異世界における他殺死ガイド75
「もう目は見えているのか?」
「ぼんやりとは見えていると思います」
レッドセルが答える。
俺とレッドセルが見守る小さなベッドからこちらを見つめる小さな目。それは試作体JXR0000001と呼ばれていたあの赤ん坊である。
その赤ん坊の顔がしかめっ面になる。
「んびい んびい んびい」
赤ん坊が泣きだした。
「シープラどうしたの?どこか痛いの?」
レッドセルが焦った様子で赤ん坊の顔を覗き込む。
俺に名前が必要だと言われて、レッドセルは赤ん坊にシープラと名付けた。
「んびい んびい んびい」
泣き続けるシープラの頭を、レッドセルが優しくさする。
「ミルク?オムツ?」
ピクッ
オムツというワードに反応した俺である。
「ほら、レッドセル」
ミルクの入った哺乳瓶をレッドセルに渡すのはダフであった。
「ありがと」
礼を言い、哺乳瓶を受け取ったレッドセルはシープラを胸に抱き、授乳し始めた。こう見るとレッドセルは完全に母親である。
メッチとダルトにコブラの顔を見られて以降、グロツではコブラはイケメンだの、種族はヴァラーだの、正体は魔王だの、噂が飛び交っている。全て本当であるが、気を使われているのか確かめてくるものはいない。メッチとダルトともあれ以来会っていない。
村々への自衛力強化訓練は続けているが、村人達との距離がなんだか遠くなった気がする。遠くから俺を見てひそひそする女性達を見るようになった。
自分達を助けてくれた相手の正体が、自分達を苦しめている原因の魔王かもしれないのだから、それは当然の反応である。
最近は作業が終わるとすぐにここに来て、シープラの顔を見ている気がする。俺は癒しを求めているのだろうか。
俺は静かに授乳中のレッドセルの横に移動した。
「ベロベロバー」
「んびぃ んびぃ」
俺の渾身のべろべろばあに、シープラは泣き出した。
「ジャブア様!」
怒られた。
人工生命体に俺を殺させるという本命の当てが外れた今、他に良い他殺死の方法を考える必要があるのだが、どうもそういう気になれない。
こうしている間にも勇者は着々と力をつけているだろうというのに。
このままではいかん。
■■■
プレアム -ビスタイ村-
兵士達に囲まれ、地面に四つん這いを強制されている少年が一人。
ドカッ!
少年の背中に、鎧を着た男が勢いよく腰かけた。
「あぐっ」
少年の顔が痛みに歪む。
少年の背中に腰かけた男の名はベクシンスキー。脱走者への狂った見せしめ行為で恐れられるあのボクシンスキーの兄である。
ベクシンスキーの行いに、村人達から非難の目が向けられる。
「何か文句があるのですか?」
ベクシンスキーの睨みつけに委縮してしまい、村人達は何も言えない。下手なことを言えば、この男に何をされるかわからないためである。
「あなたたちはニクス様に仕える私達に、黙って従っていれば良いのです。」
静かになったその場に女性が駆けて来る。
「エルク……エルクッ!」
ベクシンスキーに腰かけられている少年が顔を上げた。
「お、母さ……」
ドガッ
「ぎっ!」
「椅子が喋るんじゃありません」
少年を蹴りつけた上、睨みつけるベクシンスキー。
「や、やめてください!エルクが何をしたって言うんですか!」
少年エルクの母親らしき女性がベクシンスキーに向かって抗議する。
「ぶつかってきたんですよ。この私に」
母親を睨みつけるベクシンスキー。
「申し訳ありません。ちゃんと見ていなかった私が悪いのです。ですからどうか罰は私に。その子は放してあげてください」
「そうですね、無垢な子供に罪はない。あなたが悪い」
「では……」
「罰はあなたに与えましょう」
スラリ
ベクシンスキーが腰の剣を抜いた。
「ッ!」
息をのむ母親。だが母は強しか、覚悟を決めた表情でベクシンスキーの近くへと歩いていく。それを見て、ベクシンスキーの周りの兵士が道を開ける。
「ははあ、あなたは強い人ですね。何処を切り取ろうと平気そうだ」
ヒタ
ベクシンスキーの剣が母親の頬に当たるが、母親は動じない。
「罰は反省を促すものでなくてはならない。このままあなたを傷つけたとしても、それはあなたが子を守ったという勲章にしかなりません」
「……?」
何を言いたいのかわからず、母親が黙っているとベクシンスキーの顔が醜悪に歪んだ。
「これがあなたへの罰です」
ベクシンスキーが剣を振り上げる。その剣が狙う先は腰かけている少年エルクである。
「止め……!」
バサァッ!
