第4話 キャッチボール
--12年6月8日(金) 14:10 17(14)--
人は、言葉のやりとりをキャッチボールにたとえることがある。
「はっはっは!
千代水よ、そんなことでは甲子園にはいけないぞ!」
俺は、千代水に対してボケで挑発する。
「甲子園?
週に一度、ローヤルシートで応援していますが、なにか?」
俺のボケに対して、千代水が真顔で答えてきた。
「……」
ただの庶民に過ぎない俺は、千代水のセレブな回答に対して、返事を返すことが出来なかった。
本来は授業中であるこの時間に、大きな声で俺と千代水が話をしているにもかかわらず、注意を受けないのは、授業が急遽休講となったことによる。
ちなみに、北条と真田は調べものがあると言って図書室に移動していた。
そのかわり、ではないが、千代水のそばにいつもいる背の高い女子生徒は、千代水のそばで俺が千代水に悪いことをしないか監視していた。
「一位になったら、本当に約束を果たしてくれるのかな?」
俺は、気をとりなおして、千代水に確認のために話しかける。
「すごい自信ね」
少し、間をおいて千代水が返事する。
「そうでもないさ」
俺は余裕の表情で、千代水に視線を移す。
だが、千代水は俺のその表情に不満があったようだ。
「逆に、順位が下がったら覚悟することね」
投げ返すボールの勢いは、先ほどまでよりも強いようだ。
「そっちこそ、覚悟した方がいいと思うが」
それに対する俺のボールは、勢いこそは本気とはほど遠いものの、軌道が山なりから直線へと変化する。
「17位のくせに生意気ね」
「12位との差など、10点もないのだが」
俺は、千代水の挑発に、前回のテスト結果を思い出しながら答える。
「中間テストの時は、ピアノコンクールと時期がかぶっていたからね。
それさえなければ、一桁ナンバーだったわよ」
「期末テストの時に、バイオリンのコンサートとかぶったとか言うなよ?」
俺は、変化球は投げられないが、投げ方に変化をつけてみた。
「ど、どうして、知っているの?」
千代水は俺の変化に戸惑ったようで、思わずボールを落としそうになる。
「本当かよ?」
俺も少し動揺してしまった。
「もっとも、既に対策は取っているけどね」
千代水の表情は、悔しいほど輝いて見えた。
「そうかい」
俺は、それきりしゃべることなく、先日の話を思い出していた。
--12年5月25日(金)16:48 17(16)--
「俺が、1位を目指す?」
俺は、北条に質問する。
「君は、12位と約束していたではないか?」
「12位?
千代水のこと?」
「そうだよ。
君は、自宅を差し押さえられているよね。
あれは、千代水家が行ったことだ。
無論、君の家の件で、彼女が直接手を下したわけではないと思うけどね」
「そうだろうね」
「でも、12位は、君が学年1位になれば、君の家を家族に掛け合って返してもらうこともできると豪語していたね」
「そう……だな」
そうなのか?
と、言おうとしてやめる。
間違えの無い話だろう。
それならば、俺が知らないなどありえないはずだ。
「君は、家に重要な物があると言っていたから、それを取り戻したい一心で勉強していたようだね」
「でも、順位はかわらなかった」
俺は、少しだけ自嘲気味に話す。
「そうでもないさ」
「この資料を見てくれ」
俺の言葉に対して、北条は否定の言葉を使い、真田は一枚の資料を俺の前に差し出した。
「平均点が、各教科で平均12点上昇している。
特に、理科は20点近く上昇している」
「なるほど」
俺は、北条の言葉の意味を理解した。
順位が上がらなかったのは、他の生徒も勉強して点数があがったということらしい。
「感心する場合でも無いだろう」
「どういうことだ?」
俺の表情が気に入らないのか、北条が文句を言う。
「平均点が上昇した一番の原因は、17位。
君なのだよ」
「俺が?」
「そうだ。
君が編入してその日に、12位と言い争いをしたこと。
そして、1位になると宣言したことが、編入生である君に、他のクラスメイト達が対抗心を燃やすことになったのさ。
もっとも、上位はあまり変わらなかったけどね」
ここに来る前の俺がヘマをやらかしたようだ。
もっとも、教師からは後でほめてもらえるかもしれない。
「いや、1位の様子は変わっていなかったか?」
「そんなことは無いと思うよ」
真田の質問に北条は答える。
「1位と言えば、確か多岐川だったな」
俺は、先ほど聞いた上位の名前を思い出す。
「そうだよ」
「そして、彼はこう宣言したはずだ。
『よしんば、2位になったとしても、俺は1位だ』と」
真田は、多岐川の声をまねたのか、低い声で説明する。
「2位じゃないの……」
俺は、おもわずつぶやいていた。
北条はうつむき、真田は苦しそうな表情をした。
「……、ともかく。
君の努力や才能が不足しているわけではない」
「では、何が今の俺に不足しているのだ?
