【電子コミック1巻発売記念】俺の海外出張と冴香
大河視点です。
「はあぁぁぁ……」
「鬱陶しいな。そう何度も溜息なんかつくなよ」
フランス出張に行く飛行機の中で、何度目かの盛大な溜息を吐き出した俺に、隣の席の敬吾が反応する。
「もうすぐ新婚旅行に行く分まで、仕事を片付けておかなきゃいけないんだろう? 忙しいのは分かるけど、仕方ないだろうが。……それとも何か? また冴香ちゃん絡みで、何かあったのか?」
流石敬吾だ。鋭い。何故分かったんだ。
「何故分かったんだ、って言いたそうだな。お前の顔見れば大体分かるわ」
「……俺はそんなに分かりやすいか?」
「まあな」
呆れたような口調の敬吾に、俺は唇を尖らせる。
「一週間も海外出張だっていうのに、冴香の奴が全然寂しがらないんだよ。寧ろ凛とお互いの家に泊まり合って遊ぶ約束したって、楽しそうにしていやがる」
「ああ……。気持ちは分からんでもないが、それくらい別に良いんじゃないか?」
苦笑する敬吾を、俺は横目で見遣る。
「お前は良いのかよ? 一週間も凛に会えないっていうのに、逆に待ち望んでいるかのように楽しそうにされてもよ」
「俺は凛が楽しければ、それで構わないけどな」
あっさりと答える敬吾に、俺は拍子抜けしてしまった。
「まあ、俺も多少は寂しいと思わない訳ではないが……お前だって、冴香ちゃんが下手に一人でいるよりは、凛と一緒にいる方が安心だろう?」
「そりゃあそうだが……」
確かに、敬吾の言う事にも一理ある。
一週間も冴香を一人にしておくよりは、凛が一緒に居てくれた方が、安心安全に決まっている。
……それは分かり切っているんだが、俺と一週間もの間全く会えない、という事をすっぽ抜かす勢いで、凛と一緒に過ごす事を心待ちにしているかのようにされていたら、どうしたって面白くはないだろうが。
スケジュールは分詰まりだし、時差もあるから、そう頻繁に電話はできないが、一日に一回は電話するって言っても、『お忙しいなら、無理に電話しなくても大丈夫ですよ』なんて言いやがるし。お前から電話をかけてきても構わないからなと言っても、『お仕事の邪魔をする訳にはいきませんから』と暗に断られるし。挙句の果てに、凛の家に泊まる準備を嬉々として進めていく様子を見ていたら……そりゃあ腹も立つよな!?
不貞腐れたままの勢いで、俺はフランスでの仕事を進めていった。日中は勿論、夜になってもホテルでもパソコンと睨めっこしながら、日本に帰ってからの先の仕事までできるだけ片付けてしまう。
忙しい合間をぬって、日本との時差を計算して夜寝る前に電話をかけるものの、電話口から聞こえてくる朝一番の冴香の声は、昨日は凛と一緒に季節限定スイーツを食べた、今日は何処に行く予定だ、等と楽しそうに弾んでいる。『お疲れ様です。あまり無理はしないでくださいね』と労ってはくれるものの、俺が居なくても平気なんじゃないか、なんて考えが頭をよぎってしまう。
多少無理をしてでも、詰め込んだ仕事を必死で片っ端から終わらせているのは、全て間近に迫った、冴香との新婚旅行の為……なのに、楽しみにして頑張っているのは俺だけなんだろうか、という一抹の寂しさを抱えながら、俺はフランスでの一週間を何とか耐え抜いた。
「はあ……。やっと日本に帰れる……」
「随分とお疲れだな」
帰りの飛行機の中でぐったりしながらも、少しは書類の確認や資料の作成をしながら、俺達は漸く日本に帰って来た。
「あっ、大河さん、敬吾さん、お帰りなさい!」
「冴香!」
空港に到着すると、冴香と凛が迎えに来てくれていた。俺は急いで冴香に駆け寄る。
「迎えに来てくれたのか!」
「はい。お仕事お疲れ様でした」
久し振りに冴香の笑顔を見て、出張の疲れも吹き飛ぶような気がした。
「敬吾もお疲れ様。……にしても、大河君の表情、一瞬で変わったわね」
「ああ。さっきまで、分かりやすく超不機嫌だったのにな」
敬吾達が何か言っているが、気にしない。冴香がわざわざ空港まで迎えに来てくれた事が嬉しくて、一週間ぶりに冴香を抱き締める。
「ちょっと、大河さん! 人が大勢いるんですから、止めてください!」
驚いた冴香にすぐさま振り払われてしまった。
「何だよ。一週間も会えなかったんだから、少しくらい良いじゃねえか」
「良くないです! ……こういうのは、二人きりの時にしてください」
後半は冴香に耳打ちされた。
ふむ、家に帰ってからなら、いくらでも良いという事だな!
