第9章 回り込む悪意
「中は静か、争った形跡も無しと」
オレ達は、イースト区5近くの防衛軍駐屯基地に乗り込んでいた。突然生えた樹木と関係があるのか、室内であるにも拘らず、床にはちょろちょろと雑草が生えている。壁に立てかけられてある銃器には触れられた痕跡がなく、争いがあったようには見えない。
「おい、パロッツ。不用意に木に近づくんじゃねえ。まだ調査中だ」
近くで倒した怪獣の調査を行える様にと、建物が高く広く作られている為、幸いパロッツ達を敷地内に入れることが出来た。もし、急な戦闘になったとしてもパロッツならば十分に戦えるだろう。さて問題を片づけなくては……
「本当にあちこちに木が生えてますね。この木が住民消失に関係していることは間違いないでしょうが、一体何があったんでしょうか」
「さあな、離れた所からエコーで視てみたが、内部はただの植物、何の変哲もない樹木みたいだ。怪獣の匂いはするが、気配は何処にもない」
「ふむ、ならば近づいて診てみようか。もし危険があったとしても、君たちが私を守ってくれるのでしょう?」
アルファは一介の研究者に過ぎず、戦闘訓練は受けていない。多少の自衛の心得はあるようだが、高次元人を自称するとはいえ、怪獣との戦闘にはたえられないだろう。とはいえ、オレよりも怪獣に詳しいのは確かだ。
「そのつもりだ、アルファさん。あんたの経験と知識を頼りにしている。それとTOBのティガーとAUのコゾノ隊員は緑化チームでの活動もあるから、助手として使ってやってくれ」
その為の、調査メンバーの人選だった。残りのロメオは信頼できる護衛として、同様にホリカワもAUでは緊急時のアドリブ力の高い隊員だ。護衛にはうってつけだろう。
「へぇ、君ってあんまり他人の細かい個人情報には興味無いイメージだったけど、変わるもんだねぇ」
アルファが驚きを隠せないという表情を浮かべている。オレから見れば、アンタの方がよっぽど他人に興味なさそうに見えるんだがな。基本、怪獣と怪獣の研究に役に立つかどうかしか考えておらず、人と会話しているときも何を思っているのか分からない。正直いって苦手なタイプだ。
「立場ってもんがありますし、変わらざるを得ないでしょう。いつまでも何も考えずに暴れられたらそりゃ楽ですけどね」
こいつの相手は疲れる。意識してるつもりはないのだが、口調も馬鹿丁寧にしなきゃいけない気がして、無駄に面倒だ。
「さて、君たち。この駐屯施設の人員の数を把握してるかな」
アルファが、話を切り変えた。
「15人だった筈です。戦闘員が13名、オペレーターが2名」
ロメオがすぐさま回答する。
「で、…… この施設に生えている樹木は何本かね?」
駐屯基地に入る前、事前にAFから天井を突き破っている木の本数は聞いていた。中に入り、この目で確認しても、その数に差異は無かった。
「15本です、ね。やはり、この木は――」
「その通り、これを見てくれたまえ」
カツンカツンと、アルファは基地最奥、通信機手前に生えている木に歩み寄った。こぶが大きく飛び出し、枝が前のめりにまるで万歳をするかのように生えていた。後ろからじゃ見え難いので、正面に回り込む。チッ、嫌なものを見ちまった。隣のロメオを見ると今にも吐きそうな顔をしている。
「……人ですね。顔や身体がコブの様に浮き出ている。いや違う、木に取り込まれて、完全に同化しているようです。浮き出た模様を見ればわかりますが、彼女はここのオペレータ、アデリーナで間違いないでしょう」
顔を引き攣らせ、コメントするコゾノ。アルファは満足げにうなずくと
「さっき、この樹木の内部はただの植物だと言っていたけれど、このコブもそうなのかい?」