1位になっていないのは、事実なのだから。
まさか、運が足りないとか言わないよね?」
「言わないさ」
「君に不足しているものがあるとするならば、……」
「するならば?」
俺は、真顔になって真田を見つめる。
「勉強法だね」
「そう、甲斐性。もとい、勉強法だね」
「勉強法?」
「この高校のテストは、普通に学習内容を理解しているのならば、ある程度の点数は採れるようになっている。
だが、さらなる点数の向上を求めるのであれば、それに加えた何かを身につける必要がある」
「先日、千代水との会話で出ていた高橋メソッドもその一つだが、君には別の方法を提案しようと思っている」
「別の方法?」
「そうだね。
君に、お勧めする勉強法は、過去問学習法だね」
「過去問学習法?」
「過去、5年間の期末テストの問題と模範解答を集めた内容を基にして構成した学習法です」
「問題作成の傾向と対策を分かりやすくまとめた解説付きで、応用問題にも対応が可能となると考えています」
「そこまで、できているのか」
「それならば、俺でなくても問題ないのでは?」
「いや、君の方がありがたい。
というよりも、君を味方に付けたいと思っているのだ」
「俺を味方に?」
「君が、将来そのまま独力で1位になる可能性がある。
もし、そうなったとしたら、君は私の提案を受け入れてくれるのかな?」
「どうだろうね」
「そういうことだ。
だから、今の時点で君に提案をもちかけたのさ」
俺は、素直にうなずいた。
「本当に君は、カンニングかなにかを行いそうな表情だったからね」
「傍目から見て、そんなにひどく見えたのか?」
「そうだね。
『このままでは、魔王を倒せなくなる』とか、『部屋にあるあれがなければ、友が助けられない』とか、つぶやいていたね」
俺は、二人の言葉に驚愕する。
ここに来る前の俺は、一体なにをしていたのだろうか。
不安が俺の胸の中で広がる。
とりあえず、1位を取る必要が生じたことだけは理解した。
「そうだね。
もっとも、カンニングはやめた方が良いとおもうよ」
「するつもりはないが、どうして?」
「試験を監督する教師が、1位のカンニングを見つけるために、目を光らせているからね」
「なるほどね」
「もっとも、君が魔法を使うことが出来るとなれば話は別だが」
「魔法など、この世界に存在しないさ」
俺は断言した。
この世界における俺の身体能力は、非常に高くなっていた。
おそらく、「リアル死球王」の渾身のストレートが頭部に直撃しても問題ない程度に。
その原因として考えているのは、フロージアの世界での能力を引き継いでいるからと推測している。
以前、剣道の授業のあとで、隠れて竹刀を振るったら、フロージアの世界で覚えた両手剣武技を使用することが確認できた。
もっとも、すべてが使用できる訳でもなく、効果範囲も限られている。
その一方で、俺はこの世界において、フロージアの世界で覚えた魔法を使用することができなかった。
当初理由がわからなかったが、友人が遺したノートには、魔法の原理について次のように記載されていた。
フロージアの世界には、「魔素」と呼ばれる肉眼では確認出来ない素粒子のようなものが存在する。
魔素は、一定の条件下において、周囲の原子に影響を与えることができることがわかった。
その条件について、フロージアの人族及び魔族がそれぞれ独自に研究を重ね、魔法と呼ばれる理論・技術体系を作り上げた。
魔法を公使するためには、
一つめに、魔法の起動に要する燃料として行使される発動者の中にある「魔素」、
二つめに、発動するために必要な触媒を含んだ「発動器」、
三つめに、魔法を発動する為の鍵及び魔法の制御を行うための「詠唱」が、
不可欠である。
