転生令嬢と求婚者
かたん、と少しだけ茶器が鳴りました。私は目の前の茶褐色の液体には口をつけず、目の前のグリーンの瞳を見つめます。ええ、それはもう睨みつけるように。
なぜかと言いますとですね、この王子、今日は私のみを城にあげたのです。これだと私が気に入られて婚約者に選ばれるみたいな話になるじゃないですかほんとやめろ!
「そう睨むな、急に呼んだのは悪かった」
「申し訳ありません。私ったら、昔から目つきが悪いと言われるのですよ」
相変わらず無表情で言う王子は、最初に出会った部屋で私を見つめかえしています。綺麗な顔しやがって、でもマリアの美しさにはかないませんねざまーみろ。
「妹君とは冷静に話せないと思ってな。ビアンカ嬢だけ呼ばせてもらった」
「…何かお話が?」
王子は何も言わず、目線だけを下に下げました。その視線の先にあるカップを手に取り、美しい所作で紅茶を飲みます。
「生まれたことは罪ではないのか?」
かたん、とまたわずかな茶器の音とともに、彼は言いました。ガラス玉のような瞳は無機質に、人形のように言います。
それをなぜ私に聞くのか、と言いたくもありましたが、確かにこのセリフはマリアにしても無意味かもしれません。彼女は慈悲深く可憐で優しい聖女にして大天使ですからね。そう思うからそう思うというのが本音でしょう。
それに、前世で一般的な良識を持っている身としては、10そこらの少年がこう思っていることに賛成できたものではありません。
「私は是と申し上げることはできませんわ。生まれながらの大罪人はいるものですもの…ですが、妹は許せないのでしょうね」
「なぜだ」
「許せないから、でしょう?」
大体、外見も内面も輝いているマリアなんですし、一般的な良識をもつ私よりも今の状況に心を痛めているはずです。そう思うと私の妹可愛すぎる。
「…そうか」
ぽつり、と言葉を落とす彼は少し黙りました。
「ただ…赤子に罪を押し付ける国は、不幸だと思いますわ」
だから気にしなくていいんじゃないでしょうか?私も母親からの扱いひどいですが知ったこっちゃありませんし、何より母は最高の妹を産んでくれたので大概のことは許せます。何か言われても妹の存在が全てを許してくれますからね。というかそもそも王子の金の髪色を見るとマリアを思い出すんですよ、あーマリアに会いたい。
「君たちは不思議だな」
目の前の王子から思考が妹へとシフトしかけた頃に、王子は言いました。というか、微笑みました。表情筋生きていたんですね…驚愕の事実です。
「…僕が生まれて王妃が死に、そのメイドも死んだ。立て続けに色々な人が、なんの理由もなく死んだ。僕は呪いの子と言われた」
王子は淡々と言いました。うーんちょっとこれはきつそうだな。王妃というのは彼の母親のことです。今は王妃が第2王子の母親になっていますが、王位継承は第1王子が優先となっています。よく考えれば今の彼の状況は現王妃との関係を見れば分かることでした。察しが悪すぎますね私。
「だから、受け入れられなかったんだ。生まれたことが罪ではないと言われたことが。僕に気に入られたいからだろうって思ってしまった」
まあ正直、彼の状況を今察した私は思ってませんでしたね。清すぎて美しすぎる可憐な我が妹マリアがそう思っていなかったのは当たり前のことですし。
「だが、気に入られたかったら無理にもあそこに居座ろうとしただろうし。だから昨日考え直したんだ。それで君を呼んだ。妹の方は僕のことが嫌いなようだし」
「あの時は妹が申し訳ありません。しかし殿下のことを嫌いだなんてそんなことありませんわ。妹は社交経験が浅いので、言葉を選ぶことができないだけですの」
そもそもマリアが人を嫌うなんてよっぽどのような気がします。あの慈悲深い我が妹ですし。
「…君は、自分自身に正直なんだな」
「そうかしら。殿下のご気分を害してしましたか?」
「いいや。ただ、王妃よりも臣下でいて欲しいな。直情的じゃないし」
王子はくすりと笑い、私をまっすぐ見据えました。
「…君の妹を王妃にしても構わないか?」
「私に言われても困りますわ?選ぶのはマリアですし」
「僕が言ったら決定してしまうだろう?」
成る程、お人形だと思っていましたが頭が回らないお方でないのは間違い無いでしょう。ワガママ放題じゃないのはありがたいことです。
ただ、まあ。マリアを国母に進めていた私が許すか許さないと問われれば、許すとしか言えないのですが。
「…妹を世界一幸せにできるなら、構いませんわ」
マリアが嫌がったら、他の方を考えていただくしかありませんわね。私は自分の幸せも追求していきますが、そのためにマリアの幸せを捨てるなんてもってのほか。
国母になるということは、とても名誉であることです。マリアは女性らしく服飾やアクセサリーに興味がありますし(私はありません)、本もよく読みますから王室の図書館も気にいるでしょう。ですが、王妃になるということがどうしても性に合わないならば、私が少し不利になってでも止めなくてはいけません。
「…そこは大丈夫だろう、彼女にとっての幸せには近づくだろうからね」
そう言って、王子は微笑むのでした。
次の日、我がアウローラ家に、第一王子の婚約者をマリアにするという通達があり、瞬く間に国中に広がっていきました。