とオレに聞いてきた。
「ああ、そうですね。少なくとも人間の構造はしていません。このコブが人間だったというのなら、完全に別のモノへと造り替えられています」
木を観察していたティガ―とコゾノも、頷く。どうやら専門家の意見も同じ様だ。
恐らく顔にあたるコブには、苦悶の表情が紋様として浮き出ていた。経緯は不明だが、彼女達駐屯基地の隊員は怪獣に襲われ、これらの木に造り替えられてしまったのだろう。その過程で、東局に緊急事態を伝えようとしたものの、黒幕の手でキャンセルされてしまった。というわけだろうか。
* * *
「――ってのが、取りあえず調査で分かった。恐らくイースト区5の住民も同様の被害に遭ったのだろう。この後、地下の方も視に行くが、遺体は完全に木になっちまっていた。経緯はまだ判っていないがどうする、全部伐採して持ち帰るべきか?」
「あい分かった。この目で見てないから何とも言えんが、データとしても一本は持ち帰るべきだろうよ。また別の区が襲われないとも限らんし、いずれその怪獣を駆除する必要がある。ヒューイット副隊長にも、伝えよう」
無線で、ゴードンに分かったことを報告する。ヒューイットの野郎はオレの言う事を聞こうとしないので、ゴードンに伝言を任せるしかない。アルファとティガ-達は木から取れた成分を細かく調査している様だが、どうやら難航している。怪獣由来の木だ、何があってもおかしくはないが。
ゴードンに一旦戻ると伝えようとした時だった。心音が急に跳ね上がった。それから、濃厚な死を感じさせる殺意の匂いが飛び込んできた。この感覚は、まさか!?
「怪獣だ!」
オレが叫ぶとほぼ同時に外に爆音が響く。アレは戦闘機が墜落した際によく聞く音だ。
「セリカワ隊員、今しがたヒューイット副隊長がイースト区5へ墜落した。周囲を旋回していた部下が言うには、彼が乗っていた戦闘機が、樹木の枝先に触れた途端、突如伸びて掴み地下へと呑みこんだ、と」
「レーダーを確認し、今すぐ厳戒態勢を取れ。怪獣の気配が一気に爆発しやがった」
オレは、目の前のロメオ達にも聞こえる様に叫んだ。もはや、通信どころではない。ゴードンも、即座に察したのか、無線の向こうで怒号が飛んでいる。成程、警報をキャンセルしたのはそういうワケか。
そうだ、こいつらは、さっきまで間違いなくただの植物だった。一瞬で、身体が植物から怪獣のソレへと切り替わりやがった。人から木へそして怪獣へ。こんなもの、前例がない。だが、あり得ないなんてモノはあり得ない、それが怪獣だった。完全に失念していた。恐らく、外でも似た様な事が起こっている。地下のイースト区5からこの怪樹の群れが一斉に這い出てきたのだろう。
「「「MIIIIIISHAAAAAA!!!」」」
天井を突き破っていた大木は、まるで力を凝縮させるかのように一気に5m程の高さにまで縮み、戦闘形態へ姿を変えた。枝は腕に根は脚に、あるモノは獣の様に四つん這いとなり、あるモノは直立したままカサカサとこちらへ一斉に向かってくる。
「ティガー、アルファさんをパロッツに乗せろ、他は武器を構えて囲め! こいつらは見たところ、群体型だ。ただし因子持ちはいない、つまり雑魚の群れだ。オレが前に出て引き付けるから、後ろから援護しろ。パロッツ、フォーメーションK」
「ですが、セリカワさん。遺体を傷つけるのはまずいですよ?」
ロメオのその一言にチィと舌打ちし、人だった部分を傷つけないように狙い定めマシンガンをぶち込んだ。
「なら、避ければいい話だ」
ドガガガガガッ! だが、すぐにぶち抜いた風穴が片っ端から修復してゆく。
