自分が狙われてると分かっていて対策しないほど馬鹿じゃない
心配そうに眉頭を寄せる彼らに、わたくしは安心させるようにっこり笑うと、通せんぼする腕を半ば強引に押しのけてパトリシア達の前に出ました。
そして、制服の内ポケットから持ち歩いている扇子を取り出します。
「ルシエド様、やけに得意げになってるところ申し訳ありませんが、その短剣はわたくしの物ではないというこは断言致しましょう」
「……貴様は本当に往生際が悪いな。確かに家紋まで詳しく鑑定していないが、このグロリアの花と鷲の家紋はアルフォーヌ公爵家の家紋で間違いないだろうがっ」
「ええ、ですから『わたくしの物ではない』と言っているのですよ」
わたくしは微笑み、手にした扇子を広げます。
この世界のシステム――というかルールなのか、貴族の私物には必ずどこかに家紋が刻まれています。無論、この扇子も例外ではありません。
「よ〜くご覧になりまして。この扇子には、わたくしのお母様の生家の家紋、スズランの花と蝶が描かれていましてよ?」
「なっ……!?」
息を飲んだのは、果たしてどなただったかしら?
* * * * * * *
あらあら……美形の驚愕したお顔は崩れても美形といったところでしょうか。パトリシアもあんぐりと口を開いていますわ。
「なっ、なっ、なっ……何故、お前がその家紋を……!?」
今日一番の驚きを隠しきれないルシエド様は、人差し指を震わせながらわたくしに向けてきます。
まあ驚くのも無理はありません。この家紋は現王太后様――つまり、ルシエド様のお祖母様の生家の家紋でもありますから。
わたくしは広げた扇子で口元を隠しながら、ルシエド様に向かって呆れたよつに小さなため息を吐きます。
「ご自分の家系図をお忘れですか、ルシエド様?貴方様のお祖母様とわたくしのお祖母様は、ご姉妹だったんですよ」
王太后様が王家にお召し上がりになられる際、生家の家紋が刻まれた私物をいくつかお持ちになられたと聞き及んでいます。
ルシエド様は皇太后様によく懐かれていましたから、この家紋のことを知っていたのでしょう。
わたくしのお祖母様はお家存続の為、他家から婿を迎えられました。
けれども残念なことに、跡取りはお母様しか出来ず。
なのでお母様も婿をとる手筈でしたが、アルフォーヌ公爵が母を見初めてしまい、断っても断ってもしつこくプロポーズしてくるお父様についに折れたお母様が、『こうなったら自分が二人以上産んで、一人はわたくしの生家の家紋を継いでもらいましょう』という構図になったそうな。
こうして両親の頑張りにより、アルフォーヌ公爵家は三人の子宝に恵まれました。わー!パチパチパチパチ!
ゲームではルシエラの長兄がお父様の跡を、次兄がお母様の生家を継ぐストーリーになっていました。
ですが、この世界でわたくしはアルフォーヌ公爵家の一員として頑張りました。アルフォーヌ公爵令嬢として家族の名に恥をかかせぬよう。
そんなわたくしをお父様とお母様は優しくも厳しく愛してくださり、お兄様達に関してはプリンにホイップクリームとバニラアイスにチョコレートソースをかけたくらい、でろんでろんに甘やかしてくださいます。
正直、「お前らは蜂蜜に集るありんこか!?」とキレてしまいそうなこともありますが……。
それだけわたくしを深く愛してくださっているのだと思えばこそ!行き過ぎた家族愛もスキンシップも我慢できるというものです……。
まあそんな訳で。
ルシエド様がパトリシアに夢中になり始めた頃からわたくしはお母様とお兄様にこっそり事情を話し、ルシエド様に婚約破棄されるかもしれないと相談しました。
え?なんでそこでお父様に相談しなかったのかですって?
だってお父様に「ルシエド様が男爵令嬢に懸想して婚約破棄されそうなんですが、わたくしの醜聞が最小限に抑えられるよう、何かいい対策って思い浮かびません?」なんて相談でもすれば、わたくしとルシエド様の婚約を取り決めた王様に直接殴りに行きそうですもの。
ややっこしい事態は避けるが吉です。
そもそもわたくしとルシエド様の婚約は、国王陛下が『同じ年に同じ月で生まれた男児と女児……図らずともよく似た名前……これはもはや運命だ!』などと謎発言をぶちかましてくれたおかげで、わたくしとルシエド様は問答無用で婚約者となった次第です。
ちなみに「他家とのパワーバランス」だの「両家の絆」云々のくだりは完全なる後付けです。
そうでなければ、陛下の『運命だ!』というゴリ押しだけで婚約が決まったなんて知られると、体裁が悪いじゃありませんか?
他の貴族にも示しがつきませんでしょうし。
元々わたくしとルシエド様の婚約に反対し続けていたお兄様達は、わたくしからルシエド様の心変わりを聞いてより一層憤慨し、お母様もまた、わたくしが婚約者であるルシエド様に蔑ろにされている事実を思い憂てくれました。
そこで、わたくしが本当にルシエド様から婚約破棄された場合を考え、お母様の生家を継ぐ資格のある者としてわたくしの私物にお母様の家紋を少しずつ増やしていったのです。
例えわたくし自身が望まぬ婚約であったとしても、仮にも貴族階級のヒエラルキーの頂点に君臨する王族の婚約者である事実は覆しようがなく。
それが破棄されたとあっては、シビアな貴族社会だといい笑い者でしかありません。
ですが、もしも本当に婚約破棄されたとき、わたくしに『継ぐべき家がある』ことを最初から周囲に示していれば、婚約破棄はお家相続の為であったと認識され、傷はとっても浅く済みます。
貴族階級におけるお家存続は大事なことですからね。
今やわたくしの私物はすっかりスズランと鷲の家紋ばかりです。
自分が狙われているとわかっていて、対策を取らないほど耄碌していなくてよ?