C3のゲームが開始される約二千年前に理論は完成し、詠唱の簡素化や魔法発動の自動化が進められた。
しかしながら、人族と魔族との終わりのない戦いの中で、資料が散失し、発動器の設備が破壊され、経験が喪失していった。
このため、C3開始時点においての魔法とは、限られたものが、限定的に使用できる技術にまで衰退していることになっていた。
説明が長くなってしまったが、結論としては、この世界に魔素や発動器が存在しないため、魔法が使用できないのだ。
「断言するのか」
「ああ。
もっとも、俺の考える定義としての魔法が行使できないという話なのだが」
たとえば、「縦縞のハンカチを一瞬で横縞に変化させる事象」を魔法と定義すれば、魔法はこの世界にも存在することになる。
「おまえの考えはわからないが、そろそろ勉強の共闘体制について、君の結論を聞かせて欲しい」
真田の俺に向ける表情は、真剣だった。
「手を組ませて欲しい」
「ありがとう」
俺は、真田と手を組んだ。
--12年12年6月8日(金) 14:24 17(15)--
「なに、ぼーっとしているの!」
千代水は、ボールを投げ返さない俺に対して不満をぶつける。
「そんなことはない」
俺は視線とボールを、千代水にもどす。
「ところで、俺の部屋の中は、当然手を入れていないよな?」
「し、してないわよ。
約束は守っているのだから」
「本当か?
俺の秘密を探ろうとしていないか?
押入の奥にある本を読んで興奮してないか?」
「な、なに変な事を言っているの?」
「俺が持っている雑誌を見て、『子供を作るには、あのようにするのか』とか、『結構準備が大変とか』考えたりしていないか心配してね。
俺も初めて読んだ時は、昔の人はこのようにすれば子供ができると考えていたと驚いてしまったよ」
「昼間から、変なこと言わないで!」
「まあ、背徳的な内容とも言えるからな。
自重しておこう。
それに、解ったことがある」
俺は、千代水に視線を集中する。
千代水は、思わず動きを止めていた。
「君が『月刊ホムンクルス』を読んでいないことはよく解ったよ」
「月刊ホムンクルス?」
「オカルト系の雑誌なのだけどね。
特異なのは、古今東西の人造人間の作り方を詳細に解説しているのが特徴だね。
君が、そんな本を読んで興奮するとは思わなかったけど」
「……人の嗜好を決めつけないで!」
「安心したよ。
俺の部屋を捜索されていないことがわかったから」
「どういうこと?」
「俺の部屋にそんな本は置いていないということさ」
「くやしい!」
その叫びによって、俺と千代水との言葉のキャッチボールは途絶えた。
なぜならば、千代水が言葉と一緒に投げたソフトボールが俺の頭上を大きく飛び越えたからである。
俺は、小さなため息をつくと、ボールの行方を追った。
その先には、白いユニフォーム姿の少年がいた。
ユニフォームには「厨西二中」の文字が縫いつけられている。
俺は、中学生がなぜ高校の敷地内にいるのか訝しむ。
「練習かい?」
少年は、俺たちが、来週開催される球技大会の練習をしていることを指摘した。
どうやら、この少年は高校の行事に詳しいようだ。
「やれやれ。
君たちは、厨西二中のエースだったこの俺に、本当に勝てると思っているのかね?」
「……お前は、小中!」
俺は少年の言葉で目の前の少年が小中であることを認識した。
そして、1年1組の初戦の相手が、小中のいる1年3組であった。
「やれやれ、俺のことは『闇夜の雷撃』か、ドアール、もしくは『白球の魔術師』と呼んで欲しいものだ」
小中は不敵な笑みをこちらに向けていた。
「おーい、小中!
無駄口をたたくひまがあるなら、早くボールをさがしなさい!」
小中の背後から、かつてのクラスメイトの声が聞こえてきた。