♠超高校級
「丸山さん、会敵! 2名!」
俺はつい、必要以上に大声を上げて主将に報告する。
【丸山さんが2名と会敵】
【了解! 進路を北側に寄せる】
副主将への念信も忘れない。もともとの作戦通り、副主将組は丸山さん方向に進行方向を変えたもよう。
「声が大きいぞ……2名か……裏に回り込めるか?」
さっそくつっこまれたが、そこまで。主将はまたも時計を確認して、聞いてくる。
相手側が2名なら、その進行ペースは遅くなる。丸山さんが相手陣に食い込んだ形での、会敵のはずだ。
【丸山さん、相手の裏に回れそうかな? 視覚共有して良い?】
【はい、滝沢くん。気付かれないで回り込むのは無理かな……】
返信とともに、丸山さんの視覚を通して様子を見る。
その目の前は、川を挟んで、緩やかな谷になっている。敵は見えない。
【どこのあたり?】
【川に1箇所、木々が覆っているところがあるでしょ? あの反対側の上のほうの斜面、今は2人とも隠れている】
なるほど、敵はここを渡るつもりか。
「川を越えることになります。見つかる可能性大」
「そうか…… 副主将組は向かっているよな?」
念信は相手のいる方角しか分からない。試合開始直後から開きつつあった丸山さんと副主将組の角度は、また縮まりつつある。だが丸山さんが止まっているので、ある程度は当たり前だ。
「はい、進路変更の応答はありました」
主将は考え込んだが。それもほんの数秒のこと。
「丸山を囮にする。川を越えて回り込ませろ。副主将組が到着するまで、敵を惹きつけさせるんだ」
!
俺は一瞬反論したくなったが、その気持ちを抑える。ほかにも敵がいる可能性があるが、そんなことは主将も分かっているだろう。
【丸山さん、川を渡って回り込み、敵をひきつけて。副主将組が向かってる】
【了解。視覚共有、切ってね】
間髪入れずに応答が入り、丸山さんと共有している景色がはずむ。
鳩は自分で動かしているし高度があるので良いのだが、地表近くの視覚が急激に動くと気持ち悪くなる。
「おい、滝沢、大丈夫か?」
「すみません、少し酔ってしまいました。大丈夫です」
そう返事をしながら、丸山さん担当の審判はどう追随するのだろう、などと考えてしまう。そしてそれも、ほんのつかの間……
【滝沢くん! 敵、気づきました。2名、追ってきます。奥に進みます】
【了解、気をつけて!】
丸山さんに短く応答し、
「丸山さん、2名に追われています」
と、主将に報告。
敵も囮であることは分かっていると思うが、乗ってきたようだ。何か策があるのか、それとも丸山さんを速攻で仕留められると判断したのか?
「向こうは2-3編成の可能性が高いな…… 残り3人の発見は、俺たちにかかってる。急ぐぞ!」
「はい!」
丸山さんなら1対2でも勝てるんじゃないかという思いもよぎったが、すでに固定目標2つを発見して1点取っている。賭けに出る場面では無いか……
主将について斜面を下ることしばらく、ついに方角が重なった。
【副主将組、丸山さん、方角重なりました!】
【了解した!】【了解!】
俺の念深に2人とも即応。
俺から見た副主将組と丸山さんの方角が一致、つまり3組の位置が一直線になった。副主将組は、彼らの視点で、俺のいる方向と反対側に向かえばいい。
「方角一致!」
俺は主将にも報告。これだけで意味は通じる。
「思ったより早い…… 丸山が南側に敵を引き寄せたのか?」
珍しく、主将が判断に時間をかける。俺たち2人も川の近辺にたどり着いており、これ以上敵側に進むには、10秒弱は身を晒すリスクを払う必要がある。
「丸山に、諦めたふりをして迎撃するよう、指示しろ。それと副主将との念信を外して、残り3人の索敵に切り替えろ。この川沿いを重点的に探せ」
「は、はいっ!」
主将が勝負に出た。
すぐに念信で2人に連絡。2人とも即答したが、俺の気は重い。鳩2羽の視覚を共有しながら操作するのは、かなり精神的に疲れるのだ。
