異世界における他殺死ガイド93
海上 ―ヘデラ大陸へと向かう船の上―
ギュルギュルギュル
船の後ろに渦が巻いている。魔石を利用した推進装置が作り出す渦である。
それら推進装置の管理や進路の確認など、ジーク達だけではできないため船には何人かの船員が乗っている。
「ん? あれは……」
甲板から海を眺めていた船員の一人が何かに気づいた。
海面が盛り上がりこちらに近づいてきている。船員は慌ててジーク達を呼びに行った。
ジーク達が甲板に出るとそれは姿を現した。
ザバアアア
それは一角獣に乗った水棲亜人達であった。
「ギィッ ギィッ」
鼻の先が鋸のようになった水棲亜人が前に出て、三又の槍を突き出して何かを叫んでいる。
「アウ……なんだって?」
「ジーク、彼らが何と言っているのかわかるのか?」
「勇者の力でわかるはずなんだがハッキリ聞き取れない。水中じゃないからかな?」
『マカセロ』
「アウロラ?」
シュッ!
魔力水の服を脱ぎ去り、アウロラが一人で海に飛び込んだ。
「待てアウロラ危険だ!」
ザパッ!
ジュレスがアウロラを止めようと手を伸ばしたが間に合わなかった。
アウロラが海に入ると同時に水棲亜人達も海に潜り、姿が見えなくなった。
「ジュレス、アウロラに任せてみよう。彼女の状態は俺が見ている。なにかあればすぐに飛び込む」
「わかった」
「大丈夫だ、彼女もレベルアップしている。水の中では俺もかなわないかもしれない」
アグリアの祠を回る旅でアウロラもレベルアップし力をつけている。ジークはアウロラを信頼していた。
そしてこの信頼は絆力を上げることにも繋がるのである。
海中で一角獣にまたがった水棲亜人達とアウロラが向き合っている。
鋸鮫の特徴を持つ水棲亜人が口を開く。
「アウロラ様、随分探しましたよ。 また金星蟹捕まえに行っていたんでしょう?」
「ああ、正解だぜエルネスト」
アウロラは水棲亜人達のコロニーから離れて金星蟹の幼生を追った結果、強い流れに巻き込まれ遠く離れたカホト大陸の海岸まで流されてしまったのであった。
「これ以上ロドルフ様に心配させないでやって下さい。」
「俺様のことは放っておけ」
「無理にでも連れ帰りますよ」
三又槍を部下に渡し、掴みかかる姿勢を見せるエルネスト。
「やってみろ、エロネスト!」
そこからエルネスト達とアウロラの戦いが始まった。まずはエルネストがアウロラに掴みかかったが、レベルアップで強くなったアウロラを捕らえることはできなかった。アウロラの力に驚き、一人で捕まえるのは無理だと悟ったエルネストは部下達へアウロラを捕まえるよう指示した。部下達は一斉にアウロラへ向かって行ったが、それをアウロラはちぎっては投げちぎっては投げし、一向に掴まる気配を見せなかった。
「はあっ!」
アウロラが上へと泳ぎだす。逃がすまいと追うエルネスト達。
「見せてやろう、これが本当の」
丸まってクルクルと前に回転しだすアウロラ。
「雷堕蹴りだあああっ!!」
ギュオオオオ!
アウロラは丸めていた体を開き、蹴りの姿勢で向かってくるエルネスト達に突っ込んでいく。
「うわあー!」「お嬢ー!」「こりゃ駄目だ―!」
エルネストの部下達が雷堕蹴りによって発生した水流によりアウロラの後ろへとキリモミ状態で流されていく。
ボコー!
「ウボアー」
アウロラの雷堕蹴りがエルネストの顔にめり込んだ。エルネストは白目を剥いて気絶した。
アウロラは部下達に自身の現状について伝えた。
「親父に伝えろ、暫く帰らないってな」
「わかりました」「お嬢、どうかご無事で」「お土産待ってます」
エルネストの部下達は白目を向いたまま動かないエルネストを抱えて帰っていった。
やがて海上に顔を出したアウロラは船に引き上げられた。
魔力水の服を着ていないあられもないアウロラの体をまじまじと見つめるジーク。
ズカッ!
