2人の転生令嬢
始まりは何だったのだろう。
そういえば私は幼い頃から自分の周り全てが嫌いだった。マリア=アウローラという名前で生まれ落ちた時から、私は全てに気づいていた。
…ここは、『君のいる世界』通称キミセカという恋愛シュミレーションゲーム、つまり乙女ゲームの世界。私は主人公の1人であり、さらに私は転生者。いわばチートキャラだった。オタクだったら一度は夢見るもの?神に愛されてるとでもいえばいいのか、そんな役目を私は担った。
でも嬉しいとか、そんなことは思わなかった。それなりに高校を楽しんでいる1年目、せっかくできた友達や家族と無理やり離され、常識も話の合わない環境で、怪しまれないように精神年齢より15下である赤子から演じなくちゃいけなかった。
さらに私の容姿と能力しか興味のない親や使用人にも苛立った。子供というよりはステータス。馬鹿にされている気がした。私はずっと、生き残るために「一人で」戦っていた。
そして、当時さらに私をいらだたせたのは、ビアンカ=アウローラ。私の姉だった。私より物覚えの悪い癖に、一歳しか変わらない癖に姉面してくる、無能な姉。
今となっては、この当時の自分自身こそ苛立つ相手はいないのだけれど。
ぱか、ぱかり。馬の駆ける音が耳に入り、私は思考を中断して、むかいに目を閉じた少女を見つめた。私の姉である彼女は恐らく眠ってしまったのだろう。あどけなく親しみやすい容姿なのに、年に合わない気品がある人だ。加えて聡明で、優しい。自慢の姉、ビアンカ。
(私は、馬鹿だ)
彼女は運命に愛されていない。母親に疎まれ、周囲に比べられ、勝手に無能のレッテルを貼られた姉。そして恵まれ過ぎた妹の私。
(…どうして私、黙っておけなかったの)
第一王子があんな闇を抱えていたのは「知っていた」。だからこそ黙っておくべきだった。それを指摘するのは、姉様でよかったのだ。それなのに、私は抑えきれなかった。彼の変わるきっかけの言葉を「言ってしまった」のだ。それは私が聖人君子だったわけじゃない。ひとえに、お姉様が同じように罪を考えてしまうのが嫌だったからだ。王子とお姉様の境遇は少しだけ似ているから。
(…姉様が言えば、うまくいったはずなのに)
第一王子がお姉様を選べば、その後のお姉様の道筋は守られるも同然だ。そして守られた彼女は、今のまま、優しいままに成人を迎えられる。無能と言われているが、公爵家の令嬢としての技能はある人だ。国母だって十分務まるだろう。
「…ん、あれ」
「お気づきですか、お姉様」
「あら?…ダメね、寝てしまってたの?」
寝ぼけた顔の姉。しかし一歩間違えれば、彼女は運命に翻弄され、悲しき「悪役令嬢」になる。この世界で唯一の最高で最悪の悪役に。
「悪役になんかさせませんわ」
私は願っていた。報われ過ぎない彼女に幸せを。今、私だけが未来を変えることができる。私をずっと可愛がってくれているお姉様へ、最高の未来をプレゼントすることだけが、私の生きる意味なのだから。
だからどんな手を用いても、きっとお姉様を幸せにしてみせる。王子や、両親を殺してでも。
「…マリア、ないているの?」
こげ茶色の柔らかそうな髪は可愛げなく後ろで一つに結ばれていた。公爵令嬢にしては質素な服装で、少女は妹のそばにしゃがみこむ。
「っ、ないでなんが、いま、せ…っ」
「まあまあ。あんまりガマンもいけないでしょう?」
少女は親しみやすい柔らかい笑顔で妹の頭を撫で続けた。その小さな手の暖かさに、妹は少しだけ嗚咽を強くする。
「たくさん、ないたらいいわ。おとうさまもおかあさまもキビしいものね?」
「違、いま、す…っから」
「わたくしのまえくらい、ないてちょうだいな。マリアはたったひとりの、だーいすきないもうとなんですもの」
そう言って少女は妹の頭から手を退けて、きゅっと妹を抱きしめました。少女は小さな妹の体に頬を寄せます。妹はやっと落ち着いて息をしはじめました。
「どんなマリアでもだいすきよ…だからねえさまができることなら、なんでもいってちょうだい」
「…どうして」
腕の中で、俯いていた妹は少しだけ顔を上げて姉の顔を見ました。涙に濡れた顔を気にとめないまま、妹は震えた声で問います。
「どうして、姉様は私に優しいの?」
その言葉に、少女は優しく妹に笑いかけました。
「いったでしょ?マリアはだいじないもうとだもの!いもうとだから、アタリマエなの」
妹の頬を優しくぬぐいながら、少女は言葉を続けます。
「だからガマンしないでね?マリアがげんきになるように、ねえさまがんばるから」
くしゃりと得意げに笑う少女は、妹を元気付けます。そのたったひとつの言葉が、妹にとってかけがえのない言葉になるとは知らないままに。