「鳩を一時的に上空に上げてみろ」
そんな俺の心理を読み取ったか、主将が指示を出してくる。
「はい、北側の鳩から上げますよ」
開始早々に固定目標を発見した鳩を、上昇させる。
あれから北側を深く切り込み、今は手前に戻しながら南側へと移動させている。
「お、見えた。近いな。これはこの調子で行け」
鳩は俺たちの前方やや南寄りの山の木々から姿を見せた。敵の背後に回っているはずだから、気づかれる可能性は低いだろう。
「もう1羽は1キロは離れていると思いますよ」
そう言いながら、副主将から外した鳩を上昇させる。
「こっちは見えないな。あの稜線の奥ってところだな。川沿いの木々に沿って、我々側に寄せながら探せ」
「はい!」
主将は気軽に言うが。
木々の上を飛行させるのなら簡単だが、それでは幹に隠れながら移動しているはずの敵を発見できない。鳩を枝に止めては周囲を見渡し、また次の枝に移っては見渡しの連続。実際にその場所を走るよりは、ずっと早く、広い範囲を偵察できるが、2箇所同時にこなすのはきつい……
が――
「主将、見つけました。すぐそこ、2人です!」
そう言いながら、鳩を上昇させる。川を挟んで300メートルか。こちら側に向かってきている。あと1人はどこだ?
「敵も2-2-1か。既に俺たちは見つかっているかもしれない。もう1羽の鳩は開放しろ。南に移動するぞ」
それはあの敵に近づくことを意味する。3対2に持ち込まれるくらいなら、2対2のほうがマシという判断か。
幹に隠れながら、川に沿って走る。
敵も周囲を警戒しながらこちら側に。
もう川を挟んで正対するが――
「滝沢、後ろ!」
突然の主将の大声に振り向くと。
赤2番のゼッケンを付けた小柄な女子が、武具を振りかぶって突進してきた。
「きえー!」
「防具装着っ」
尻餅をつきながらも、左手に小盾を生成し、なんとかかわす。
念深は確実にDレベル。丸山さんほどではないが、重い一撃。
「敵2人が川を越えたぞ!」
主将が赤2番の女子と切り結びながら、あごで河原を指す。
あの2人、索敵をしていたのは演技、俺たちには気づいていて、挟み撃ちの機会を狙っていたようだ。
3対2に持ち込まれる。
俺は立ち上がって武具を召喚し、主将の援護に入る。
敵女子は、すぐに河原方向へと引き下がる。
それを追撃するわけにはいかない。
「他のメンバーと合流しよう。鳩で牽制しろ」
言うや、主将は全速で走り出す。俺も遅れず追う。
偵察用の鳩2羽はすでに開放済み、またすぐに手元で念製できる。鳩たちは、まともな武士の相手にはならない。それがバレないよう効果的に使って、時間稼ぎをしないと……
【丸山です。敵2人を倒しました。こちらは副主将が討たれました】
!
丸山さんから念願の念信が入る。
走りながら、主将に報告。
「そうか…… 滝沢、河原に出る! 3分持ちこたえれば、形勢逆転だ!」
【こちら敵3人と会敵。川に沿って南へ逃避中。応援求む!】
【! 丸山、了解。……ね、滝沢くん、この鳩、宮▇█先輩に移して!】
丸山さんに念信を送ると、思いがけない返答。
意図が分からないが、すぐに実行する。
鳩を離脱させると下り斜面、丸山さんの後方で手を振りながら木々を縫って疾駆する先輩の姿が見える。
【滝沢くん、聞こえる?】
【はい、聞こえます】
【丸山さんから交代してごめんね。よろしく!】
2年生唯一のレギュラー。次期主将候補で、念深、念幅のバランス型。頼りになる先輩だが、からかいが入っていて、これだから年上の女性は苦手だ……
「滝沢、追いつかれる。ここで迎え撃つぞ。粘れ!」
主将の声に振り返ると、例の女子を先頭に、男2人がすぐそこまで迫っていた。
「武具召喚! 従魔召喚!」
俺も矢継ぎ早に武具を右手に呼び出し、鳩1羽を念製して女子の足元に飛ばす。
驚きを見せた女子は、それでもすかさず立ち止まり、男2人もそれに習う。
足止めに成功!
