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僕と犬神の不思議日和  作者: 夏樹翼
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これからもずっと・・・

 自分の周りの寒さとどこからかの声に目を開くと、曇った空が見えた。

「目を覚ましたか! 全くなんでこんな所で寝ているんだ。凍え死ぬぞ」

 白檀の声と分かると勢いよく起き上がった。すると足もとの方で「ぬお!」という叫びが聞こえた。見るとさかさまに雪に突っ込んでいた。どうやら僕が起きた拍子に突き飛ばしてしまったらしい。

「なにをする! せっかく親切に起こしてやったというのに!」

 白檀はいつものようにぶつくさ文句を言っている。さっきの暴れまくっていた白檀とは全く違う、のんびりなデブ猫の姿で…

「白檀…だよね?」

 思わずそう聞いてしまった。すると白檀は怪訝そうな顔をした。

「なにを言っている。というかその陰陽師の小僧までなんでこんなところで寝ているのだ」

 白檀の言葉に慌てて周りを見回すと、神崎はすぐ横で僕同様倒れていた。

「神崎! 大丈夫か!?」

 声をかけながら軽くゆすると神崎はゆっくりと目を開けた。

「霧島…君? ここは…」

「元の墓地だ。どうやら戻ってきたみたい…」

 そこまで言って顔をあげると白檀の後ろの人の姿に言葉を失ってしまった。さっきの少年、鈴蘭だ。

 僕が固まったまま見つめる先が気になったのか振り返った白檀は、目を見開いた。

「お前は…すず…らん…」

 信じられないといった表情の白檀に向かって鈴蘭は微笑みを浮かべて一歩踏み出した。それに白檀は一歩後ずさり本当の姿、犬神の姿を現した。

「貴様今更どうして現れた! 殺しきれなかった私を殺しにきたのか!」

 白檀は唸り声と共に姿勢を低くし、今にも飛びかかりそうだ。

「白檀! 違う! 違うんだ!」

 思わず彼らの間に入った。今全部分かった。鈴蘭が過去に行く前に僕に言った、『白檀に本当のことを教えてくれ』という言葉の意味を。白檀は鈴蘭が裏切り自分を殺そうとしたと思いこみ、今の今まで最初に会ったあのお地蔵さまの中で悲しんでいたということを。そして鈴蘭は誤解を解く手伝いをしてほしくて自分を過去へと飛ばしすべてを見せたのだということを。

「白檀! 話を聞け! 鈴蘭さんは本当は白檀を封じ込めたりなんてしたくなかったんだ」

 僕の言葉に白檀は目を丸くする。

「なぜお前があの時のことを知ってるんだ」

 しまった。いきなりこのことを言うべきではなかったか。不信感を感じさせるようなことを言ってしまって次の言葉に困っていると、僕の前に鈴蘭が立った。

「白檀。あの時は本当にすまなかった。いや、今の今までというべきだな。あの時はああするしかなかったんだ。でなければ、白檀、君は殺されてしまっていた」

「ばかか、貴様らごときに殺されるような弱い体ではないわ! だいたい今さら何を言う。どうせあの後、幸せな人生を送っていたのだろう?」

 白檀は嘲笑するように笑って鈴蘭を見る。それに鈴蘭は表情を変えず答えた。

「僕はあの時君を封じた後、命尽きた」

 それを聞いたとたん、白檀の顔は表情を失った。

「あの時君にかけた術は永我魂封(えいがこんふう)(じょう)といって、術者の魂が錠の役割をし、術者と近い血統の者で僕の魂が許した者でない限り、解けない封印の術だ。つまり、術者は術をかけた時点で魂を抜かれ、死人となる」

 白檀は信じられないと言ったように目を見開いた。

「なぜだ…なぜそんなものを俺にかけた! 殺せばよかっただろう! あの人間達のように! すべて悪いことが俺達妖怪のせいだと何の疑いもなく刃を向けたあいつらのように!」

 その悲痛な叫びに僕はさっきの白檀と対峙している大勢の術者達のことを思い出した。この鈴蘭の父は妖怪は悪だと言っていた。確かに昔は僕もそういった類のモノを恐怖する気持ちはあった。しかし、優しい心を持った妖怪も見てきた。人間と変わらぬ心を持った妖怪もいた。確かに恐ろしい目にも会った。だがそうなるのには何か理由があった。水姫川のあの妖怪だって、裏切った男への恨みからあんな姿になってしまったんだ。人間の争い事といっしょで、それが起こった原因はあるんだ。そんな者達をただ悪と決めつけることはいけないことだ。今ははっきり、そう思う。

「白檀、僕はさっき過去に行っていたんだ。そこで鈴蘭さんと白檀のこと、全部見てきた」

 白檀は驚いた顔をしている。僕はつづけた。

「僕が白檀と会った時、最初は君の存在を信じられなかったよ。生まれてこのかた、そんなものは見たことがなかったしね。でも、君達の世界に関わっていくうちに、たくさんのことが分かっていったよ。恐ろしくて、危険かもしれない。でも、優しくて、誰かをいつくしむ心を持った妖怪もいるってことも…白檀が年中こたつで寝転がって僕のみかんを食べまくったりしてだらしなくて、わがままで、口悪いっていうことも」

