扱いを受けられるだろう、とハルヒコが言っている、そうだ。なんだか、ずいぶんなこじつけだが、シモンが納得しているなら、いいや。


 それで、その昨晩からの電話の結果がこれなのだ。朝一番から庶務班がやってきてリビングの模様替えを敢行している。結構な大仕事になっているようで、みんなお腹が空いているみたいだ。可哀想なので炊出しまがいのことをしてみた。料理している気配の見えないキッチンのくせに、50センチのフライパンだの、冷蔵庫開ければ有頭海老だのバーナ貝まで出てくる。スパイスもほぼそろっていたので、パエリアを作ることにした。分量にして15人前、どうだっ、という勢いで出したのに昼前には鍋の底が見えていた。


 そんなに人いたっけかなあ。


 好評だったようだし、どうせ他人の家の冷蔵庫だ。野菜室まるごと天麩羅にしてみたが、これも揚げるそばから消えていく。


 ふと菜箸を休めて、リビングを覗いてみると、しきりにもぐもぐしているオジサンがいた。


「やあ」快活に手を上げるタモンさんは、春菊の天麩羅に塩をふっていた「不肖の弟子と師匠が迷惑かけてすみません」


「いえいえ」と術師会会頭にむけて謙虚に会釈した。あなたの嫁と娘にも迷惑かけられてますから「今日は、またどうして?」


「うん、キョージュがね」タモンさんはまいたけを飲み込んでから答えた「面白いモノ見せてくれるっていうから、家族で来たんだ」


 家族? 面白いモノ?


 庭のガーデンテーブルにソンコさんとショミがいた。いつの間に取りわけたのか、パエリアにパクついている。


「面白いモノ、って何ですか?」


「歴代のキリスト教の聖人が大挙して来るらしいじゃない」


「え? シモンのお養父さん、呼ぶだけでは?」


「いや、一人だけ、っていうのはかえって難しいんだよ。みんな一緒なら単なるハロウィンですむし」


 もしもし? タモンさん? ハロウィンの意味、間違えてませんか?


「タモンさん、コンチワ」


「やあ、シモン、久しぶり、元気そうでなによりだね」


 シモンは平静を装っているがかなり興奮しているようだ。鼻の穴が広い。


「トウサン、コレルカナ?」


「ハルヒコのすることだから、それは大丈夫だろう。アキハさんも協力してくれているし」


「アリガトウ、アキハさん」


「どういたしまして」協力ねえ。タモンさん、そんなお世辞言わなくても、もっと天麩羅揚げてあげるよ。


 大道具の用意は終わったようで、庶務班は引き上げていった。部屋の中にはシモン、タモンさん一家とキョージュと私。


「アレ? 父は」キョージュがタモンさんに問うた。


「見るに忍びないので辞退、だそうだ」


「ふ〜ん」意外そうな顔でキョージュが言う「あの物見高い男が、珍しいこともあるもんだ」


「まあ、いろいろあるんだろう、彼なりに」タモンさんが笑う。


「わあ、でっかい十字架」リビングの真ん中に据えられた木製の十字架にショミが感想をもらした。


「キリスト教だしね。あまりこういうところをケチるわけにもいかないよ」タモンさんが娘に諭す「まあ、昨日、キョージュにいきなり電話もらったときには、さすがに驚いたけどね。この前使ったのがあるはずだから、って言うから」


 この前使った?


「はい、持ってきたわよ」ソンコさんが錦紗につつまれた竿物をキョージュに差し出す。


「あ、どうも」受け取ったキョージュが後ろ手にサッと隠す。


 あれ、どっかで見たな。


「ねえ、アキハ、アキハ」ショミが来た「この十字架の根元のとこ、出っぱってるの、何で?」


「乗るんじゃないの?」


「乗る?」


「人がさ、こんな風に」何の気なしに出っぱりに乗った「それで、こうやって手を広げると…」


 その瞬間。


 私の四肢に枷が三本はまって音もなく締まった。


「な、な、な…」


「じゃあ、準備もできたようなので、そろそろ」


 錦紗の袋から中身を取り出そうとするキョージュを、思いっきり罵倒した。


「なんのマネだ。こるぁ」


「何のまね、って」キョージュはビビリながらも反論してくる「シモンの養父さん呼べ、って言ったのアキハさんじゃないですか」


「それと私が何の関係があるって言うんだぁっ」


「だって、猿の手の時は奥さんが丹精こめた薔薇があったんですよ。何もないところに呼んだりできませんよ」


「だからって、私は関係ないだろ」とっさにシモンを見た。シモンは困惑している。たぶんキョージュに詳しいことは聞いてないんだ「シモン、シモン、お養父さんの大切なモノ、何かない?」


「タイセツ、モノ?」


「そう、なんかない? タイセツ、もの」必死でシモンを口説き落とす「お養父さんを呼ぶのに必要なの」


 シモンは上着のポケットをごそごそして何かを取り出した。


 七宝に手の込んだ銀細工を絡めた十字。


「トウサン、ロザリオ」


「それだっ」私は叫んだ「ちゃんとあるじゃない、それ使おうよ。ね、キョージュ」


 シモンはキョージュと私を交互に見比べると、近寄って私の首にロザリオをかけた。


「オネガイ、アキハさん、アリガト」


 違うぅぅぅぅ。


「アキハさん、ドウシタ?」シモンは私の絶叫に怯えるようにキョージュを見る。


「アキハさん、頑張る、って」キョージュがシモンに答えた。


「アリガト、アキハさん」


 違うんだぁぁぁ、シモン。


「えー、世界平和と霊的世界の融和、またヴァチカンと日本の友好のために、術師会全員を代表して感謝します、アキハさん」


「アキちゃん、頑張るの、シモンとお養父さんの対面はもうすぐよ」


「アキハ、かっこいいー」


「じゃあ、小道具もそろったようなので」キョージュは伝説の宝剣を振りかざす「そろそろ、いきますよぉ」


 天叢雲剣は、間延びしたキョージュのかけ声に、呼音をもって応じた。



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