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♠南アルバ大陸

♠照和39年(YE2739年)7月

♠カナル国際管理地域


「見えてきたのです。カナル運河なのです」

「うふふ、船の行列ができているわね」

 いつもの老良さんと一文字さんのやりとり。でも俺は気づいている。アトラス大海での一件以来、どこか老良さんがよそよそしい。いつか機会を作って説明したいが、その前に一文字さんの了承も得るべきだろう。このことを考えるとどうしても憂うつになる。


「あそこにワニがいるのです。全長5メートルなのです」

「うふふ、可愛いらしいわね。乗って河を泳いでみたいわ」

 ……通りがかった船員さんが、2人の会話を聞いて、引いている。老良さんや一文字さんにとって、ただの動物など、なんの脅威でも無い。


 船がパシフィコ大海まで抜けるのに10時間かかるのだそう。鳩を飛ばして様子を見てみたが、所々に一直線の、いかにも人工的な河が連なり、そこかしこで船の渋滞が起きていた。

 カナル国際管理地域はパシフィコ大海側に一大都市カナルがあり、大和国武士団の支部もそこにある。降りて車に乗り換えるか自分たちで走ったほうが早くつけるが、そこまで急ぐ状況でも無く、この大型客船に乗り続けている。


 南アルバ大陸戦線は、アフリ大陸以上の激戦区と聞く。大和国を出てから戦場を転々とする日々、移動の時ぐらい休憩を(まん)(きつ)させてもらっても、後ろめたさは感じない。もう少しだけ、観光気分を味わせてもらうとしよう……


 ――♠――♠――♠――


 大和国武士団の支部はすぐに見つかった。船を降り、地図で当たりをつけて鳩を飛ばし、あらかじめ聞いていた特徴と合致する建物を探すだけ。緑の(かわら)屋根で、3階建ての建物は、1つしか無かった。この瓦、大和国からわざわざ運んできたのだろうか……


「遠いところを良く来てくれた。歓迎するよ」

 出迎えてくれたのは副支部長の前田さん。(みどり)(もり)県ご出身。全盛期は上級武士(サムライ)だったが、30歳を超え武士に成り下がってしまったと()(ちょう)する、気の良さそうなおじさん。久しぶりに普通の大和語を話す人に会えて、心も(なご)む。

「とっておきだぞ」と出された緑茶も、振り返ってみればゲーム上は1年ぶり。一通り自己紹介を交わした後、念食獣の話に移り、談笑はここまでとなった。


「念食獣は、ここまで来ている」

 地図を広げた前田さんの指したポイントは、今、俺たちがいるカナル市から、東に100キロメートルと離れていなかった。

「思っていたより、侵攻が速いのです」

「私たちがヘラクレス海峡で話を伺ったときには、この国境のあたりだと聞いていました……」

「北アメリと南アメリは細い地形でつながっているだろ――これを『()(きょう)地帯』と言うんだが――、南アメリ大陸を抜けてきた念食獣の集団密度が急激に高まるから、前線を一気に西に引き下げて、個々に撃退する戦術に出たんだ。あと南アメリ大陸で戦っていたアメリ合衆国の連中は、念食獣がカナルに侵攻し始めたら撤退しちまいやがった……」

 カナル国際管理地域はS字状の地形が横に寝ていて、北アメリ大陸が西に、南アメリ大陸が東に位置している。一文字さんが指した国境と現在の前線とを比べると、200キロメートルも後退している。


「それでは、今このカナル市にいる住民の避難は、間に合わないのでは?」

 港から支部にくる間、街は(かん)(さん)としていたが、それでも多くの人々が生活しているように見えた。

「なに、前線を引き下げたことで、念食獣はまばらに前線に現れるようになっている。あと1カ月は持ちこたえられるだろう。それより()()いのはコイツなんだ」

 そう言って差し出されたのは、数枚の白黒写真。念食獣の強さは見た目から判断できないのがやっかいなのだが、コイツは見るからにヤバい。


「蛇なのに、羽根があるのです」

 うろこ状、は虫類系のような身体なのに、広げる羽根には()(もう)が生えていた。

「人間も相当襲っているようね……」

 人の念を吸った念食獣は、既存の動物とはかけ離れた外見に変化しやすいとされている。


「そうだな。(とり)(へび)、南アメリというより北アメリのほうで信仰されている神様がこんな姿なんだそうだが、食べた人間の念を元にこの姿を取るようになったんだろう。その神様は『ケツァルなんとか』と言うらしいんだが、神様の名前を使うわけにもいかない。ここでは『鳥蛇(ドラゴン)』と呼んでいる……」

「ドラゴン、ですか……」

 名前が付けられた念食獣と戦うのは初めてだ。……気づくと俺の両腕に、鳥肌が生じている。VRシステムはこんな生理現象まで表現しているのか。


「アメリ合衆国の上級武士(サムライ)も――奴らは大和国の認定を受けないから、実際のところはどの程度の実力かは分からないが――歯が立たなかったらしい。我々も(さぐ)りを入れてみたが、大した情報も得られずに重傷者が続出して撤退している。今は見かけたら、即退散だ」

 どこか苦々しそうな心境が()もった声で、話は続く。

「ただでさえ君たちみたいな若者を戦地に駆り出していて心苦しいのに、このような強敵を相手にさせるのは申し訳ないが……、すまん、コイツは早く始末しないと、北アメリ大陸は大変な事態を招く」

 頭を下げて言う前田副支部長。小松校長もそうだったけど、一回り上の年代の大人たちは、俺たちのような高校生が戦うことに、強い抵抗を感じるらしい。自分たちは大人に守られていたからみたいだが、俺たちは今の状況しか知らないので、戸惑うばかりだ。……って、またゲームに感情移入してるな、俺。


「今はどこにいるか、分かっているのです?」

「早めに様子を見ておきたいです」

 前田さんの話を、大したことでもなさそうに質問する、老良さんと一文字さん。そんなはずは無いのだが、2人とも優しい。

「あ、ああ、ありがとう。最後に目撃されたのは5日前、この湖の東側だ」

 防衛線近くには3つの大きな湖があり、もっとも東の湖の端が示される。ここから100キロメートルぐらいか。

 そうしてさっそく、明日、連れて行ってもらうことになった。


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