プロローグ
「こんなところで何をしているんだ?」
「見てわからない? お菓子の家を造ってるのよ」
校舎裏にある第二グラウンドの隅。
繊細な髪を弱い風になびかせる少女は、地面に敷かれた広いブルーシートの上で、ホットケーキを積み上げていた。
素足で懸命に立つ彼女の青い周りには、使用済みの軽量カップや泡立て器、生地を混ぜるために使われたであろう木ベラなどの調理器具が散乱している。
「……その発想はなかった。いや、しかしどう見てもそんなふうには見えない」
五十枚ほど重なったホットケーキのタワーは非常に不安定で、今にも倒壊してしまいそうだ。
「そう? これでも最高記録なの」
少女は小さくそう言うと、ようやく此方を振り向いた。
風に揺れるさらさらのストレートの髪。その両サイドからは青いリボンでくくられた細いツインテールがすっと形よく伸びている。長いまつ毛。小さな顔に不釣り合いなほど大きな瞳。柔らかそうな頬は、外の寒さによって赤く染まっていた。
「……そんなグラグラな柱では、家を支える事は出来ないぞ」
「これは柱じゃないわ。側面の壁よ。目標にしてる高さはそこの木くらい」
少女はすぐ隣にあった、校舎二階に届きそうなほどの木をすっと指差す。
どちらにしてもダメだという事が分からないのだろうか。
「そうか。まぁ、それ以上はやめてやれ。きっとホットケーキは泣いているぞ」
本来の役目を果たせずに、無意味に寒空の下に積み重ねられる彼らの気持ちを考えると、心が痛い。
「たしかにそうかもね……」
少女は手に持っていたクッキングボウルを胸の前でぎゅっと抱えて、どこか意味深にそう言葉を漏らした。
「……とりあえず、土台を作るならチョコレートだ。菓子類の中で最も硬度に優れている。幸いこの季節だ。溶け出す心配もないだろう」
俺は何を馬鹿な事を言っているのだろうか。素材を一級品にしたところで、そんな巨大なお菓子の家が造れるわけが――
「ねぇ、キミ、もしかしてお菓子作りに詳しい?」
「は?」
銀色の雪が舞う季節。俺は学園で、お菓子の家を造りたいと願うメルヘンチックな少女と出会った。
――ふふん。ねぇ、キミ。私と一緒に、お菓子の家を造らない?――