サアアアア
すぐさまジュレスがアウロラに魔力水の服を着させた。
「大丈夫かアウロラ?」
『モンダイナイ』
「あいつらは一体?」
『カイケツシタ』
「そうか」
ジーク達の乗った船はヘデラ大陸へと向かい、進んでいく。
アウロラがジーク達に近づいた理由は陸に対する好奇心からであった。
だがそれは魔王退治に命を懸けるまでの理由にはならない。
武零怒と死に別れてからずっと、巨大な魔物の口に含まれたいという野望が彼女の内に渦巻いている。
彼女は気づいたのである。勇者であるジークの仲間でいると強くなることが出来、魔物の口の中に入っても噛み殺されたりしない力が手に入ると。
ヘデラ大陸 ―海岸―
ザアアア…… ザアアア……
ジーク達は闇夜に紛れ、船から子船を出し馬二頭と共にヘデラ大陸へと降り立った。
少し前からグロツの情報が入ってこなくなり、港町などがどんな状態なのか不明だったためである。
もしもの時の脱出のため、船は沖に待機させた。残される船員達は覚悟完了済みである。
ジーク達は近くの森でキャンプし、朝を待ってからグロツの様子を見て回ることにした。
そこでジーク達は魔王に制圧された町の姿を見る。
「アー」「オオアアア」「ウー」
「……」
そこには町中に蠢くアンデッド達の姿があった。
「ジーク……」
落ち込んだ様子を見せるジークにジュレスが話しかけた。
「サーリアになんて言えばいいだろうな?」
この様子ではグロツ中の町や村の住人が全てアンデッドにされているであろう。
魔王退治が成ったとして、グロツを元の姿に戻すのは最早不可能である。
「ジーク殿、ここで立ち止まってはいけない」
「ナウー」
「……元気出せよ」
『ユルセン』
仲間に励まされ、ジークは魔王退治の意思をさらに強固にした。
「皆、ヌベトシュ城に向かうぞ」
町に放置されていた馬車を馬に引かせ、ジーク達はヌベトシュ城に向けて出発した。
***
道中、強力な魔物に遭遇しながらもそれを難なく退け、ジーク達はヌベトシュ城へと到着した。城下町はアンデッドで溢れていたためスルーした。
「ジーク殿」
「ああ、着いたな」
ジーク達の前に吊り橋が上げられた状態で敵の侵入を拒んでいる。
吊り橋は上げられてしまっているが、今のジーク達にとって侵入するのに障害となるものではない。
ジーク達が馬車から出て、一旦城の周りを囲む堀に下りようとした時である。
ガコッ ギィィィィィ ズゥン
吊り橋が下がり、堀に橋が架かった。
「歓迎されてるみたいだな」
馬車から馬を逃がした後、ジーク達は橋を渡って城門をくぐりヌベトシュ城へと入った。
ギィィィィ ゴトン
吊り橋が上がっていき、閉じる。ジーク達にとってそれは障害ではないものの、心理的な圧迫感は大きかった。
城門から城までの道を進むジーク達。
魔王の部下によって改築されたのか、ヌベトシュ城内部が前とは違う構造になっているのが見て取れた。
「城内の情報なし、敵は待ち構えている。圧倒的不利な状況だな」
ジュレスが呟いた。
「大丈夫だ、俺には敵が見えている」
ジークの目に映る状態管理画面の地図には敵の姿が赤い点となって映る。そこには重なり合う五つの赤い点が映っていた。
やがて城内に足を踏み入れたジーク達は、左右に伸びる廊下を跨ぎ正面の扉に向かった。
「皆気をつけろ」
ジークの見ている地図はこの部屋の中央に敵がいることを示していた。
扉を開け、身構えるジーク達。だが部屋に敵の姿はない。そこは床に絨毯の敷かれた大部屋であった。
敵の姿が見えないことにジークが疑問を抱いた瞬間、部屋に声が響き渡る。
「やあジュレス君、義足の調子はどうだね?」
「この声はカレルか!」
声に反応したジュレスが叫ぶ。聞こえてきたのは狂気の鍛冶師カレルの声であった。
カレルはジュレスを瘴気漬けにして魔族へと覚醒させた相手である。
ジュレスが部屋の中央へと進み、怒気を孕んだ声で叫ぶ。
「どこにいる! 姿を見せろ!」
「慌てることはない。この日のために色々と準備してきたのだ。まずはこいつと遊んでみて貰いたい」
シャガッ!
大部屋の天井の中央が丸く開く。
ズルッ!
穴から何かが落下してくる。
「ジュレス危ない!」
「!?」
ボタッ!
ジークに体を引かれ、ジュレスは落ちて来た何かに当たらずに済んだ。
「アアウウウ」「アウウウ」「ウッウッ」「ウー」「ヒィィィ」
「うっ!?」
落ちてきた何かを見たジュレスは口を抑えた。
それは肉塊であった。表面には五つの顔が浮かんでいる。
肉塊からは手足が十本ずつ生えており、それが五人の人間の混ぜ合わさった物だと推測された。
その奇怪な姿にジークの仲間達は皆顔をしかめた。
カシャ!
バギョー・ブラザーズ・スペシャル・プライム:狂気の鍛冶師カレルによってバギョー家の五兄弟、バビブベボクシンスキーが混ぜ合わされた姿である。ただ無造作に混ぜ合わされたわけではなく、カレル独自の人間工学に基づき、人間を五人混ぜる場合、どのように配置すべきかを考えられた構造をしている。カレル以外の者の目にはただ混ぜ合わされたおぞましい姿に映る。
「「「「「ブアアアアア!!!」」」」」
バギョー・ブラザーズ・スペシャル・プライム(以下BBSP)が吠えた。
「来るぞ!」
ジーク達がBBSPの攻撃に備えて身構える。
ゴゴゴゴ……
突然、城が振動を始めた。
「地震!?」
「おお、意外と早かったな?」
何故かカレルが驚いている。
「カレル! 何をする気だ!」
「もう少しだけかかるかと思ったが、準備が出来たようだ」
「何だと?」
「勇者対魔王、二度目の開戦だ。いざ、決戦の舞台へ!」
ゴゴゴ!
ヌベトシュ城 ―外周―
ズゴオオオオオ!
ヌベトシュ城の下から黒く太い管が何本も姿を現す。
管は上に伸びていき、ヌベトシュ城を丸ごと持ち上げだした。
やがて何本もの黒い管に持ち上げられ、遥か上空、天空の城となったヌベトシュ城に閉じ込められ、ジーク達に外へと逃げる道はなくなった。