羽が空を斬る音。
「キョオオオオオオオオオオオオ!!!」
ビリビリビリ
空気が振動する。
突然の爆音にベクシンスキーは耳を抑え、顔をしかめながら空を見上げた。そこにいたのは青白く輝く美しい羽根を持った巨大な鳥が、大きく翼を広げている姿であった。
「な、なんですかあれは……?」
ベクシンスキーは立ち上がり、剣を空に向けて構えた。
「ま、魔物だ!」「うわあああ!」
村人達が逃げ惑う。
「エルクッ!」
椅子役から解放された少年を抱え、母親も逃げ出した。ベクシンスキーが周りを見れば、兵士達がガクガクと震えている。
「あれは金剛鳥だ……」「何故こんな所に……!」
金剛鳥とはかのマルー山に生息し、出合えば死確定の恐ろしい魔物である。美しいその翼は高額で取引されており、一攫千金を夢見、落ちている羽を求めて山に入り、行方不明となる冒険者は後を絶たない。
「あなたたち、しっかりしなさい。急いで対空攻撃の準備を」
「わ、わかりました」
金剛鳥は何かを待っているかのように、滞空したまま下りてこない。この隙にと、兵士達は金剛鳥を迎え撃つための陣形を組み始めた。
数人の兵士が対空攻撃用の長い筒のような魔導器を取り出し、金剛鳥へと向けた。魔導器内にセットされているのは爆発の魔石である。
「撃て!」
ベクシンスキーの掛け声とともに、魔導器から光弾が放たれた。いくつもの光弾は金剛鳥に向かって行き、金剛鳥の近くで弾けた。
ドオン ドオオン
空にはモクモクと煙が立ち込め、金剛鳥の姿は見えなくなった。
「やったか!?」
兵士の一人が禁句を叫んだ。だんだんと煙が晴れていく。
バサッ バサァッ
「む、無傷だと……」
そこには変わらず、青白く輝く美しい翼を広げる神々しい金剛鳥の姿があった。
「もう一度です!」
村人達が逃げ、兵士だけとなった村の広場で、ベクシンスキーは魔導器の次弾装填を急がせた。
「キョオオオオ!!」
ブワッ!
金剛鳥の大きな翼が、ベクシンスキー達に向かって風を巻き起こした。
ゴオオオオッ!
竜巻となった風が兵士達を飲み込んでいく。
「うっ、うわああああ!」「ぎゃあああ!」
村に生えていた大きな木に捕まって耐えるベクシンスキー。
「ぬぐっ、このままでは!今こそニクス様から授かった力を使う時!」
ベクシンスキーが懐から取り出したのは小瓶であった。
ドカッ!ドッ!
「ぐはあ!」「ぶごっ!」
竜巻が弱まり、兵士達が空から落ちて来た。落ちてきた兵士達は暫くのたうち回った後、気絶したのか動かなくなった。
ゴクッ!
小瓶をあおるベクシンスキー。
リ・ゲイン。
それはベクシンスキーがニクスから授けられた切り札である。
リ・ゲインの摂取により、ベクシンスキーの目は冴えた。
少々の覚醒効果と栄養が、ベクシンスキーを二十四時間戦える体としたのだ。
「うおおおおおっ!」
リ・ゲインの効果か気が昂り、勇ましく叫んでみたベクシンスキーだが、彼は空の上の金剛鳥を攻撃する有効な手段を持たない。
ボカッ!
「キュウ」
何者かに殴られ、ベクシンスキーは気絶した。
リ・ゲイン。役立たずとバカにしたものではない。今回は役に立たなかっただけで、ここぞという頑張りがいる時や、耐久戦などでは有効な力である。
「ポンズ、腹減ったか」
地面に降り立ち、倒れている兵士達を見下ろす金剛鳥に話しかけるのは白フードの男である。
「ブロロォ……」
白フードの傍に立つ藍色フードの男は不安そうである。
「臨機応変、臨機応変」
「……」
村の外れの家の上から、白フードと藍色フードを観察する黒い影がある。
「ん?」
白フードが視線に気づいた。
シュッ!
白フードが視線を感じた方向を見る前に、影は消えた。
***
プレアム -軍事要塞スイッテン-
ドガァッ!
「ぐああ!」「うがっ!」「ぶふっ!」
兵士数人の体が宙を舞った。何事かとブクシンスキーがそちらを見ると、白フードと藍色フードの男が兵士達をなぎ倒していた。
「お前たちが最近プレアムを荒しまわっているという連中か」
「……」
ブクシンスキーの問いに、フード二人は答えない。
「ふん、まあいい。頼みの綱の金剛鳥も泥蜘蛛も、ここには入ってこれまい」
軍事要塞スイッテンは小さな丘を掘って作られており、外壁は全て頑丈な金属であった。
泥蜘蛛は土を水のように柔らかくする力を持っているが、金属を柔らかくすることはできない。そして、スイッテンの入り口は複数あるものの狭いため、金剛鳥は入っていけなかった。
「頼みの綱だあ?」
白フードが初めて口を開いた。
「そうだ。あのような強力な魔物どもをどうやって従えたのか知らないが、操っているお前達さえ殺せば、知能の低い魔物などどうとでもなる」
白フードが隣に立つ藍色フードを見た。
「あいつ、俺達がポンズ達より弱いとでも思ってんのか?」
「ブロロォ?」
藍色フードは「さあ?」といった感じである。
「お前達はここで死ぬのだ!」
ブクシンスキーは懐から取り出した小瓶を一気にあおった。
リポビ・タンディ。
それはブクシンスキーがニクスから授けられた切り札である。
リポビ・タンディの摂取により、ブクシンスキーの肝臓や脳に血が巡る。
少々の覚醒効果と栄養が、ブクシンスキーの食欲不振を吹き飛ばした。
これにより、ブクシンスキーは一時的に疲れ知らずの戦士へと変貌を遂げたのだ。
タラリ
粘膜が弱かったのか、鼻から血を垂らしながら戦士ブクシンスキーは叫んだ。
「ファイトオオオ!」
シュッ!ボカッ!
「キュウ」
一瞬のうちにブクシンスキーの背後に廻った白フードに殴られ、ブクシンスキーは気絶した。
リポビ・タンディ。役立たずとバカにしたものではない。今回は役に立たなかっただけで、疲れた時やダルい日にはもってこいの素晴らしい力なのだ。




