♠行き詰まり
♠照和39年(YE2739年)7月
♠カナル国際管理地域
前田さんが送ってくれたのは、前線のテント村まで。
そこからは2台の車に分乗し、5人の武士とともに、件の湖近くに来ていた。
「このあたりです。もう6日前なので、今はどこにいてもおかしくはないですが……」
今にも雨が降り出しそうな曇り空。気温は暑いとまでは行かないが、湿度が高くて不快だ。7月だからかと思っていたら、4月がもっとも酷いとのこと。南と北に標高500メートル程度の山脈に挟まれ、何しろ緑が多い。鳩で上空から見下ろしても、あちこちで視界を遮られるのがやっかいだった。
「滝沢くん、東のほうに入っていきましょ」
「手がかりは期待できないのです。自分たちで探すのです」
2人の言うとおりだ。
「ありがとうございました。ここからは自分たちで索敵します。皆さんも哨戒任務にあたってください」
この戦線の念食獣は強く、数も多い。5人の武士で隊を編成して哨戒に当たるのが基本とのこと。テント村で見かけた限りでは、フチテー大陸東南地域の諸国から来ている武士が大多数。ただ上層部は、大和国武士が占めているようだった。
「本当に3人で行かれるのですね。いえ、我々が特級武士を心配するのは、おこがましいのでしょうが…… それではお気を付けて!」
「そちらこそ、お気を付けて! 従魔召喚!」
老良さんが運転、一文字さんは助手席で車を強化、俺は後部座席に座り数十羽の鳩の視覚を観察する。索敵範囲だけでも、武士隊10隊には相当するんじゃないかな。
「すごい……」
感嘆の声を漏らす武士5人と別れて。
俺たちは東へと、車を走らせた。
――♠――♠――♠――
2人の刀が舞い、6本の足と尾が胴体から切り離される。Cレベルの念食獣もこうなると哀れだ……
【滝沢くん、あとはお願い!】
【もう大丈夫なのです】
俺が従わせている念体が増えるにつけ、その数が多いだけに、大量の念が強化に必要であった。不謹慎だがそうした状況に、このカナル戦線はありがたい。ヘラクレス海峡ではほとんどできなかった念の増強が、極めてはかどる。
【これで4体目か。30分に1体のペースかな】
見つけた念食獣をすべて倒しているわけでは無い。レベルにもよるが、移動に時間がかかる場所の念食獣は、地図に印を付けて放置していた。もっとも、弱い念食獣であっても、ほかの念食獣の糧になるので狩っておいたほうが良いのだが、俺たちの機動力も限られる。俺の従魔が強ければ戦いようもあろうが、この点では俺の念深がDレベル止まりであることが恨めしい。
「もっと車の速度を上げるのです?」
「うーん、これ以上だと見落としそうだなあ……」
「分かったのです。現状維持なのです」
車に戻り、念信は張ったままだが、老良さんが声に出して話をする。
念信だと俺は2人と同時に会話が可能だが、老良さんと一文字さんの間は俺が言い直して聞き手に伝える必要がある。鳩の視覚については更に状況は悪く、見ることができるのは俺だけ。
敵が強くなり、3人が強くなるに連れ。もろもろの念信の制限が、戦闘の効率化を図る上で、ネックになり始めている。
「滝沢くんも、疲れたらきちんと教えてね?」
「ありがとう、一文字さん。色が分かれば、楽なんだけどね……」
写真から鳥蛇の体長は10メートル程度であることは判明しているが、モノクロなのでその色は不明なのだ。胴体のうろこは濃い青色なのだそうだが、木陰に寝そべられていたら見落としてしまいそうな色だ。この草木の多い地帯から探し出すのはつらい。羽毛の翼を広げていれば目立つと思うが、普段はどうしているのやら……
――♠――♠――♠――
「……滝沢くん! 滝沢くんったら、大丈夫?」
「疲れているのです。休憩するのです」
車が、俺たち専用と化している道路で止められる。念食獣が北上している中、カナル国際管理地域の東側住民はほぼ避難していた。
4体目を倒してから1時間ほど過ぎ。俺は一文字さんからかけられた言葉を、無視してしまったようだ。
なんたる不覚。
車を降り、近くの木々の木陰までフラフラと歩いて、大の字に寝転ぶ。
このままではダメだ……
枝葉の隙間にのぞく空には、灰色の雲が一面に垂れ込めている。
