異世界における他殺死ガイド100
ボアアアッ!
魔王の両手から黒い炎が渦を巻いて立ち昇り、勇者へと向かう。
ゴバアッ!
勇者の口から灼熱の炎が吐き出された。躊躇はない。アグリアの力の全力行使である。
球状の力場の中に、凄まじい炎の嵐が吹き荒れる。だが力場に乱れはない。
力場の中は灼熱の地獄。既に酸素の無い密閉空間で炎が吹き荒れ続けるのは、その炎が魔力で構成されているからである。
酸素の無い力場の中、黒炎を勇者に向かって放ちながら魔王は生命維持にも魔力を使用していた。
一方の勇者は戦いながらの生命維持魔法行使などと言う器用な芸当は出来ないものの、アグリアの力を解放した状態のためこの程度ではへこたれない。
ゴオオオォ……
炎が治まり、力場の中が見えるようになる。勇者と魔王はお互い無傷で対峙したままであった。
メギメギメギ ミシィ
固い殻を中から徐々に押し破っているかのような音がし、勇者の体の爬虫類感が増した。
ブウウウウウウン
魔王が展開した何重もの不動はもはや半透明ではなく、鎧の形がはっきりと見えていた。それにより魔王が黒い鎧を纏い、腕を六本に増やしたかのように見える。
ドギィ!!
勇者の殴りつけた拳により不動が削れる。
ドグシャ!
多重の衝撃が勇者の顎を打つ。
削れた不動は再度展開され、潰れた勇者の顎はすぐに再生する。
ドガガガガガガガ!!
破壊と再生が凄まじい速度で繰り返される。力場の外にいる勇者の仲間達には、中で何が起きているのかわからなかった。
「ムグゥ、ムグムグ(ジーク、勝ってくれ)」
力場の維持に努めつつ勇者の勝利を願うジュレスであったが、ジュレスの口元はよだれでベチャベチャであった。
ジュレスはギャグボールを外すタイミングを完全に逸していた。
ドガガガガガガガ!!
暫く殴り合いを続けた勇者と魔王であったが、やがて勇者の攻撃に陰りが見え始めた。
不動の多重衝撃で破壊された体の再生が間に合っていない。
一度崩れた均衡は元に戻らず、やがて勇者が魔王の攻撃を一方的に受け続ける形となる。
勇者は防御の体勢を取るが、頭を守るために出した腕は多重衝撃によって破壊され、勇者は急所への攻撃を許してしまう。
ドガッ!
「まだ終わらんぞ」
ズガガガ!!
倒れこんだ勇者を容赦なく多重衝撃が襲う。
ドクン
勇者の中に大きくなる鼓動。これを表に出してはならない。だが今の勇者に、それを抑える余裕は無かった。
ズガガガ!!
再生が間に合わず、傷ついていく勇者。このままではいくら超再生力を持つ勇者であっても殺されてしまう。
仲間達が力場の解除を考えたところで、それは起こった。
「ギ、グ、ガアアアアアアッ!!」
ボゴン!
叫び声をあげた勇者の片腕が倍ほどに膨れ上がった。
ボゴ! ボゴン!
肩が、胸が、いびつに盛り上がり勇者の体形を変えていく。
ズガガガ!!
シュウウウウウ
不動の多重衝撃を受けながらも体を再生し、立ち上がった勇者の目は真っ赤に染まっていた。
ゴオオッ!!
勇者の体の内から激しく燃える炎が沸き上がり、勇者の体を包みこむ。
「グオオオオオ!!」
咆哮時の開口により勇者の口が裂けた。
ドガァッ!
勇者はいびつに膨れ上がった腕を球状の力場に叩きつけた。力場が乱れる。
ドガッ! ドガァッ!
続く勇者の殴りつけにより、力場がさらに乱れる。
「くっ!」「ジーク目を覚ませ!」『マズイゾ』「ナウー!」「ムグウ!」
「ガアアアアアア!!」
吠え続ける勇者。
ズガッ!
魔王の攻撃に振り返る勇者。
「力場を乱すな」
「ニ、ンゲン、フゼイガ……」
勇者の意識はアグリアの残留思念に乗っ取られていた。
「トカゲ風情が、とは言わん。俺もかつてトカゲだった」
ドガシャアア!!
いびつに盛り上がった勇者の腕が何重にも展開された不動を消し飛ばす。
「いいぞ、もっとだ」
ドガガ!
魔王は多重衝撃で勇者を攻撃するが、勇者はそれをものともしない。
勇者の膨れ上がった手が不動ごと魔王を抑え込む。
バゴンッ!
勇者の胸がさらに大きく膨れ上がった。
コオアアアァァァ……
勇者の胸の中に凄まじい魔力がうねる。
一息で森を一つ焼き払うアグリアの炎。その最大火力。
「フハハッ!」
魔王は勇者と自分の周りに魔力の防護壁を生成した。
カァッ!!
細く集約された眩しい光が至近距離、勇者の口から魔王へと放たれた。
ギリリリリ!!
