異世界における他殺死ガイド78
「……」
俺は今、迷っている。
何を迷っているのかと言えば、ジュレスの五感を受信するかしまいかで迷っている。
少し前にジュレスを城から解放した。ジュレスが自分から逃げ出したと勘違いするように巧みに、あと旅に困らないよう路銀用のお金や食料など盗ませて手厚く解放した。
そしてジュレスに対する支配の力は弱めてはいるが解除したわけではないので、俺は彼女の五感を受信できる。解放されたジュレスは勇者の元へ行こうとするだろう。今ジュレスが勇者の傍にいるのであれば、その五感を受信することによって勇者の動向を探ることができる。これにより、いつ勇者が俺の元に来るのかがわかるというわけである。
今すぐ受信して勇者の所に辿り着いたかどうかだけでも確認しろという話ではあるのだが、覗くタイミングが問題なのである。
とんでもないタイミングで覗いてしまった場合、見てはいけないものを見ることになるかもしれない。具体的には……言うのは止めておこう。
俺は迷っている。
「ジャブア様」
迷う俺に、ダフが話しかけてきた。
「ダフか、どうした?」
「罰を受ける準備が出来ました」
「……罰?」
罰とは何だったか?
ええと……。ああ、思い出した。
ある日ダフが俺のところに誤りに来た。聞けば勇者が生きていたことが判明したのだという。そして勇者は既にヘデラ大陸にはいないらしい。
ダフは魔王から勇者の遺体を探すように命じられていたが、遺体を発見することはできなかった。心臓を抜き取られて生きているはずがない。遺体は魔物にでも食べられたのだろうと、ダフは探索を打ち切った。
だが勇者は生きていた。
この失態をダフは深く反省し、自らに罰を与えて欲しいと言ってきた。俺は罰は与えないと言ったが、ダフはそれでは気が済まないという。
仕方がないので罰を与えることにしたが、罰の内容が思いつかなかった。ダフは俺にしばかれても、かえって喜びそうに見えた。
どうしようかと悩んだ俺であったが、ダフの尻尾が目に留まったところでサーリヒレイス種が脱皮をすることを思い出した。
そして俺はダフに脱皮するところを見せてくれと言った。
ダフは「それだけは!」と拒否してきた。脱皮を俺に見せるのは嫌らしい。だが、ダフに与えるのは罰なのだ。嫌がることをするのが罰である。
だいたい、脱皮を見せることの何が嫌なのだ。日焼け跡の皮膚が剥がれるのを見せるようなものであろう。
ダフは渋々了承したが、時間を下さいと去っていった。まあ、脱皮を見せろと言われても、すぐにその場で脱皮できるものではあるまい。脱皮の時期が来たら報せてくれれば良い。
そして今、その時期が来たのだろう。
「ああ、脱皮を見せる罰だな」
コクリ
ダフは無言でうなずいた。
「部屋で待ちます」
「わ、わかった」
ダフが去っていった。
……。
俺は日に焼けた女子が腕の日焼け跡から皮膚をピリピリとめくる様を想像した。特にいやらしいことはない。多分。
だが、それを嬉々として間近で眺めるのは……変態ではないか。変態だろう。
そして脱皮となるとそれが全身である。
俺はそれを全て見せろとダフに言ったのか?言ったのだった。
今から取り消すのはナシだろうか?
■■■
プレアム -炭鉱-
カンカンカンカン
炭鉱に警鐘が鳴り響く。
「くそっ」
「こんなところで終わりかよ」
警鐘はそこに居る男達に、死の危険が迫っていることを報せていた。
謎の二人組にプレアム中の軍事施設が荒らされ、その穴埋めに炭鉱の管理を行っていた兵士達も駆り出された。それにより炭鉱の管理が甘くなり、希少金属の採掘量に影響が出た。
焦った管理者達は炭鉱の採掘に爆発の魔石を使用しだした。採掘に爆発を使う事は特に問題ない。ただしそれは、爆破する場所と破壊力の調整を間違えなければである。
管理者達は考え無しに、採掘量の少ない場所の爆破を命じた。その結果、水脈に隣接していた壁を破壊してしまった。
ドドドド
採掘用ゴーレムを使用して大きく掘られた坑道の奥から、大量の水が迫るのが見える。逃げ遅れた男達は諦めた表情でそれを眺めていた。
「まだ諦めるのは早い」
老人が何やら呪文を唱えて地面に手をかざす。
ボコッ!
すると地面が盛り上がり、土壁になった。
「爺さんあんた、躁土魔法なんて使えたのか!?」
「壁の作り方次第で水を食い止められる。わしに任せてお前達は逃げろ」
「だが」
「急げ」
「わ、わかった」
男たちが去るのを見届けた後、老人は迫りくる大量の水を見やる。
「さて」
老人が呪文を唱える。
ボコココッ!
