表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

「やっぱりな。あんな酷い音、出るだけでがらくた決定だろ。いくら楽器じゃなくても、<吟遊詩人>の沽券に関わる」


 ヒヨリは大袈裟に胸をなで下ろしてみせた。

 隣で奏羽(かなわ)が、無言で首を振っている。


「まあだからって、何も成果がないとは思ってないからな。言いたいことがあるなら聞いてやる。ほら、話してみろよ」


 ヒヨリは寛大そうに口元を緩めながらも、手を止めない。七輪で炙った鰭を二つの湯呑みに放り込み、湯煎していたお銚子の中身を注ぐ。

 奏羽(かなわ)は黙ったまま一つ受け取ってすするが、すぐに机に突っ伏した。


「その件は、オっちゃんやないと話せんのです。公式発表をお待ちください」


 潰れたまま顔も上げない奏羽(かなわ)から、とうとうヒヨリは目を逸らして息をついた。


「全くしょうがない奴だな。そんなにうじうじ悩む前に、さっさと会いに行けば良いじゃないか」

「だって。格好こんなやし、ミナミは遠すぎるし」


 奏羽(かなわ)の泣き言は小さすぎた。

 ノックに気付いて立ち上がったヒヨリには届かず、聞き返されることすらなかった。




「は? あんた、ホクトの姉さん?」

「はい。アキバの銀行に勤めています。その、<大地人>です」


 ソウナと名乗った女性は、確かにギルド会館でカウンター越しに良く見られる制服を着ていた。

 恐縮した様子だが、しきりに辺りを気にしていて落ち着きがない。


「つい先ほど、ホクトがこちらに向かったと聞いたのです。その、次にどこへ行くとか聞いていたり…… すみません、失礼しました」


 湯呑みを持ったまま動きを止めたヒヨリに、ソウナは慌てて頭を下げて部屋を出ようとした。

 ヒヨリは奏羽(かなわ)に目配せしつつ、ソウナの手を取る。


「少し落ち着け。それに肝心の御用聞きが終わってないだろう。経緯はどうあれ、請け負った仕事は片付けろ」


 奏羽(かなわ)を追いやった椅子に座らせ、カップにお茶を注いで落ち着かせる。

 観念したように長々と息をついてから、ソウナはお茶を一口含んだ。


「ホクトとはしばらく会えていないんです。師事している方に着いて回っているとかで、ずっと擦れ違うばかり。手紙でやりとりはしてるのですけど」


 ここへのお使い、無理に代わって押し掛けてしまいましたと、小さくなってうなだれてしまう。


「ホクトとは家族で、まだ小さいんだろ。そういうのは仕方ないって、まあ分かる」


 思わぬ助け船に顔を綻ばせて、ソウナはヒヨリに頭を下げた。

 ヒヨリが決まり悪げに視線で訴えると、奏羽(かなわ)は言葉を一度濁してから選び直した。


「あー、そんなに心配せんでも、良いんちゃうかな。お師匠さんはいつも一緒なんやろ?」

「いえ、それが。お連れの方はずいぶんお疲れの様子だったとかで、気が気でないのです。ホクトがご迷惑をお掛けしているのではないかと」

『なあ、奏羽(かなわ)ー 今どこにいるー 出て来れるー?』


 突然体を震わせた奏羽(かなわ)が、一言断ってから席を離れた。二人に背を向けて、口を覆った手に小さくかみつく。


「今、取り込み中」

『そっかー なら伝言だけー』


 奏羽(かなわ)の耳にはいくつかの声が聞こえたが、何を言っているかまでは分からない。


「うっちゃん、そこに誰がおるん?」

『<付喪神>使ったのは秀逸ー でも記録するなら<精霊>の方が強化も利いて便利、だってー』

「……うっちゃん?」


 不審を露わに、奏羽(かなわ)の声が低く問う。だが返る答えは無邪気で明るかった。


『<風切鬼>より<木霊>? どうせ一人じゃ無理? あー、だよねー』


 続く笑い声を無視して、奏羽(かなわ)は辛抱強く問いかけた。


「うっちゃん? 誰に聞いてるの、そこに誰がおるん?」

『んー? えっと、ホクトと、ホクトのお師匠さん? すっごい物知りさんー』


 え、物書きさん? という声は遠く小さくてもはっきり聞こえた。

 奏羽(かなわ)が鋭く飲んだ息は、思いの外大きく鳴った。ヒヨリとソウナが何事かと、話を止めて顔を見合わせた。


「ちょっ、今どこにおるんよ?! うっちゃん? 返事してな、うっちゃん!?」

『確かに奏羽(かなわ)は<精霊>の契約多かったと思うけどー ふーん、それなら特化するのも面白そうー」


 でも【鈴音】に被るー という意味は分からなかったが。奏羽(かなわ)はその物言いにこそ、体を強ばらせた。


『そういう訳でー 打帆(うつほ)は修行の旅に出ることになりましたー 押し掛けだけど、問題ないってー』


 奏羽(かなわ)はもはや話の流れを理解出来ず、不穏な単語にも反応すら出来ない。


『しばらく連絡付かないと思うけどー 心配いらないからー じゃあねー』


 涼しく軽やかな鈴の音を残して、一方的な通告が終わった。

 しばらくしてから、ようやく奏羽(かなわ)は息を潜めて見守っていた二人を振り返った。


「なあ、ソウナ。ホクト見たって教えてくれたの、誰やった?」

打帆(うつほ)さんという、托鉢のお姉さんです。ここしばらくご無沙汰していましたけど、この仕事に就いた頃に随分お世話に…… あの、大丈夫ですか?」


 動きを止めた奏羽(かなわ)は、いつのまにか目に涙を溜めていた。


「うっちゃんばっかりずるい……」


 必死に口を結んで耐える奏羽(かなわ)を。ヒヨリは乱暴に肩を掴んで椅子に座らせ、何も言わずに湯呑みを掴ませた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