後編
「はい?」
「申し遅れました。私、魔の国の宰相アモンと申します。お父上さまにはお目にかかれて恐悦至極に存じます」
「は? はあ」
急に立ち上がり丁寧に頭を下げてくる男に、俺もつられて頭を下げる。
魔の国の宰相ってことは、魔王の一の手下ってことではないだろうか?
まさかこいつは、うっかり成り行きで魔王を倒してしまった息子に復讐するためにここにいるのか?
それにしては態度がへりくだっているのだが?
頭に疑問符を飛ばしている俺に、アモンはとんでもないことを言い出した。
「実は、魔の国の掟では、魔王を倒した者が“次の魔王”になると決まっているのです」
「へ?」
俺は驚きすぎて、二の句がつげない。
「ご存じの通り、あなたの息子さんが魔王を倒されてしまいました。このため息子さんには、新たな魔王となる義務が生じます。…………ところが息子さんに固辞されてしまったのです」
心底困ったようにアモンは眉をひそめた。
息子は、バン! とテーブルを叩いて立ち上がる。
「当たり前だろう! 俺は魔王を倒すつもりなんてなかったんだ。ついうっかり倒しただけなのに、魔王なんてやってられるかよ!」
息子の言い分は正しい…………と思う。
っていうか、息子は人間なのに魔王が人間でもいいのだろうか?
魔の国の掟は、どうなっているんだ?
「そうは言われても掟は掟。魔王を倒した責任をとっていただこうと思ったのですが――――息子さんが仰るには、ご自分が魔王を倒せたのは、全てお父上さまのご指示のおかげだと」
アモンはチラリと意味深な視線を俺へと向けた。
息子は勢いよく首を縦に振る。
「その通りだ! 俺が魔王を倒せたのは親父の変な助言のせい! そして俺は親父の『どんな卑怯な手を使ってもいい。絶対生き延びろ!』って命令に従っただけなんだ! ――――つまり、魔王を倒したのは俺じゃない! 俺に指示した親父なんだ!!」
…………なに? その無茶苦茶な三段論法。
いくらなんでも無理がありすぎるだろう?
それに、俺は命令したわけじゃない。旅立つ息子に助言をしただけだぞ。
そう思うのに、アモンは苦笑しながら頷いた。
「さすがにそんな言い訳は通じないと言おうとしたのですが……息子さんから聞くお父上さまのお話に、私が興味をひかれまして。……なんでも『雇用対策法』とか『男女雇用機会均等法』とか、お父上さまは政治に非常に精通しておられるそうですね?」
俺は、まずいと思って視線を逸らした。
それは俺の前世の知識で、この世界には人間の国はもちろん他のどこの国にもないだろうものだ。
内心冷や汗ダラダラなのに、息子はイイ笑顔を浮かべた。
「ああ、俺にはちんぷんかんぷんな話だけど、親父はそういうことをよく知っているんだ。――――国を発展させるには社会のインフラだかテンプラだかの整備が必要なんだとか、生産性を向上させるには子供の教育だか調教だかが重要なんだとか」
鼻高々に自慢する息子に俺は頭を抱える。
インフラとテンプラはまったく違うものだし、教育はよくても調教はダメだろう。
アモンは、ニヤリと笑った。
「それは素晴らしいお考えです。お話を聞けば聞くほど、次の魔王にはお父上さまが相応しいと思えてきました。――――お父上さま、ぜひ我ら魔族の王となってください」
アモンは深々と頭を下げた。
俺はブンブン! と勢いよく首を横に振る。
いくら転生者だからって、村のおっちゃんの俺に魔王なんて無理だ!
「そうしろよ、親父。この家は、俺がアリサちゃんと結婚し守っていくから。親父は安心して魔王になっていいぜ!」
息子! お前、それは自分がアリサちゃんと結婚したいだけだろう!
面倒ごとを親に押しつけようなんて、なんて不逞な奴なんだ!
親の顔が見てみたい! ――――って、俺かよ!!
断固として断ろうとした俺の直ぐ横に、アモンがヒュンッ! と移動してきた。
狭い家の中なのに、瞬間移動なんて高等魔法を見せてくれなくてもいいのに。
「お父上さま――――これは、言うべきか迷ったのですが……『魔王を倒した者が次の魔王になる』……この掟は実に便利なものなのです。要は、魔の国にとって“イラナイ”魔王が立った時には、その“イラナイ”魔王を倒せばいいだけなのですから」
アモンは、この言葉を俺の耳にヒソヒソと囁いて、意味ありげに息子に目をやった。
…………それは、ひょっとして“イラナイ”と判断した俺の息子を、アモンが倒すと言うことか?
俺の顔から音を立てて血の気がひいていく。
きっと真っ青になっていることだろう。
息子は、俺が手塩にかけて育てたたった一人の息子だ。
その息子の命をたてにとられたら、俺には頷く以外の道がない。
「…………わかった。俺が魔王になる」
俺は、声を絞り出してそう言った。
「それは、ようございました」
「やったぜ! ありがとう親父!」
アモンは満足そうに笑い、息子は小躍りして喜ぶ。
「では、善は急げです。お父上さまには、今すぐ魔の国においでいただきましょう」
「え? 急だな。もう少しゆっくりしてからでもいいのに。……ま、でもいいか。親父が里帰りをしたいって言ったら、アモンさんが送ってきてくれるんだろう?」
息子は脳天気にそう言った。
アモンはニコニコ笑って「もちろんです」と答える。
その言葉が本当であることを俺は祈るばかりだ。
「それでは参りましょう、お父上さま」
アモンに手を差し出され、俺は渋々手を乗せた。
白くて大きな手は、ひんやりと冷たい。
「…………ソロモンだ」
俺は、そう言った。
「は?」
「ソロモンだよ。俺の名前。『お父上さま』は、よせ。俺はお前の親じゃない」
ぶっきらぼうに告げれば、アモンは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。ソロモン王。今より、心よりお仕え申し上げます。――――あなたが私の期待を裏切らない限りは」
それが一番怖いところだ。
最後に俺は息子を振り返る。
「…………あ、そうそう、アリサちゃんな、去年一つ年下の村長の息子と結婚したから。お前、へんなちょっかい出して村長に怒られるなよ」
俺の言葉に、息子はポカンと口を開けた。
「な? へ? そ、そんなぁ~!!」
涙を流しながら膝から崩れ落ちる息子に俺は背を向ける。
まあ、頑張れ。
父ちゃんも頑張るからな。
――――こうして俺は魔王となった。
お読みいただきありがとうございました。