 「おい」と文句言いたげな白檀に軽く笑うと、改めて白檀を見上げた。

「それでも、一緒にいないと寂しくて、心の中で毒づきながらもどこにいるのか心配になったりもする。そんな相手を、危険だからって、それだけで命を奪おうとなんて…できないよ」

 そこまで言って、振り返ると表情を変えず、静かに話を聞いている鈴蘭さんに向き直った。

「鈴蘭さんだって、同じ気持ちだったんですよね。少なくとも、過去であなたが白檀と話している姿は…」

「優士君」

 話を妨げ鈴蘭は僕の正面まで来るとほほ笑みを見せた。

「君を選んでよかった」

 そのまま鈴蘭は横を通り過ぎ白檀と向かい合った。

「白檀、君はあの時あの場所では幸せに暮らすことはできなかった。命を落とさずとも、きっと傷を負ってしまっていたと思うから。体も、心も。それより、もう一度やり直せる場所に連れていきたかったんだ」

 鈴蘭は話をいったんきると僕の方をかすかに見て再び顔を戻した。

「ここでなら、きっと幸せに暮らせるよ。優士もいる。作物が育たなくても時代は変わって、妖怪のせいだと襲うものもいない。そして、君はあの時、怒りでこの言葉を聞いていなかったからもう一度言うよ。…白檀、どうか幸せになってくれ」

 最後まで静かに聞いていた白檀の瞳が大きく開かれ一粒の涙がこぼれた。それはあとからあとから流れ、美しく光る宝石のような粒になって地面に落ちていった。

「なぜだ…なぜお前はそこまでする…ずっと…ずっと…俺は裏切られたとばかり思っていたのに…」

 鈴蘭はそっと白檀のほほに触れると優しく撫でた。

「白檀…初めて会った時のことを覚えているかい? 僕は小さいころから才を認められ、周りは当然期待し僕はプレッシャーを常に浴びていた。でも才はあってもまだ幼い僕は耐えきれなくて、何回か家を抜け出して山のふもとで不安で泣いていた。その時君が現れて涙をぬぐってくれたよね。あの時は父の言うように僕も妖怪は恐ろしいものと思っていたから、正直目の前に現れたときは怖かった。でも大丈夫かって聞いてくれた優しい君の声に肩の力が抜けて、ホッとしたんだ」

 鈴蘭は照れ臭そうに頭をかいた。

「それ以来よく僕のぐちを聞いてくれたよね。君はいつも待ってくれていた。そして笑って怒ってまた笑って…。修業ばかりで友達のいなかった僕にとって、初めての友達になってくれた君は、心の支えだったんだ。そして妖怪は恐ろしいものばかりじゃないと思えるきっかけだったんだ」

 そこまで言うと、鈴蘭の姿が薄れてきた。

「鈴蘭!」

 白檀は焦ったように叫ぶと鈴蘭はにこりと笑った。そして僕の方を振り返った。

「優士、これからも白檀をよろしく頼む。きっと今では、君の存在は白檀にとってかけがえのないものになっていると思うから」

 僕は静かにうなづくと今度は立ち上がった神崎に向き合った。

「君はなかなか優秀な陰陽師だね。でも白檀は消さないようお願いできるかな?」

「白檀しだいですかね」

 神崎は偉そうにそう言うと鈴蘭は苦笑して「そうだね」といって、最後に白檀に向き合った。

「白檀、僕はここにいつでもいる。今度はぐちを言いたくなったら君が来てくれ。いつでも、待ってるから」

 白檀はつぶやくように「ああ」と言うと、鈴蘭は満足したように微笑み、幻のように消えていった。



 あの時から半年が過ぎ、今僕は三年生になった。桜が舞う中始業式を終え、家へと向かう途中で道の途中で座っているデブ猫白檀を見つけた。僕の姿に気づくと近寄ってきて開口一番「遅い!」と怒鳴られた。

「お前はもう少し早く帰ってこれないのか! おかげでお前の母親に絞殺されるところだったぞ!」

「ああ、母さん達もう来たのか」

 白檀の訴えをさらりと流しそう言うと、白檀はさらにどんな目に会ったかぎゃーぎゃーと訴えてきたが適当にあいてしながら歩き出した。

白檀は結局変わらず僕のそばに居ることを選び、僕の家で居候猫として暮らしている。しばらくの間一人でふさぎこんでいることが多かったが、最近になってようやくいつもの調子を取り戻してきた。そして少しずついろいろと話してくれた。暁山の頂上で鈴蘭と二人で景色を見たこと、こいのぼりがたくさん上がっているのを野原から見たこと、蒼子神と三人で話した思い出などたくさん…。話を聞いて僕とその思い出の場所や景色を見に行った時、少し悲しそうな顔をしていた白檀の理由が分かった。でも、悲しそうな顔をしていたということは、きっと白檀も、本当に鈴蘭に裏切られたとは思っていなかったんだと思う。いや、きっとそうだ。そうに違いない。