「クソッタレがっ! 再生持ちかよ」
かつて人間の顔だったコブは歪み、こちらをあざ笑うかのように口を大きく裂いている。そして、オレに抱きつこうとでも言わんばかりに枝腕を広げ、いざ喰らい付かんと跳躍した。
「SHASHASHASHASHA」
三体が宙で重なり合い落ちてくる。身体に触れるスレスレの所で、オレは迷わず前方にスライディング。獲物を見失った怪獣がべしゃりと床にボディを叩きつけた。
「今だ、焼き尽くせ! まとめて焚き火にしてやるぜ」
根や枝が絡まり合ってるのか、直ぐに立ち上がれず無防備な体を晒している木の怪獣達へ、ゴオオオオォとホリカワが火炎放射器をお見舞いする。こいつらは再生力がある上に、想像以上に素早い。ロメオが文句を言いたげな顔でこちらを見ているが、同化してる死体を傷つけずに怪獣を倒すのは、正直困難だ。今は様子見に回っているのが何本かいるが、15本一斉にこの木の怪獣が襲ってきたら、こちらも無事に勝てる気がしない。
パロッツ達にも、近いてくる怪獣達を蹴り飛ばしてけん制へと回って貰っているが、サイズの差で有利な筈なのに、速度で置いてかれ気味となっており、不安がある。
と、燃え盛る炎の中から動じること無く怪樹共が飛び出してきやがった。
「ダメです、セリカワ隊員!? こいつら、中々燃えません!」
「生木は燃え辛いといいますが、この怪獣も同様の特性を強く持っている様です」
ホリカワが叫び、コゾノが分析する。
どうする? ここはパロッツの機動力がギリギリ死なない程度の広さしか無い。オレの怪獣の能力を使えば、この鬱陶しい怪樹共を倒すことは出来るだろう。だが、その場合、隊員達はどうなる。巻き込んでしまうだろうし、そうなったら無事な保証はない。だがしかし、先程から基地の外でも怪獣の気配が濃厚となり、激しい戦闘音と悲鳴が上がり始めている。一刻も早く、こいつらを片づけて援護に回らなければ――
戦場では一瞬の行動の遅れが命取りとなる。思考しながら試行しながら動き続けないといけない。
一瞬の隙を突かれ、大きくしなった枝がブゥンッと風を切り、四方八方から鞭のようにオレへと迫ってゆく。躱せるか? いや、あれは伸びてくるぞ。
判断を即座に切り替え、眼前の触手をマシンガンで吹っ飛ばすことを選択、だが一手遅れた! 一本残っちまった、うお!? スパイクのような棘が生えた枝の触手がオレの脚へと巻き付き捕らえた。銃を持ち替え、その触手をぶち抜くより早く、そいつは天井へ床へとオレを叩きつける。
ドン!ガン!ガン! バシュ!
「MIIIIIIIIIIIIII!!」
「グギャゥ!?」
突然体が軽くなり宙に放り投げられ、酷く床に叩きつけられた。軽く3バウンドはしたぞ? 頭が割れるように痛い、こん畜生め。今のでオレが死んだと思ったのか、半泣きで駆け寄るコゾノを手で制する。
「ぶ、無事ですかセリカワ隊員」
「ああ、頑丈なのが取り柄でね。命に別状はないから心配するなコゾノ隊員」
一方、オレを思いっきり放り投げた怪樹はピクピクとして動かない。
「セリカワさん、今のは――」
非難するような口調のロメオ。その目は、怪樹の顔のコブに空いた風穴を睨んでいる。叩き付けられる最中、狙い撃ちした対怪獣用拳銃が、見事に眉間を貫いてくれていた。
「勘が当たったな。この怪獣共は、取り込んだ人間を核として生命活動を行っている様だ。つまり核が無事ならばいくらでも再生するが、核さえ壊せば途端に死ぬというわけだ。全く悪趣味な怪獣だな」
それからまだ何か言いたげなロメオに告げる。