会社への報告は明日の予定になっているので、今日は空港から自宅に直帰だ。途中で敬吾と凛とも別れて、俺達は漸く自宅に帰って来た。
「大河さん、出張お疲れ様でした。すぐ夕食にしますね!」
俺としては先に冴香を補給したかったものの、言われてみればかなり空腹だった事に気が付く。手持ち無沙汰なので、少しばかり荷物を片付けている間に、冴香が手際良く仕上げた料理を、次々に食卓に並べていった。白米に味噌汁、鰈の煮付けに筍と若布の煮物、菜の花の和え物に春キャベツの浅漬け。どれもこれも美味そうだ。
「フランスでは洋食ばかりだったでしょうから、今日は和食にしました」
「さすが冴香だな。ありがとう。うん、美味い!」
久し振りの冴香の手料理に、俺は舌鼓を打つ。
「良かったです! 筍の煮物は、朝から凛さんと一緒に作ったんですよ」
楽しそうに言う冴香に、俺は思わず箸を止めてしまった。
「浅漬けとかもそうなんですけど、二人で一緒に材料を買って来て、ここで並んで作って。凛さんにも半分持って帰ってもらったので、今頃凛さんもほぼ同じメニューを、敬吾さんに食べさせてあげていると思います」
笑顔で報告する冴香に、俺は眉根を寄せる。
「……俺が出張に行って居ない間、随分と楽しかったみたいだな。こっちは大変だったってのによ」
自分でも思ったより低い声が出て、俺はすぐに我に返った。
「あ……悪い、冴香。今のは忘れてくれ」
みっともない。嫉妬で冴香に八つ当たりするなんて……。
自己嫌悪に陥っていたら、冴香が静かに箸を置いた。
「……私だって、大河さんが居なくて寂しかったですよ」
思わぬ冴香の告白に、俺は目を丸くする。
「でも、寂しいって大河さんに言った所で、お仕事ですからどうしようもないですし、もし言ってしまったら、大河さんが早めに帰って来られるようにと、無理をされるかもしれないですし……。それなら、凛さんと楽しく過ごして、私なら大丈夫ですよってアピールした方が、大河さんも安心してお仕事できるかと思いまして……」
視線を逸らして、顔を赤らめながら告げる冴香。
何だよそれ。冴香も俺が居なくて寂しいって思ってくれていたのか。それでいて俺に気を遣わせないように、敢えて明るく振る舞っていたって言うのかよ。
心の底から、冴香が愛しいという感情が溢れてくる。
「冴香!」
「大河さん!?」
急いで席を立って、椅子ごと冴香を抱き締めたら、冴香が驚いたように大声を上げた。
「ちょ、まだ食事中ですよ! お行儀が悪いです!」
「仕方ないだろ、今すぐ抱き締めたくなったんだからよ。ってか、もう我慢したくねえ」
そのまま冴香にキスをしたら、冴香が腕の中で暴れ始めてしまった。
「大河さん! まだ食事中ですってば! ちゃんとご飯食べてください!」
「後で食べる。そこそこ腹は膨れたから、今は冴香が良い」
「良くないです!! 折角凛さんと一緒に作った料理なんですから、美味しいうちに食べてください!」
冴香があまりにも声を荒らげるので、俺は仕方なく自分の椅子に戻り、残りの料理を綺麗に平らげる。
だが冴香はすっかり臍を曲げてしまったようで、後片付けがあるだの、風呂の準備をするだのと言って、取り付く島がなかった。仕方なく荷物を片付けたり、風呂に入ったりしているうちに、俺も流石に疲れていたのか、その日はそのまま寝てしまったのだった。
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3月1日より、コロナEX様にて「俺様婚約者には惚れたくありません!」と改題して連載中のコミカライズの電子書籍第1巻が発売となりました!
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