異世界における他殺死ガイド89
ディーとの対決を制した俺はモチャムとブロッホに、軍部の壊滅したプレアムの混乱を治めるように命令した。
残党が二人を襲う可能性があるが、守護兵二十八号を残したので大丈夫であろう。
そしてヌベトシュ城に帰った俺はディーをカレルに預け、解析するように伝えた。くれぐれも壊さないようにとも伝えた。
ディーの解析はドクの知識を持つ俺がした方が良いかもしれないが、これからプレアムの難民達を帰したりしないとならないので、俺は忙しいのだ。
ザンシアのことについてだが、グロツがだんだん落ち着いてきたころ、俺は暇を見つけてルセスに行きドクの屋敷を発見した。地下に大きな空洞があるのに気づき中に入ってみたところ、そこには黒い服を身に纏いドクの死体の入った棺の前でひざまずく自動人形達がいた。
何してるんだと俺が話しかけた所、自動人形達は俺をドクだと認識したらしく、目の前の死体と目を行ったり来たりさせ、混乱していた。自動人形達の中心に居たザンシアに話を聞くと、「喪に服していました」とのことだった。自動人形達は思うまま、主人の死を悼んでいたのだ。
自動人形達が俺をドクだと認識したのは、己の魂の波長を主人として登録したとかなんとかでドクの技術だった。俺の命令に従ってくれるので、もしもの時のための戦力として使わせてもらうことにした。
ザンシア以外の自動人形達にはドクの秘密基地の拡張を命じ、ザンシアは俺の近くに置くものの、表に出さずに働いてもらうことにした。
切り札は必要が無ければ味方にも存在を明かすべきものではないのだ。
パシュ
俺の手に握られている魔導器からでた光線は、遠くにある的に当たり少々の焦げ目を作った。
「あれ?」
ザンシアの使っていた魔導器が非常に攻撃力が高く見えたので、試し打ちをさせてもらったところ威力がいまいちだったので首を傾げた俺である。
離れて俺を見守っていたザンシアから声がかかる。
「お父様忘れたのですか、ラディアンシルヴァーは指ではなく心で打つのです」
心と来たか。ザンシアの頭部に収められた業魔核は心を作り出すらしい。
心とは何か。哲学である。
感情の強さによって威力が変わるという事であろうか。試しに強い感情を乗せて引き金を引いてみよう。
強い感情を引き出すため、俺はザンシアを見た。ザンシアは非常に美しい。彼女は喪に服しているため、以前のゴシック風の服よりさらに黒い、真っ黒な服を着ている。それが余計に彼女の服から出ている部分、首元や手首足首のちょっと上辺りの白さを強調し、後光すら指すかのようである。ああ、どうして喪服の女性はこんなにも色っぽいのであろうか。
グッ
ラディアンシルヴァーの引き金を引いた。
キュオオオオオ
ラディアンシルヴァーの砲口に光が集まっていく。
バシュウウウ
ラディアンシルヴァーの砲口から放たれた光弾は遠く離れた的を消滅させ、その後ろの城の壁にも大穴を開けた。
なんという威力か。これは俺の感情のせいなのか? それともラディアンシルヴァーが凄いのか。
これはまだ色々試してみる価値のある魔導器のようである。
***
俺はフードを深く被ってプレアム難民キャンプに行き、ゲバル達にニクスが既に死んでいたことを伝えた。
「そうですか、全てはバギョー家が……」
ゲバル達はプレアムに帰るようである。難民キャンプでの生活も慣れたようだったので、もう少し落ち着くまで居たらどうかと伝えたが、いつまでもコブラに世話を掛けるわけにはいかないとのことだった。
俺がゲバル達を手伝っていると、気配察知に鎧を着た男達の姿が捉えられた。
難民達はグロツの民とうまく交流していた。その連中だろうと考え手伝いを続けていたところ突然悲鳴が聞こえた。
「きゃああ!」
見ると難民の少女が鎧の男に剣を突き付けられているではないか。
「コブラ! 大人しく我々に殺されろ、でなければこの少女がどうなっても知らんぞ!」
男の顔を見ればそいつは以前、コブラの正体を知った男、グロツ王ルードに仕えていた兵士のニッチであった。
俺はすぐにニッチを止めようと前に出た。
「そこで止まれ! 前のようにはいかんぞ!」
ニッチはそう言い、少女の首に剣を当てる。
前とは魔力糸でグルグル巻きにした時の事であろうか。
この距離から少女に何もさせずニッチを止めるには魔力糸では遅い。
この場を治めるにはニッチを傷つける必要があるかもしれない。
「お前達、かかれ!」
ニッチの左右から兵士が俺に襲い掛かろうとした。その時である。
「これはお前、やっちゃダメなやつだろ」
ドッ
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うとニッチが倒れた。その後ろから現れたのはダルトであった。
槍の後ろでニッチの頭を殴って気絶させたようである。
ダルトのおかげで少女は無事であった。
「助かったぜ。だがいいのか? 俺は……」
「いいさ。あんたはコブラだ。」
「そうか」
「……なあ、あんた俺と会ったことないか?」
それは俺が魔王かということか? 俺は沈黙した。
「ああいや、この国でじゃなくてもっと前に別の国で」
魔王として会う前、ザトーの時のことを言っているのだろうか。
流石はコミュ強。人をよく見ている。だからこそコミュ強。
「さてな」
コミュ障の俺は誤魔化した。
難民達をプレアムに届けた後、俺は自室の椅子に座って考え事をしていた。
何についての考え事かと言えば、ニッチ達の事である。彼らは人質を取ってまで俺を殺そうとしてきた。
なりふり構わない感じである。今回はダルトのおかげで何とかなったが、次はどうなるかわからない。
ニッチ達は決して悪い人間ではない。悪いどころか亡き国王のために尽くす素晴らしい兵士達である。悪者にはしたくない。
そして、グロツの民同士で傷つけ合うなど、あってはならないことだ。
コブラは魔王であると公言し、悪役を演じればコブラを慕う者はいなくなり、グロツの民は一つになるだろう。
「そうするしかないのか……」
それはそれでコブラを助けてくれたダルトに悪い、とか考えて頭の中がモヤクチャになる。
背もたれに身を預ける。
「……」
俺は何となく勇者の様子が気になり、ジュレスの五感を受信することにした。
カチ
視界が移り変わる。ここはどこだろうか?
