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♠照和39年(YE2739年)7月
♠エスパーニャ王国 ヘラクレス海峡
「稽古をお願いするのです!」
褐色の髪に緑の目、彫りの深い顔。そんな武士は珍しくなかったが、白というよりはピンクがかった肌は、エウローペー地域でも北の国々の特徴のようだ。そしてさらに、ダンマルク国3兄弟の一番下のコイツは、ソバカスが目立つ。年齢はやっぱり俺たちよりも下、14歳だった。
海岸線を監視する多国籍武士隊に念信を張ってから2週間、俺たちはダンマルク国隊が非番になるつどにこうして呼び出されていた。この3人兄弟、人数がもっとも少ない隊であるがゆえに、海岸線の中央よりやや東側、念食獣の出現頻度が低めで、辺りに町や村の無い区域を割り当てられている。つまり、俺たちが普段待機している町、タリフからも近い。
念食獣も出現していないのに俺たちを招来するのは、大げさに言えば軍紀違反ともいえる。しかし武士隊は、軍隊では無い。そして念食獣退治の新体制も軌道に乗り、正直、俺たちは暇になり始めていた。ミスル共和国の戦線と比較すると、海を渡る力を持っている念食獣だけあって強いやつは多いが、出現頻度はずっと少ないのである。
こうした状況に対する基本戦術は、こう――
まず念食獣を発見しても、手出しは禁止。
念信で連絡して、周辺の隊を集結させる。
その間、俺の鳩で念食獣を攻撃して、老良さんが分析。
それを元に作戦を立て、十人前後の武士たちで狩る。
……念深がせいぜいDレベルの武士達といえど、これで大抵の念食獣は退治することができた。一文字さんが直々に相手をしたのは、3頭だけである。
俺たちがこの地に着任してから死者はゼロ、負傷者は出てしまうが重傷者は格段に減ったそう。俺たち3人の評価はうなぎ登りで、今やどの隊にも歓迎され、隊長たちとの念信も視覚共有できるまで信頼関係は高まっている。
「▃▅▇はしつこいのです。仕方が無いのです。かかってくるのです」
「ありがとう、なのです!」
そのような中、老良さんも世話好き。なるべくして、稽古が始まる。3人目は大和語の勉強にも熱心なようで、少しクセのある大和語もメキメキと上達している。そんな3人目を、老良さんも「▃▅▇」と愛称で呼ぶようになっていた。2人の会話を聞いていると、姉弟のようで微笑ましい。
「うふふ、▃▅▇▇▇くん、念深が深まったわね。すぐCレベルに届きそう……」
一文字さんもアイツを気に入っているよう。もともとお姉さん気質だし、年下の男が好きなんだろう。
……俺は妬いてなんか、いないんだからね。
3人目の奴の成長が早いのは、相応の理由があった。
念食獣は、発見した隊が倒すことが、不文律になっている。そうした中で、ダンマルク国隊は、貪欲に念食獣を探す隊だった。さらにこの隊は、彼らの末弟、3人目にとどめを刺させ、念を吸わせている。武士隊全体と比べても、3人目の成長はめざましかった。
……強い念食獣が出現し、軽傷とはいえ怪我人も続出していたが、「これくらいの任務では、俺たち3人の成長が止まってしまう」などと贅沢な悩みを抱える始末。
だがそんな日々は、長くは続かなかった。
――♠――♠――♠――
「行かないでください、なのです! 師匠たち、いなくなる、俺たち、死ぬです!」
「▃▅▇、ごめんなさいなのです」
ピシッと礼の姿勢を決めて、3人目が泣き叫ぶ。それは老良さんがこの1ヶ月で厳しくしつけた礼儀作法。
それを悲痛な表情で受け止める老良さん。俺や一文字さんにも、かける言葉が無い。
3人目の言うことは大げさなところがあるが、間違ってもいなかった。ダンマルク国隊は3人、いくら3人目が多国籍武士隊で最強であってもCレベル程度だし、念食獣は初見殺しの動きをするものも多い。「多人数で攻撃して、危険を分散しながら念食獣の特徴を探る」という戦術を取れないのは、大きな問題だ。
これが、ダンマルク国隊とペアを組んでいるブルークゼーレ王国隊は5人いるのだから、1人を回せば解決、ともならない。両国は言葉が通じないし、3人兄弟の連携も崩れてしまうだろう。
ダンマルク国がもっと武士を派遣すれば良いではないか、というのも話が違うだろう。かの国の人口は、ブルークゼーレ王国の半分以下なのだ。人数の面でも質の面でも、ダンマルク国武士団は、できることをしているように見えた。
かと言って、俺たちが残るわけにもいかないのである。
このヘラクレス海峡に来て1カ月が過ぎようというところ、大和国武士団から使者がやってきた。早くも、次に異動しろ、と言う。
場所は南北のアルバ大陸をつなぐ、カナル国際管理地域。30年前、ブラズィウ連邦共和国に大量発生した念食獣たちは、広大な南アルバ大陸からも溢れ始め、いよいよ北アルバ大陸へと北上を始めたそうだ。
南アルバ大陸の念食獣は、フチテー帝国と並ぶ世界の大国であるアルバ合衆国が抑えていたが、こと武士については層が薄かった。当初は大和国、フチテー帝国ともに武士の派遣を申し出ていたが、アルバ合衆国人は独立心旺盛でプライドも高く、断ったそうだ。
そんな状況のアルバ大陸なのだが、今回、北上している念食獣たちの中に1頭、とても強力な奴がいるらしい。大和国武士団は、そいつを倒すために、特級武士を派遣する必要があると判断した。そこでカナルにもっとも近い地域に赴任しており、しかも暇を持て余している、俺たちに白羽の矢が立った、ということらしい。
いつまでも3人目の慟哭は止まらない。案内役武士は、まだ連絡する隊がたくさん残っていると、俺たちを急がせる。
俺たちは3人目の説得を諦め、兄2人と別れを告げて、次の隊へと向かった。