「従魔召喚!」
その様子を見て、俺はもう1羽を念製。
男2人にけしかける。
「この虚仮威しが!」
数刻も経っていないのに。
女子は落ち着き払い、鳩を適当にあしらいながら、こちらに向かって歩いてくる。鳩が大した脅威ではないことを、もう見破られた。
女子は俺を、男2人は主将を相手にするようだ。
ヤバい。
「きえー!」
また身がすくむような掛け声とともに、女子が向かってくる。
たまらず小盾で防戦、とてもじゃないが、打ち返せない。
力量の差が歴然としている。
「持ちこたえろ!」
主将から激が飛ぶが、そういう自身も防戦一方。
「去年の借りを返す!」
「やられるか!」
と応酬が交わされ、敵の2人と主将は顔見知りみたい。
「よそ見されるとは、舐められたものだな……」
女子から低い声。
俺が鳩2羽で頭や背の紙風船を狙っているので、思うように攻められず、イライラされているご様子。
喋らなければ、結構かわいいのに……
「もう少し優しく願えませんかね……」
「ぬかせ!」
俺の戯れ言に向かってくるかと思いきや、一瞬で鳩2羽を叩き落とされる。
やられた!
とっくに動きを見切られていたのだろう。これ以上攻撃を受けると召喚できなくなるので、2羽を解放。
「勝負あったな、もらった!」
女子の撃ち込みで小盾が消滅。
追撃が俺の頭を襲う。
終わった――
「はあーっ!」
俺の頭の紙風船が破られた、その瞬間。
左手から現れた美少女が、主将と相対する男の1人の背を撃ち、瞬殺。
続いて、俺を倒した女子に躍りかかる。
「ごめんなさいっ。間に合わなかった!」
俺が手も足も出なかった敵女子に、丸山さんが次々打ち掛かる。なるほど、宮▇█先輩と別れて、全速で来たのか。
「なんだ、こいつ? 私が相手にならないだとう?!」
そう言いながらも丸山さんの剣を受け流し、持ちこたえる。
この赤2番、かなり強い。俺はこんな人の相手をしていたのか。
「青4番、退場!」
背後から、審判の無情な通告が届く。
俺はすみやかに武装を解除し、まだ姿の見えない宮▇█先輩からも、鳩を離脱させて解放する。くやしいが、ここからは特等席での観戦だ。
……丸山さんから遅れること数十秒、宮▇█先輩も到着して、試合は一気に決着した。
6点対2.5点。我らが松本士道高校の勝利だ。
最優秀選手は3人を倒し、固定目標1つを発見して、1人で3.5点を獲得した丸山さん。俺は固定目標1つを見つけたものの、やられてしまったので、トータルでは-0.5点だ、情けねえ。
最後は全選手揃ってそれぞれ整列し、一礼。お互いを称え合って解散、という流れ。
俺は向こうの2年生補欠の女子生徒に頼まれて鳩を念製しながら、先生方の交流に聞き耳を立てた。
「そちらの新入生2人はすごいですな。超高校級ですよ」
「ありがとうございます。それだけに、来年も、というわけには、いかないでしょうけどね」
「……このご時世、優秀な生徒を持つとつらいですな。おまけに地域大会も厳しい、と……」
「なに、貴校の分までがんばりますよ。全国には届かずとも、信濃魂をぶつけてみせます」
「おお、応援しています。ご健闘を!」
……俺と丸山さんの念能力は超高校級だが、それでも全国大会に進むほどの力は無い、と言う話のようだ。
くそー、特訓して見返してやる!