「触るな」
聞き覚えのある声。
ジュレスの視線は泣きそうな顔の猫顔、ウーラを見ていた。
「ジオ、そんなに邪険にしたらウーラがかわいそうだろう」
これはアリエスの声だ。今、ジオと言ったか?
視線が上がるとそこには熊耳の特徴が出たジオが見えた。
そんなバカな……、ジオまで勇者の仲間になったというのか?
「これは俺の大事な物だ、誰だって大事な物に勝手に触られたら嫌だろ?」
ジオが大事そうに抱えるのは鉄の爪。おそらくザトーが使っていたものだ。
俺は目頭を熱くした。
「ナウー、ジオさんごめんなさい」
ウーラの謝る声。
『オマエタチ、ケンカハヤメロ』
ジュレスの頭の中に声が響く。なんだ? 精神感応か?
ジュレスの視線の先にはイルカのような体の水棲亜人の女性の姿。
それはアウロラであった。
「……」
アウロラまで勇者の仲間になっていた。陸上で呼吸するためか、水の流れる服を着ているようだった。
驚くのに疲れた俺は放心し、暫くジュレスの五感を受信したままでいた。
勇者達は馬車に乗っていたらしい。目的地に着いたのかジュレスは幌を上げて外に出た。
そこには大きな祠があり、皆中に入っていく。
祠の中には赤くて大きな魔物が居て、勇者達はその魔物と戦いだした。
その戦いに俺は目を見張った。勇者達の動きが前とは比べ物にならなくなっていたからである。
ジャブアの知識に勇者の仲間はレベルアップによって強化されるとあった。皆レベルアップして強くなったということだろう。
特に勇者など他の皆の四倍は早い。
速さに特化している印象はあったが、早いなんてものではない。
魔族として覚醒し、恐らく前より強くなっているはずのジュレスが目で追えていない。
だが相手にしている赤い魔物もまた強い。
竜の首の下から触手が生えたような、変な姿の魔物である。
アリエスの剣技、ウーラの爪攻撃、ジオの鉄爪雷撃、アウロラの水魔法。
どれも強力な攻撃に見えるのに、魔物には通じていない。
ジュレスの義足による鋭い蹴りが魔物の触手を何本か切り裂く。だが触手はすぐに再生してしまう。
魔物が炎を吐いた。その先にはウーラがいる。俺は思わず目をつむろうとする、だがこれはジュレスの目なのでつむれない。
ウーラが炎に飲み込まれるかと思われたその時、勇者がウーラ突き飛ばした。
一人炎に包まれる勇者。
炎が消えた後、そこには勇者の焼死体が……、無かった。あったのは勇者の裸体であった。
そこからの勇者はまるで水を得た魚のように動き出した。
凄まじい速さで魔物に接近し、切り刻んでいく。
凄まじい速さであるというのに、目で追えている。ジュレスは勇者から目を離さない。
一体どういうことかと思ったが、視界がどうも勇者の股間に集中されている気がする。
俺はその理由を深く考えないようにした。
やがて長かった戦いにも終わりが来た。
勇者が虫の口を出し、魔物を喰らう。喰われた部分は再生できないらしく、魔物はだんだん弱っていき、最終的には全て勇者の胃に収まってしまった。
勇者から赤いオーラが立ち昇っている。
あの赤くて強い魔物の力を取り込んだのだ。
勇者がこちらを見たかと思うとニヤリと笑いこう言った。
「ジャブア、待っていろ、もうすぐだ」
だがジュレスの視線は勇者の股間に……。
俺はジュレスの五感を受信するのを止めた。
ううむ、己を倒すために着々と強くなる勇者を待つ魔王の気分というのはこういうものなのか。
凄い焦る。
他殺死の案はディー・エクス・マキナの一件でいくらか増えた。
だがそれらは全て準備や試験に時間がかかりそうである。
焦っていた俺の足は勇者召喚の間へと向いていた。