土が坑道の天井まで何重にもせりあがり、水を食い止める壁となった。
ドドドドドシャア!
水が土壁へと到達した。圧倒的質量の水が土壁を削っていく。
ドシャアアア
土壁の一部が崩れ、そこから水が流れ出した。
すかさず呪文を唱える老人。
ボコッ!
新たな土壁が崩れた部分を塞いだ。
「ぐうっ!」
老人の顔が苦しそうに歪む。
「……どこまで持つか」
***
ドシャアアア
水の流れを防いでいた土壁が崩れ、そこから水が流れ出している。
ドッ ドシャアアアア
どんどん土壁が崩れていき、水が流れ出す箇所が増える。
だがもはや老人に新しく土壁を作る魔力は残っていなかった。
「ここまでか……」
ガクッ
老人が膝をついた。
「ピノ……」
老人は死を前に、孫のように可愛がっていた青年の名前を呼んだ。
「ロロロ……」
「ロロロロ……」
老人の耳に、何かが聞こえた。
老人が昔どこかで聞いた、船の動力音のような。
いや、それを口真似しているような。
「ブロロロロー!」
ギャルルル! ズギャアアアア!!
猛スピードで突っ込んできたそれは、老人の目の前に火花を散らしつつ止まった。
「なんじゃああ!?」
突っ込んできたそれは四輪のついた流線型の金属、マッハ・ブロッホであった。
腰を抜かした老人が口をパクパクさせていると、マッハ・ブロッホの中から大柄な青年が顔を出した。
「ゼペットさん!」
「ピノ!?何故ここに!?」
「いいから乗って!」
突然の再開に喜ぶ間もなく、ゼペットはピノの手によりマッハ・ブロッホの中に引き入れられた。
「一体これは!?」
「喋らないで!舌を噛むよ!」
マッハ・ブロッホの中にある座席部分に、皮紐で体を固定されるゼペット。
「固定したよ!」
「ルロオオ!」
ピノの合図と同時に、マッハ・ブロッホの四輪が回転しだす。
ズギャギャギャギャギャ! バオッ!
マッハ・ブロッホが坑道の中を凄まじい速度で進んでいく。
「ブロロロロー!ブロロロロー!ブロロロロー!」
「ぬおおおおお!」
あまりの速度に、ゼペットの視界が狭まる。
ドドドド
不穏な重低音が聞こえ、ゼペットが首をひねって後方を見れば、背後の壁いたるところから水が噴き出し、ゼペット達を飲み込もうとしていた。
「はわあ」
それを見ないようにゼペットが前方を見ると、放置されたトロッコや土嚢、掘り出された大きな石などが道を塞いでいるのが見えた。人が通れるくらいの隙間はありそうだが、それはマッハ・ブロッホが通れる幅ではない。
「ピノ!道がないぞ!」
「大丈夫!」
「ブロロロロー!」
ギャルル! バショアアアア!
マッハ・ブロッホは坑道の壁を走り出した。
「ぬあああああ!」
ギャル! ドン! ズシャアアア!
トロッコや土嚢を越え、壁から地面へと戻るマッハ・ブロッホ。
ドドドド
トロッコや土嚢が水に飲み込まれていく。
だがもはや水はマッハ・ブロッホに追いつけない。
「ブロロロロー!」
凄まじい速度で坑道内を駆け続け、このまま行けばもうすぐ出口というところでそれは起こった。
ドオン!
爆発である。
しかもそれはマッハ・ブロッホの進行方向で発生した。
プレアムの兵士達が、水を坑道の途中で食い止めるように爆破し始めたのだ。
ドオン ドオオン
爆破の衝撃で坑道の壁が崩れだす。
ドゴオオン
一際大きな爆音の後、坑道の天井が大きく崩れ落ちてくる。
ゴゴゴゴ
「ゼペットさん!体を小さくして!」
「――!?」
「ギュンギュギュン!」
ウィィィィン
マッハ・ブロッホが叫ぶと体の後部ハッチが開き、中から大きなブースターが姿を現した。
「ブロロロロー!」
シュボアアアア!
ブースターから炎が噴射された。さらに加速するマッハ・ブロッホ。
「ほげー」
強烈なG。ゼペットは失神寸前である。
キュウウウウン
坑道の天井が落ちる前に、そこを通過していくマッハ・ブロッホ。
そしてついに、マッハ・ブロッホは坑道の出口近くへと到達した。
ドオオオン
後ろからは爆風が迫る。
ゴオッ!
爆風に飲まれるマッハ・ブロッホ。
ゴオアッ! ヒュボ!
「ズババババーン!」
マッハ・ブロッホが爆風と共に坑道出口から飛び出した。
「……!!!」
ゼペットは気絶していた。