「ロメオ、今は余裕が無い。外の戦闘音と悲鳴も激しくなり続けている。イースト区5の人口は何百人だ? その数だけこの怪樹共が暴れているというのなら、さっさとこちらを片づけて合流しなければ被害は広がるばかりだ。人道的じゃないと非難するなら終わった後幾らでもしろ。どうせオレは人じゃなくて化け物なんだからな」
死んでしまったら、頭を下げる事も出来ないのだから。それならば、いくらでも憎まれ役になってやろう。
* * *
そいつらが突然出現したのは、ゴードン隊長と通信しているセリカワさんの怒鳴り声が、無線の向こう側から聞こえてきたのとほぼ同時だった。
「総員戦闘準備、構えろ」
イースト区5の方角を睨み、ゴードン隊長の怒号が飛ぶ。だが、その怪獣は私たち集団の中心から、にょきにょきと突然生えてきた。丁度人の背丈くらいの高さだろうか、見た目を形容するならばひょろくて細い若木だ。そいつが近づいてくるのが、あまりにも自然な足取りで、やあと挨拶するかのように枝を伸ばしてくるので、隊員達の警戒が一歩遅れてしまった。
「何をやっている、そいつらを今すぐぶち抜け!」
異変に気付いたゴードン隊長が叫ぶも、もう遅い。
「MISHAAASHAAAAAAAAA!」
その枝は呆けていた隊員の肩に触れるとガバッと抱きついた。枝が蔓のように伸び絡みつき、一瞬で隊員を覆い尽くし、姿を変える。先ほど、駐屯基地調査チームから送られてきた写真で見た人面樹の出来上がりである。
「きゃああああああああああああああ」
AUの新人が、目の前で何が起こったのか理解し悲鳴を上げパニックを起こし、そのまま若木に捕まり取り込まれてゆく。
「パロッツ、来なさい! ほら、モナさん乗って」
間一髪、私は迫る寄生樹を躱し、パロッツの背へと駆け上がった。一先ず、息をつく。パロッツが近寄る寄生樹を蹴り飛ばしてくれるから、一安心だ。周囲を見ると、他のTOBの面々も無事パロッツに乗り込み、安全を確保できた様だ。パロッツに、AUの隊員達を援護するように指示を飛ばす。
セリカワさんとゴードン隊長は、イースト区5の森を罠だと見越していた。襲撃者によって、侵入者や接近者に牙をむく罠の一つや二つ、仕掛けられていてもおかしくない。だからこそ、わざわざ遠くからイースト区5の様子が観察できる地点を見つけ、そこを拠点としたのだ。
しかし、それすら黒幕の掌の上だった? この寄生樹の怪獣達は、遠くを警戒してるからこそ、油断している獲物を、地面に隠れて植物の様に静かにずっと待っていたのだ。
「シャオ先輩、アレを!」
モナが引き攣った顔でこちらへ振り返る。その指は、イースト区5の方角を指していた。
「――そんな、嘘でしょう?」
イースト区5への地下通路が開かれている。そこから、夥しい数の茶色い影がじわりじわりと滲み増えて、這い出してゆく。そう、こちらへ向かって。
眼下でどんどんその数を増していく寄生樹達、その数は数十から百くらいだろうか。初めは動揺こそしたが、パロッツの敵ではない。ひょろい木々は蹴るだけでぽきりと折れて、動かなくなる。一方、隊員を取り込んだ木は、生半可な攻撃では再生を繰り返し、厄介だ。でも、その数は決して多くは無い。取り込まれてしまった隊員は可哀想だが、TOB、AU、AF三部隊の銃撃やパロッツの蹴りを浴びせる内に動かなくなってゆく。
しかし、今ものすごい勢いで、こちらへと這い寄ってくるあの数は、数百いや……千を超えてしまうだろう。そんなもの、私達だけで耐えられるわけがない!
この怪獣達の裏で糸を引く黒幕には、まるで此方の行動が全て見透かされている様で、背後から邪悪な笑い声が聞えてくる、そんな気がするのだった。




