♠北中部大会 開会式(夏)
♠照和38年(YE2738年)7月(夏)
♠越中県 北中部大会会場
いよいよ今日から北中部大会。ゲームを開始すると、士道大会が行われる越中県の大会会場に来ていた。すでに多くの学生や教職員で賑わっている。
選手控えテントに行かねばならぬようだが、場所が分からない。……と思ったら、「こちらです」と矢印が宙に浮かんでいた。
こういうゲームっぽいのは久しぶりだな……
矢印に従い歩くと、テント村に着く。長机と椅子が設置された屋根だけのテントが、いくつも並んでいる。
丁字路に突き当たり、矢印は左を案内しているが、「右側に注意」という看板も浮いている。
……もう引っかかるかよ。左側に注意を向けると――
ぽよ~ん
右側から何か柔らかい物体がぶつかり、俺は地面に倒れる。
(から~ん♪ から~ん♪)
どこからか教会の鐘の音が、荘厳に鳴り渡る。
くそ、やられた!
しかしこれで2回目、受け身はしっかり取っている。
のだが。
大地についたはずの、両の手のひら。
その感触が、柔らかい。
(わし)
念のため握力を喪失していないか確認してみると、心地の良い反撥。
「何をしているのです?」
母なる大地から、低血圧そうな女の声が聞こえる。
……おっと、ゲームだと思って、調子に乗ってしまったか。
俺は心を落ち着かせながら、ゆっくり、ゆっくりと立ち上がる。
供に倒れこんだ柔らかい物体に手を差し出し、助け起こす。
お互いにパンパンと、服やズボンについた土ぼこりをはたく。
「怪我はないようだね。あー、なんだ、前を向いて歩かないと、危ないよな。お互いこれから気をつけよう。では!」
原因を分析して今後の対策を提示し、俺は控えテントに向かうことにする。
ところが、がしっと掴まれる、俺の左腕。
力が強い。これは俺より念深が深いな。
「私の身体を弄ったのです。責任を取るのです」
ふむ、普通にかわいいし、女子高生とは思えぬバディが体操服を我が儘にしている。
そう、どこかの誰かさんと、そっくり。なら次は……
……少し待ってみたのだが。『Re-birth』のように、ソロバンAIが介入してくるきざしはない。当てが外れた。
どうする? 先刻の俺よ、握力確認は軽率だったのでは。
と――
「開会式の時間です。係員が案内しますので、各校は指示に従ってください」
拡声器から大音量。
「滝沢くん~ こっちよ、急いで~」
左側から丸山さんが、声を上げて走ってくる。
白い半袖シャツにゆったりとした短パン、夏の体操着姿も麗しい。
「ちっ、私の貞操を奪っておきながら、あんな女をつくっているのです……」
柔らか物体が、妙に聞き覚えのある舌打ちとともに、時系列を倒置させた被害妄想を吐露する。
「やむを得ないのです。日を改めて、婚姻の日取りの相談にあがるのです」
そう物騒なことを言い残して、柔らか物体は反対方向のテントへと向かっていく。
「どうしたの? 先生や先輩方が待っているわよ」
「不幸な行き違いが生じた。俺には丸山さんがいる」
「……早く行きましょう」
完膚無きまでに、スルーされ。
傷心の俺は、丸山さんの後を追う。
――♠――♠――♠――
広めの公園の中、8校8人、計64人の学生を中心に、大会関係者や学校関係者が集まり、開会式が行われる。
来賓として称号持ち、長尾・風・晴信という上級武士が登場して場内がざわめいたが、開会式一番の注目はなんと言っても勝抜戦の組み合わせ抽選だ。
我らが松本士道高校からも主将が壇上に登り、緊張の面持ちでくじを引く。緊張してもくじの結果に影響はないと思うが、気持ちは分かる。
……そして結果発表。
俺たちの1回戦は明日の第3試合、相手は御野県代表に決まった。
その途端――
「あ~」
先輩方から、悲嘆の声。
思わず後ろに並ぶ丸山さんに振り返ったが、首を振っている。
「どうして嘆いているんですか?」
補欠なので更に後ろ、声を上げていた3年生女子、柳▇▅先輩に聞いてみる。
「あなたたち、知らないの?! 御野代表には1年生にして称号持ちの、天才がいるのよ!」
呆れながらも説明してくれる、柳▇▅先輩。
称号持ちって、上級武士ってことだよな。子供の喧嘩に、大人が参加するようなものじゃないか。これが全国大会に進めない理由。確かに厳しい……
――♠――♠――♠――
そんな開会式も終わり、会場を去ろうというところ。
不穏な気配を漂わせた柔らか物体が、7人を従えて近づいてくる。
「早速1回戦で戦うことになったのです。契りを結んだあなたさまが相手でも、私も県を代表する身、正々堂々と勝負に挑むのです」
そう言って、お辞儀をする柔らか物体。礼儀正しい。これで話の内容がまともなら……
俺の後ろで先輩方が、
「おい、あの体操服、御野士道だろ?」
「あの子が、老良・算・京か……」
と声を漏らす。
この柔らか物体が、件の上級武士、だとう?!
……だがしかし、そんな話はどうでも良いのだ。
問題は、柔らか物体の言動に、丸山さんが口に手を当てて、驚いていること。
「な、なに、勝手に話を決めているんだ。俺たちは今日会ったばかりだし、契りなど結んでいない!」
丸山さんの様子を窺いながら、必死にアピール。
ここは全身全霊をかけて、誤解を払拭すべき局面!
「なるほど、その女に未練がおありなのです? では試合でどちらがふさわしい伴侶なのか、はっきりと示して差し上げるのです。名残惜しいですが、今日のところはこれで失礼するのです」
そう言って柔らか物体は、7人を引き連れ去っていった。
はあ…… やれやれ……
さて、これから宿舎に戻って、作戦会議だ。
と――
「滝沢くん!!」
宮▇█先輩の大声。
声質に占める怒り成分の多さに、思わず肩がすくみ上がってしまう。
俺はぎぎぎと、後ろを振り返ると。
宮▇█先輩が優雅な左腕を掴み、柳▇▅先輩が端麗な右腕を抱え、間に丸山さんを拉致するかのように挟み込んでいる。
我が松本士道高等学校選抜選手、女子3人のそろい踏みだ。
「私はいいです……」
丸山さんの繊細かつ可憐な声が、そう仰せられているのに、
「何言ってるの! はっきりさせなきゃ、ダメよ!」
柳▇▅先輩の野太く、鬼気迫る声が脅している。
俺は地面に正座を命じられ。
周りを各学校の参加者が行き交う中、柔らか物体との間柄を、延々、ネチネチと、尋問されることになった。