今日は母さん達が休みをとれたのでまた墓参りに行くことになった。なんでまた行くんだと思うが、行ける時に行かなきゃ祖父や先祖が悲しがる、という祖母の意見で行くことになった。



 墓は前回掃除したのでそこまでひどくはなっていなかった。しかし念のためにやんなさいと祖母に言われ、一人(白檀は近くで昼寝中)しぶしぶ墓に水をかけていた。

「やあ、一人で掃除なんて偉いね」

 ここに居るはずのない声に驚いて声の方を向くと神崎が花束を持って立っていた。

「なんでこんな所に居るんだ?」

「君の先祖様にあいさつしようと思ってね。あれほどの力を持っていた人間は神崎家にも何人かいるかいないかってほどだから、そんな人には敬意を示さなくてはいけないからね」

 神崎はそう言って霧島家と書かれた墓石の前に花束を置くと手を合わせた。そして立ち上がって白檀の方をちらりと見た。白檀は神崎に向ける鋭い視線を外さず見つめる。

「そんな警戒しなくても消さないよ。何もしなければね」

「ふん! お前に消されるほどやわではない。もとから貴様は気に食わんだけだ」

「お互い様だね」

 まるで電気音が聞こえそうなほど睨みあう二人にこの場から逃げたい気分になる。白檀にどうしてそこまで神崎を嫌うのかと聞いたことがある。いつもニヤニヤしてて気味が悪い。しかも陰陽師の小僧など好意を持てるわけないだろう、と言われた。前者には大いに賛成だし後者にもまあ、仕方ないと思うところがあるので納得せざるを得なかったが会うたびにこうなるのは面倒だった。

 はあ、とため息をつくと後ろの墓石から押し殺すような笑い声が聞こえた。

「我が家の子孫も大変だね」

 その場にいた全員が声の方を向くと先祖の墓の上に…鈴蘭がいた。

「ななな、なんであなたがここに…」

 驚きのあまりうまく舌が回らない。後ろの二人も固まってしまったように微動だにせず目の前の出来事に驚きを隠せないようだ。

「いやだな、半年前に白檀に言ったじゃないか。今度は僕が白檀のぐちを聞いてあげるって。あ、優士も、もちろんいいからね」

 あっけらかんと言う鈴蘭に白檀はひきつった顔で話しかける。

「鈴蘭…あの流れから、まだお前がこの世に居ると思うやつはいないと思うのだが…」

「え、そうか? まあ、いいじゃないか。こうしてまた会えたんだから」

「いや~霧島家の人は子孫が面白いと先祖も面白いんだね。くく」

 どういう意味だと神崎を軽く睨み、ため息を吐き、なんだか脱力してしまい肩を落として鈴蘭と向き合った。。

「でも、この世にとどまっていられるものなんですか?」

 やり残したことがある人は妖怪となってしまうと聞いたことはあるが、そのままの姿をとどめておけるのだろうか。

「平気だよ。僕が魂だけの存在になったのは白檀を封印するため。あの術は術者の、つまり僕の魂がなければ成り立たない。こうも年月がたってしまうと、魂がその状態でいるのに慣れて、この世に居続けようが消えようが好きにできる状態になるのさ」

 なんとなく分かったような分からないような答えに眉を寄せるが、神崎や白檀は分かったような顔をしていたので何も言わないでおいた。

「というわけだから、いつでも遊びに来てね。暇なときは遊びに行くから」

「来れるのか!?」

「当然。物とか動かせるし掃除とか手伝ってあげるよ」

「いや、それはなにもしない白檀にいてもらうより、ありがたいですけど…」

 後半無意識に本音を口にすると白檀が僕の足を蹴りながら文句をギャーギャー言ってきた。

 そっと目を閉じて少し前の自分を思い出した。祖母と二人暮らしで友達が遊べないといつも一人で遊んでいた。だが今ではどうだ。家にはわがままなデブ猫、学校ではよくわからない陰陽師のクラスメート、さらにこれからはご先祖様まで家に居る可能性がある。近くの山にもいろんな妖怪がいて…なんだかずいぶんと騒がしい日常になった気がする。でも、それが嫌ではない自分がいる。きっとこれからも面倒事に巻き込まれる日常が続くんだろう。それでも、昔のように一人じゃない。そんな日常も、きっと一人で遊んでいるより、楽しめるかもしれない。

 そっと目を開けるとにこにこ笑っている鈴蘭の顔が見えた。

「というわけだから、これからもよろしくね」

 さあ…明日は、何が起こるかな?

今回の作品で完結となります。今後番外編をゆっくりとは思いますが書いていこうと思っています。ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。これからも読んでいただければ嬉しいです。そしてこの作品を楽しんでいただけたなら幸いです。

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