アフリ大陸ではキョウコさんから、俺は念幅を生かせていないと指摘を受けた。
ヘラクレス海峡では上手く指揮ができたが、念幅系能力はアフリ大陸の頃から進歩はない。状況が俺の能力に、たまたま合致していただけだ。
今も鳩数十羽で広域を監視できても、俺の脳の処理が追いつかない。鳩も車ももっと速く移動できるのに、俺の能力に合わせて著しく速度を落とさざるを得ない。そして、そうやって負荷を下げても、長続きはしない。
「くそっ」
思わず引きちぎった草が、北からの風に乗って飛んでいく。
――と、近づいてくる2つの、草を分ける足音。
「ねえ滝沢くん。お願いがあるのだけど……」
「側室が良いことを考えたのです。業腹でも、試したいのです」
上からのぞき込む2人の顔が、俺の気を知らないわけでも無いだろうに、どこかニタニタしていた……
――♠――♠――♠――
「従魔召喚!」
飛ばしていた鳩を一旦すべて解放し、改めて2羽を念製する。
「……ちょっと待ってくれ」
俺は野原で座禅を組み、すー、と深く、呼吸をする。
一文字さんの依頼は、「2人と最大限の感覚を共有して欲しい」という話だった。それだけでもヤバいが、そうした上で、2人のほうが「俺の感じていること、思っていること」を精一杯感じ取ってみる、と言うのだ。
俺は念信相手の思念を理解しているし、鳩の見ているものも見えている。共有する感覚を広げれば、それらが2人にも受け取れるはずだ、という理屈である。今までできていなかったのは、「念による情報は、五感による情報より、意識の一段階奥まったところにあるから」という、仮説だ。
「うふふ、何を緊張しているの、滝沢くん?」
「ジタバタしても無駄なのです。善は急げなのです」
問題は、「俺の感じていることを、長時間、丸裸にさらし続ける」という点。過去に試したときは短時間で打ち切っていたのでごまかせたが、長時間エロエロな雑念を思い浮かべずにいるのは不可能である。この2人の小悪魔がニタニタ顔なのは、既にそんな実情が見透かされているからだろう……
……
「あーもう、よしっ、開き直ったぞ!!」
(パチパチ)
なぜか拍手をする2人。完全にからかわれている。
「どうなっても知らないからな!?」
「うふふ、どうなるのかしら?」
「主人と妻は、一心同体なのです!」
「とりゃー!」
俺としては鳩をぶつけるつもりで、思いっきり胸に突進させたのだが、
「はい」
「はい、なのです」
念深Bレベルの2人に通じるはずも無く。
難なく受け止められて、鳩がその胸に沈んでいく。
「従魔召喚!」
もう1羽、鳩を念製して、数百メートルも離れた車の、運転手席にとまらせる。キーが挿しっぱなしだが、周りに人なんて、いはしない。
鳩の前には車のメーター類があり、これらが2人にも見えれば成功だ。
俺は目を閉じて、鳩の視覚に集中してみる。
【どうかな?】
念信で感覚を最大限に共有していく。
俺のほうにも一文字さんと老良さんの感覚が伝わってくるが、これを意識すると社会的に危険だ。
「何も見えないわね……」
「真っ暗なのです」
お互いに情報を交換するためだろう、2人は念信ではなく、声に出して状況を伝え合う。
すぐに上手く行くとも思っていなかったが、実際こういう状況になってみると、次にどうしたら良いのか思いつかない……
「滝沢くんは、鳩の視覚を意識していればいいの」
「私たちのほうで頑張るのです」
俺の困惑が、念信で伝わったもよう。と言われても、車のメーターをずっと見ているのも飽きるんだけど――
「あっ、もう! 答え、頭に思い浮かべちゃダメ」
「台無しなのです……」
……そんな無理難題。
ええい、次だ。次っ。
外の景色にでもするか?
俺は鳩の視線をメーターから外して、飛び立たせ……
【!?】
鳩の前に突然でかい口。
そして暗闇に閉ざされる――
「見えたわ!」
「歯は80本なのです!」
目を開き、車を見やる――
巨大な蛇状の体躯、鈍くも青黒く照るうろこ。
そのような胴体には不釣り合いな、鳥のような細い4本の足に、羽毛の生えた大きな羽を広げ。
そいつは車を不思議なものを見るかのように警戒しながら、近づこうとしている。
捜し求めていた鳥蛇が、そこにいた!




