生誕祭 2
その日の夜
トウヤ達は前夜祭が行われる中央通りへと来ていた
いつもとは違い煌びやかに彩られた街並み
初代勇者を示す赤とオレンジの旗が掲げられ、この国のみならず他国からの観光客でごった返す人の波を掻き分けながら進んでいく
「凄い人ですね」
「毎年、こう」
前夜祭でこれなのだから明日の祝祭当日はどうなるのかと思わず呆気に取られるが、毎年経験しているであろうフィリアからすれば特に気にならないのだろう
というよりも、彼女としてはトウヤの方が気になる
先程までの異様な問答
彼の家族構成を聞き、直接違うと指摘されたのはこれで2度目だ
言いしれぬ不安が胸中を巡る
「フィリアさん、そろそろ着きます」
「あ、うん・・・」
だが、そんな思考もトウヤの一声で霧散される
今はただ自分に課せられた任務に集中しなければと意気込む
そんな彼らが人をかき分け着いた先は市場だった
祝祭当日と前夜祭に催し物が行われるこの場所は、決まって何かしらのトラブルが起こる
どうやら、彼らが着いた時も何かあったようで屋台の前で2人の男が睨み合っていた
「ちょっとちょっと、何してるんですか!」
喧嘩の仲裁、迷子、道に迷う人まで
衛兵や警察の手に余る程には発生する些細な事件を1件1件しらみ潰しに解決していく
そうして気がついた頃にはすっかり夜も更けていた
「ようやく落ち着いて来ましたね」
「大丈夫?」
「大丈夫です。このくらい平気ですよ」
この程度は今までの戦いと比べれば随分と楽なものだ
そして、ある意味では役得でもあった
「おぉ・・・」
目の前で空へと昇り始めた紙灯籠
数え切れないほどの数のそれは、空高くへと浮かぶとフヨフヨと漂いながらまるでドローンのように動き始めた
ゴーレムの遠隔操作技術を利用したそれらは内部にて灯る魔法の光で夜空を明るく照らし、陣形を組みフェイル王国の国旗、ベガドの街章を描くと多種多様な絵を空へと描いていく
さながらそれはドローンショーの様な有り様であった
「スゲェ・・・」
「綺麗」
「そうですね、めちゃくちゃ綺麗です」
暗い夜空の中で淡く照らされる灯籠の光のショーに思わず見惚れてしまう
「楽しんでますか?」
「あっゼトアさん!」
そんな彼らへと声が掛けられた
顔を向けてみればゼトアが微笑ましそうに見ながら歩み寄ってくるのがわかる
彼は一度空を漂う灯籠達へと目を向けると、思い出したかの様に言った
「・・・そう言えばトウヤさんは初めてでしたよね。祝祭の灯籠流し」
「うん、まぁ・・・はい、初めてです」
思わず返答に困ってしまう
何度聞いても名称と目の前の光景が一致しない
「良い文化ですよね、先祖の霊を弔い、あの世へと送り出す送り火を浮かべる・・・確か、第二勇者様の故郷である日本の文化だとか」
行う意味は確かに合っているが、そもそも時期が違うのと、浮かべるとは物理的にではなく水の上に浮かべるという意味なのだが
まさか本当に浮かべてドローンショーの様な催し物にしてしまうとは、トウヤとしても何とも言えない気持ちになってしまう
だが、それはそれこれはこれである
本来であれば異文化である灯籠流しが巡り巡ってこの様な形で広まっているのは、何とも異世界情緒溢れる光景で面白くはあった
そう考えているとゼトアが「そう言えば」と切り出してくる
「この後マインさんの所に行くんですよね?」
「えぇ、なんか聖遺物を見せてくれるとかで・・・」
「聖遺物・・・?」
「まぁ俺も詳細は知らないんですけどね」
正直な所、詳細までは知らなくとも聖遺物というだけで心が踊る話ではある
それが聖骸布だろうが、槍だろうが、何であれ見てみたいので何が置いてあるかなどは、どれでも良い、というのがトウヤの本音ではあった
だが、彼の話を聞きゼトアの雰囲気が変わる
眼差しがキツくなり、暫し考え込む様子を見せた
「ど、どうしたんですか?」
この時、トウヤは自身発言は失敗だったと考えていた
この世界は神との交流が今なお続く世界である。なればこそ、聖遺物という神からの授け物についての扱いには人によって大きく異なるのだ
フィリアの様に特に気にしない者もいるが、より強い信仰心を抱く者も少なくは無い
というよりもそちらの方が多数派である
だからこそ、見知った仲でも安易に口にするべきでは無かったかと思った
しかし、そんなトウヤの考えは杞憂に終わる
「灯夜さん・・・」
再び目を向けて来た時、ゼトアの眼差しは彼のことを心配する様なものだった
「どうか、自分を見失わないで下さい」
彼の言葉に思わずトウヤは呆気に取られた
それはつまり、どういう意味なのかと
言葉の真意がわからないのだ
「えっと・・・それって・・・」
「トウヤ、時間」
「あっ・・・!?」
気が付けば空飛ぶ紙灯籠ショーも中盤に差し掛かっていた
このままでは帰宅ラッシュの対応をしなければ行けなくなり、教会に行く時間がなくなってしまう
そんなものだから、トウヤは慌てて向かおうとする
「すみませんゼトアさん、ちょっと俺達この辺で!」
それだけ言うとトウヤ達は立ち去っていく
ゼトアはただ彼らの背中を無言で見送り続けた
心臓が早鳴る
きっと聖遺物が何なのか気になっているのだろうか
だけど、相反する様に胸の奥がざわつく
脳裏の奥から響く
ーー行っちゃダメ
ーー早く行け
そう響く思考が何かはまだわからない
