♠ダンマルク国の3兄弟
♠照和39年(YE2739年)6月
♠エスパーニャ王国 ヘラクレス海峡
「あれが山です、アフリ大陸の」
俺たちはフチテー帝国の駆逐艦に送られて、エスパーニャ王国南の港町アルヘシラスに着いた。そこからさらに車で小一時間ほど西に移動して山中で降ろされ、ちょっとした山を駆け上がり、海峡を見下ろしている。俺たちのいる場所が、この最南端ではもっとも高い小山だと分かったが、武士で無ければここに来るのは難しいだろう。
アルヘシラスの武士団拠点に居合わせた中で一番大和語が上手いという30近い男の武士が、海を隔てた南の山を指差して説明してくれる。時刻はまだ昼過ぎ。良く見える。
「15キロメートルくらいなのです」
短めの髪をなびかせて言う、老良さん。北西からの風が強く、もう髪がボサボサになるのは諦め、スカートがまくれ上がらないよう両手で抑えている。この時代のスカートは長いので、そこまで気を配らなくても大丈夫だと思うのだけど、計算上起こりえるのだろう。
「船は行き交っているのね」
一文字さんの指摘通り、漁船、連絡船らしき船は何十もいる。ちなみに一文字さんの両手はフリー。スカートは念体で押さえている。こんなところで、老良さんとの念幅能力の差が出ている。
「みなさん働いている、生活のため。だから止められない、すぐに。そして、念食獣はできません、泳ぐ。彼らは歩く、海の下」
なるほど、それなら海の上はかえって安全かもしれない。そういえば、水中戦は訓練を含めてやったことがない。必要が無いのだろう。
「念食獣は、どこらあたりに上陸してくるのですか? ……えっと、どこが念食獣の来る場所? あそこ? ここ? 向こう?」
俺の質問の意味が分からなかったようなので、身振り手振りを交えて質問し直す。大和語が通じるだけありがたいが、この先言葉には苦労しそうだ。
「はい、多分、全部。少し、多い、ここ」
海岸線を指差しながら説明する武士。東西に延びる海岸線に偏り無く上陸してくるようだが、西の方がやや多いようだ。俺たちが入港した港町アルヘシラスは東側、この近辺での大都市はずっと西に位置するので、念食獣に侵入されたとしても、町までには結構猶予はある。しかし……
「従魔召喚!」
数十の鳩を召喚し、一斉に海に解き放つ。案内の武士が驚いている。鳩の視覚を通して地形を確認すると、海峡北側、すなわちエウローペー地域側の海岸線は、切り立った崖が多い。
「困ったな……」
今までいたミスル共和国は砂漠が続いていたので、定期的な偵察により念食獣の接近を事前に捉えることができたが、ここではそういうわけにはいかない。
「警戒すべき海岸線は、50キロメートルほどなのです。印旛県の玉浦砂丘海岸が、60キロメートルなのです」
どこまで正確なのか怪しい地図を見ながら、老良さんが情報を提供する。鳩の視覚を老良さんに共有できれば、ずっと精緻な地図を作製できそうだけど、無い物ねだりをしても仕方が無い。
「真ん中にいれば、どこに上陸されても30分ぐらいで駆けつけることはできるわね」
そう一文字さんに言われてみれば、砂漠を移動するよりは楽かな。このあたりの地形なら、車より自分たちで走った方が速いだろう。けど、それを前提に方針を決めるのも、いかがなものかとは思う。
こうしてあれこれと今後の作戦を思案しながら、俺たちは最南端にある小さな港町タリフへと向かった。
――♠――♠――♠――
「従魔召喚!」
「トレビヤン!」
もう何度目だろう。鳩を召喚し、今回はジャベロ共和国から派遣されてきているという3組の武士隊の隊長と、それぞれ念信を張る。初対面ゆえ視覚の共有には至らないが、言葉のやりとりは問題なし。基本的な大和語を確認して、意思の疎通を図る。隊長レベルの武士なら、「1、2、3」といった数や、「東西南北」といった方角程度の大和語は知っているので、なんとかできている。……よな?