魔王の防御層がはじけ飛んでいく。勇者と魔王の周りに生成された防護壁を越えた波動が力場を乱す。
オオオオン……
このままアグリアの炎が放たれ続ければ、力場が消滅するのは時間の問題であった。
「ムグムグウ、ムグウウ!(ジーク駄目だ、これ以上は!)」
ギィィィィィン
防御層を越えて伝わる高熱が魔王の腕を焼く。
「ぐううっ!!」
ギリィッ!
魔王の防御層の最後の一枚が破れた。
ギィィィィン
だが光は魔王の手前で止まっている。それは魔王の持つ最後の防御術。頭、心臓など重要器官のある部分にだけ施され、自動的に発動し強力な攻撃ほど強度を増すこの術は、魔王の魔力が尽きぬ限り破れない。この術はディー・エクス・マキナの神の鉄槌ですら防ぎ、魔王は致命傷を免れた。
とある事情から無尽蔵と思えるほどの魔力を持つようになった現在の魔王がこの防御術を持っていることにより、魔王を倒すことが可能なのはそれを無視して攻撃できる者、もしくはそれを無効化できる者にほぼ限られる。
半ば炭化した手を勇者へと向ける魔王。その手から放たれた光が勇者の頭を包む。途端、赤かった勇者の目が通常の状態へと戻る。魔王は勇者に精神汚染を回復する魔法を施したのである。
自分に利する魔法の永続化により、勇者の意識が乗っ取られることはもう二度とない。
ギィィィィ……
暴走が治まり、勇者の口から放出されていた光も止まる。
「!」
我に返った勇者が見たのは満身創痍の魔王の姿。反射的に勇者は悪食を発動した。
バギィ!
魔王の最後の防御術が悪食に喰われて消滅する。
ギチチ! ガッ!
更に魔王自身を喰らおうとする勇者の首を掴む魔王。
勇者は魔王を殴りつけようとしたが、膨れ上がった方の腕はうまく動かなかった。もう片方の腕で魔王に掴みかかったが、それも魔王の腕で防がれた。
ミヂ ドシュ!
勇者は魔王に掴まれている腕からGの前足を解放した。
解放されたGの爪は魔王の胸を貫いた。
「がはっ!」
血を吐く魔王。
ドガッ!
かろうじて発動した不動により、魔王は勇者を殴り飛ばした。
ドグ ドグン
倒れこみ気絶した勇者の腕から生えたGの爪には、魔王の心臓が突き刺さり、いまだ鼓動を続けていた。
魔王は再生の魔法を使うことができる。悪食で喰われた腕すら再生したその魔法ならば心臓も再生できるだろうが、それで心臓が再生する前に魔王は死ぬであろう。
決着である。
パシュウウウウ
球状の力場が消滅した。
バチャ
胸から血を流し立ち尽くす魔王。
「ジーク!」
倒れたまま動かない勇者へと駆け寄る勇者の仲間達。
いびつに膨らんだ勇者の体が徐々に元に戻っていくのを見ながら、魔王が口を開いた。
「勇者達よ、良くやった、だがお前達の戦いは終わりではない。
グブッ!
……いずれ第二第三の脅威が現れて世を乱すだろう。」
血を吐きながら話す魔王を見て、勇者の仲間達は魔王が致命傷を負っていることを認識した。
「驚異の誕生、それは今 この瞬間かもしれない。
……用心することだ。
フッ、ハハハ……」
シュァァァ
実に魔王らしい台詞を吐いた魔王の体が光を放ち始める。
異変を察知した勇者の仲間達は勇者を担いで逃げようとした。だが遅かった。
カッ!!
魔王の体から凄まじい光が放たれた。
バアアアアアッ!!
しかし、その光はいつの間にか張られていた魔力の防護壁により、勇者達には届かなかった。
ァァァァ……
光が収まった時、そこに魔王の姿は無かった。
「う……」
勇者が目を覚ます。いびつだった体は元に戻っていた。
「ジーク殿!」「ジーク!」『ブジカ!』「ナウー!」「ムグウ!」
勇者の仲間達は勇者の無事を喜んだ。
「魔王は……?」
姿の見えない魔王を勇者は探した。
「ムグムグウ、ムグググ(魔王は自壊して消滅した。私達の勝利だ)」
ゴゴゴゴ……
「ムグ?(なんだ?)」
魔王が倒されたためか、ヌベトシュ城を持ち上げていた何本もの黒い管が力を失い次々下へ落ちていく。
「ムグウ、ムグググ(このままだと落下して全員死亡だな)」
バサァッ!
「皆、俺に掴まれ」
勇者はアグリアの翼を広げた。
アリエス、アウロラは勇者の足に、ジュレスは勇者の背中に掴まり、ジオは勇者の腕にお姫様抱っこされた。ウーラは肩車である。
「おい、なんでだよ!」
バサーッ!
ジオの抗議を無視して勇者は飛び立った。
ゆっくりと降下していく勇者達の目には、崩れて落下していくヌベトシュ城の残骸が映っていた。