教会前に着くと不思議とその思考達が落ち着いて来るのを考えるに、きっと元の世界にいる時にネットで見た侵入思考的なものだろうと結論付ける
「さぁ入りましょうか」
そうして教会の敷地に入ろうとした瞬間だった
一瞬だけ視界にノイズが走ったのは
敷地内を埋め尽くす程の何人もの老若男女が光の灯らぬ目でこちらを見つめている姿が見えたのは
「・・・っ!?」
ほんの一瞬の出来事、だが、顔を強張らせ声にならない悲鳴が喉奥から溢れ出す
「どうしたの?」
だが、トウヤとは対照的にフィリアは何ともなさそうに、それどころか驚くトウヤの姿を不思議そうに見ている
「ど、どうしたのって・・・あれ、さっきの!」
「どれ?」
先程見えた正気を感じられない眼差しを向けて来ている群衆のいた場所へと指を差し必死に伝えようとするが、フィリアは何のことかわかっていない
「どういうこと?」
「あぁ・・・その・・・すみません、何でも無いです・・・」
本当にわかっていない様子を見せる彼女に自分が間違っていたのかと思いだし自信がなくなる
だが、確かに見たはず、でも見間違いなのかとトウヤは尚も頭を捻り続け、フィリアはそんなトウヤを怪訝に思う
そんな彼らに声が掛けられた
「トウヤ、こんな所で何をしている?」
「あれ、セドさん・・・それに・・・」
「ご機嫌様、アサマさん」
「こんばんはトウヤさん!」
目を向けてみれば、そこにいたのはセドとリーゼ、トローネだった
何故ここにセド達がいるのだろうか
確か来賓として今年は出るのでは無いかと思ったが、そういえばそれは明日の話であり今日は前夜祭を巡り帰りに散歩でもしているのだろう
その証拠に、両手に華を体現する様に彼の隣を歩く2人の少女の顔は浮かれきっており、両手に屋台の紙袋を抱えていた
「マインさんが聖遺物を見せてくれるって言うから来たんですよ」
楽しげにトウヤが言うと、セドは怪訝な表情を浮かべた
「聖遺物だと・・・そんな物があるとは聞いたことが無いが・・・」
「セドさんでも知らない事があるんですね」
「まぁな・・・」
眉間に皺を寄せながらセドは暫し考え込み、徐に顔を上げる
「トウヤ、俺も着いていっても良いか?」
「多分セドさんなら良いと思いますけど・・・ひょっとして、セドさんも気になるんですか?」
真面目な印象のあった彼だが、意外とミーハーなところがあるのかと思い茶化す様に顔が緩む
そんな何かを勘違いしているであろうトウヤの顔にセドもまた笑みが溢れてしまう
「まぁそんなところだ」
「なら善は急げ、早く行きましょうか!」
しかして意気揚々とトウヤ達は教会の中へと入っていく
灯りは付けられておらず、差し込まれる星と月明かりのみが視界を照らす唯一の光源
言い方を変えればノスタルジックに、また別の言い方をすれば薄暗く不気味な雰囲気を漂わせている
何で灯りを消してるんだろうと不思議に思いながらも、中にいるであろうマインへと声を掛けた
「マインさん来ましたよ」
トウヤの声に反応して教会の奥からグラスが擦れ合う様な音とマインの声が聞こえてくる
「あぁ浅間さんいらっしゃいましたか」
そう言ってマインが廊下の奥の部屋から現れた
両手でお盆を支え普通のグラスよりも小さなグラス、ショットグラスの擦れ合う音を立てながら彼はトウヤ達へと歩み寄る
「お待ちしてましたよ、飲み物でもどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
差し出されたガラス製のショットグラスを受け取ると早速とばかりに周囲を見渡す
「あの・・・聖遺物って・・・」
「あぁそれなら礼拝堂の奥においてますよ」
その言葉を聞くや否や急いで、だが、あまりにも急ぎ過ぎると下品だと思い程々に礼拝堂を覗くと、デアテラ像の前にある机の上に何やら布の被った物が鎮座していた
「あれが・・・」
暗がりの中を目を凝らして見てみると、形から見るに槍でも剣でも無い、どちらかといえばフラスコのようにも見える形をしているのが布越しにわかった
その光景は自身の思っている様なものでは無かった
だが、イメージしていた聖遺物らしく無い形はより一層トウヤの好奇心を刺激する
彼が早く生で見てみたいという気持ちを隠す事なく目を輝かせる一方で、後ろから聖遺物を見ていたセドは眉を顰めた
ーーあれは一体なんだ・・・?
彼は大貴族の嫡子である
そうであるが故にこの国に存在する聖遺物についての知識は幼い頃に叩き込まれていた
初代勇者の使った剣やデアテラから与えられた王位の指輪など様々だ
だが、目の前のあれはそのどれにも該当しない
未だ発見されていない未知の聖遺物の可能性もあるが、その場合は聖遺物の在処を示す神託が降りるので未発見の物である訳がないのだ
ならば、マインの目的は別にあると、そう考えた
「マイン、あれは何だ?」
「何って聖遺物ですよ?」
「そんなわけが・・・」
「ありますよ、だってこれは
私が"作った"物なんですから」
「・・・何だと?」
一瞬にして2人の間に剣呑とした空気が流れる
作ったとはどういう事かと、溢れる疑問が疑心に変わっていく
ーーなんか、コレってやばいのか?
そんな2人の空気に当てられトウヤも息を呑む
すぐにでも2人の間に割って入った方が良いと考えた彼は急いでドリンクを口に含もうとする
ーー飲んじゃダメ!
そんな少女の声が聞こえた気がしたが、トウヤは構わずグラスを傾け中身を腹の中へと入れた