作戦を検討した結果、海岸線を監視している数十の武士隊の隊長と俺が念信を張り、連絡を取り合うことになった。このヘラクレス海峡の海岸線では、主にエウローペー地域各国から派遣された武士が、同じ国同士数人で隊を組んで、念食獣の監視をしていた。念信Dレベルの武士たちばかりで、念食獣を発見したら数隊が協力して戦っているという。町を除いて、2交代制、1隊あたりの監視範囲は数キロメートルに渡り、綱渡りの防衛体制といえた。
「次の場所、国バラバラ。そして、いる、心、強い」
昨日に引き続き、案内役を務めてくれる武士。その独特の大和語にも、慣れてきた。舗装されていない道路を車で走ること十数分、次の武士たちが見えてくる。左側に5人、右側に3人。1隊3人だけというのは、初めてだ。しかも……
先に、今は休憩時間帯だという男2人に女3人、ブルークゼーレ王国からの武士隊とやりとり。女の隊長と念信を張って、別れる。次は例の、男3人だけの武士隊だが、1人がとても若かった。
「3つ、ダンマルク国から来ました。兄弟、です」
「よろしく」
案内役の紹介に続いて、隊のメンバーと握手をしていく。これはどの国の隊とも、行ってきた儀礼だ。ところが3人目、俺たちよりも若いんじゃ無いかと思える武士が、そっぽを向いて手を出さない。ぐぬぬ…… 俺より背が高いので、なおさら腹が立つ。
「Sig hej!」
兄2人が顔色を変えて何やら注意を始めるが、弟は一向に言うことを聞こうとしない、っぽい。案内役の武士が、仲介に入ろうと兄に説明を求める。しかしこの2人も、お互い慣れない外国語を使っているのだろうか、話が長引く。なんだこの、ダルい展開。そうして、ようやく……
「彼は言う。私は強い。あなたは弱い。だから、彼、手を振る、できない。彼はしたい、戦う、あなたと」
……聞いてみればなんてことは無い、この3人目、ウジイエのようなツンデレキャラか。しかしウジイエは年上だったから心の余裕を持てたが、年下っぽいやつにこういう態度を取られるとかなり頭にくる。
俺より身長高いし。
ここは、ゲームの煽り展開に、乗ってやろうじゃないか。と――
「あなたさまが出るまでもないのです。私がやるのです」
俺と3人目の間に、老良さんが割って入った。普段より低い声、ゆっくりなしゃべり。……怒っていることが良く分かる。
「Jeg vil ikke kæmpe med en sådan lille kvinde!」
3人目が何か言っている。
案内役武士が長男に説明を求める。また、まだるっこしいやりとり。
そして案内役が「彼は欲しくない、戦う、小さな女」と説明すると、老良さんは3人目の腹に左手を当て、軽く突き飛ばした。
面白いように砂利道を後転する3人目。しかし器用に回転を利用して、スクッと立ち上がる。
「武具召喚!」
さすがにその大和語は、話せるのか。3人目が召喚したのは斧だった。これが本物だったらかなり使いづらそうだが、念体の武器は、見た目通りとは限らない。
「Stop det, bror!」
お兄さんたちが叫んでいるが、大丈夫だろう。怪我人が出るような状況になるとは思えない。
案内役の武士が「滝沢さん、危ない、止める、ください!」とか言ってくるが、俺は両手のひらを天に向けて、ヤレヤレのジェスチャーを取る。……このジェスチャー、通じるのかな?
老良さんは老良さんで、右人差し指で「来い、来い」と挑発している。
「うおー!」
斧を振りかざし、老良さんに向かう3人目。
次の瞬間、老良さんは3人目のふところに潜り込んだかと思うと、足を出し。
派手に転ぶ、3人目。
見事に顔からヘッドスライディングならぬ、フェイススライディング。
痛そう……
その様子を見て、兄2人と案内役武士は、声を上げるのをやめる。老良さんと3人目の念深に、雲泥の差があることに気づいてくれたようだ。それを分かっていないのは、あの3人目だけ。立ち上がっては攻撃を仕掛け、老良さんに転ばされるか、ぶっ飛ばされる。
ふむ。なかなかの根性だけど、この3人目、それだけではないな……
「念深D+、おそらく海岸線にいる武士で一番強いのです」
今度はデコピンで吹っ飛ばし、解説をしてくれる老良さん。やはり俺より念深が深いのか。もっとも今の俺なら、これくらいの上級武士もどきは、鳩で一方的にボコれるけれど。
もう10回以上はぶっ飛ばされたか。ようやく3人目は武具を消して、老良さんの前に座り込む。出ました、武士の間では万国共通、大和流全面降伏姿勢。
そして顔を地に伏せ、何やら叫んでいる。その意味は分からないが、これはいつぞか見た光景、言いたいことは分かってしまう。
それは老良さんも同じなのか、3人目の顔を上げさせ、俺を指差し、頭を下げさせる。それには頭を振り、抵抗する3人目。それを受けて老良さんは立ち上がるや、3人目の横っ腹に蹴りを入れる!
おー。
この戦いでもっとも派手に転がっていく3人目。
あれで怪我はさせていないんだろうなあ。称号「算」を与えられた念能力が、無駄に発揮されている。
……そうしてついに。3人目は俺にも大和流全面降伏姿勢を決めた。




