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「……今度から無線機でも持たせるか」


 今さらという感は否めないが、これで少しは連携が取りやすくなるだろう――というわずかな期待を胸に、スズキは無線の調達先を頭の中で工面し始めた。



 一方その頃、起き上がった海坊主からかなり距離を取り、さらに死角になった建物の屋上で、虎徹と楓、蒼雲の三人は作戦会議をしていた。


「なんだよあのデカさ。巨大ロボとタメ張れるぞ。卑怯じゃねえのか?」


「そんなこと、拙者に言われても困るでござる」


「それより、他に何か武器はないの? あんな大きな相手に、そんな刀一本じゃ頼りないってレベルじゃないわよ」


 頼りないと言われて蒼雲はちょっとムっとするが、実際二度斬りつけても海坊主の皮一枚を斬るのが精一杯だったので何も言い返せない。


「また橘の魔法でデカくしてバッサリやったらどうだ? そのための時間稼ぎなら俺が引き受けるぜ」


「ダメよ。魔法をかけられるのは魔法で出した物だけ。つまり、あたしが出した物以外には効果はないの」


「どうしてだよ? 魔法は万能じゃないのか?」


「この世界のことわりは科学が支配しているもの。質量保存の法則で縛られた物質は、いくら魔法をかけたって大きくも小さくもならないわ。そういう意味では鞍馬さんの刀も同じ。妖力と魔法は別分類カテゴリよ」


「何だよそれ。じゃあアレか? 俺が巨大化してあいつと戦うとかも無理なのか?


 一度やってみたかったのになあ……テンション下がるぜ」


「なに子供みたいなこと言ってんのよ……。あんたはちょっと黙ってて」


 本気でガッカリしている虎徹を黙らせ、楓は蒼雲に向き直る。


「鞍馬さんにはそういうのないの? その刀を大きくしたり、自分が巨大化したりする妖術とか忍術とか」


「残念ながら拙者、その手の術は持ち合わせておらんでござる」


「じゃあ刀で斬る以外に、あの海坊主を倒す方法は?」


「先日の竜にも拙者の術が効いたゆえ、倒すには至らずとも少しは効果はあるでござろう。だが命を断つとなれば、やはりこの妖刀“大天狗鬼一”にてそっ首斬り落とす他はないでござる」


 蒼雲は腰に挿した刀――大天狗鬼一の鯉口を切る。音も無く黒漆塗りの鞘から引き抜かれた刀身は、鋼には無い奇妙な紋様をその身に宿している。天狗の始祖、かの鬼一法眼きいちほうがんの骨や牙を玉鋼に加えて鍛えたと伝えられており、この世に現存する数少ない『妖怪を殺せる武器』である。


 だがそれゆえに持ち手を選ぶ。人ならざる者にしか手にできぬ上に、使い手の妖力が弱いと途端になまくらになる。つまり使い手の妖力がそのまま切れ味になるのだ。蒼雲は若い妖かしにしては妖力が強いほうだが、やはり長く生きた古参の妖怪に比べるとその差は歴然だった。


「ってことは、やっぱ一点突破しかないか……。だがそうなると、どうしても攻撃が単調になるな」


「あの大きな手でカウンターを食らったら、一発でアウトよ。あいつの動きを封じる策を考えたほうがいいんじゃない?」


「昨日の竜に使った術とかどうだ?」


「影封じの術は、相手の動きを封じている間、印を結んでいなければならぬので、その間拙者は何もできんでござる」


「……鞍馬が動けないんじゃ本末転倒だな」


 それじゃあ、と虎徹が何か期待する目で見やると、楓は露骨にバツが悪そうな顔をした。あからさまに視線を逸らし、唇を尖らせる。


「ス、スー、スースー……」


「いや、ぜんぜん口笛吹けてねーし」


「~ッもう、分かったわよ! できないわよ! 悪かったわね、補助系の魔法が苦手で!」


「ワケわかんねータイミングでキれんなよ……。別に責めちゃいねーし」


「なるほど。楓殿は攻撃特化型でござるか。元気があって、楓殿らしいござる」


 蒼雲が快活に笑うが、何一つフォローになっておらず、赤かった楓の顔がますます赤くなる。


「と、とにかく、今回は魔法じゃ役に立てそうにないから、あたしは後方支援に徹しさせてもらうわ。援護射撃でも、無いよりはマシでしょ?」


「かたじけない。できれば足止めをしつつ、注意を逸らしてもらえれば助かるでござる」


「わかった。できるだけこちらに引きつけておくわ」


 言いながら、楓は魔法のステッキの弾倉マガジンを交換する。タクティカルベストのマグホルダーから新しい弾倉を抜き取り、二度ほど軽くヘルメットで小突いてから装填する。


「それにしても、田中さんと南海乃さんはどこに行ったのよ……。今は猫の手でも借りたいってのに」


「すげぇなあいつら。ぜんっぜん気配が掴めねえ。俺の耳で心音や駆動音を捉えられないなんて、初めてだぜ」


 虎耳をぴくぴく動かし、虎徹が二人の位置を探るが、数キロ先で落とした小銭の値段を聞き分けられるアペイロンの超聴覚を以ってしても、二人の居場所は分からなかった。


「あの御二人なら心配無用でござろう。きっと今もどこかで好機を窺っているに違いないでござる」


「まあ、昨日もなんだかんだでいいタイミングでサポートしてくれてたし、仕事はきっちりしてくれるだろう」


「あんたたち、昨日今日会ったばかりでよく知らない相手を、どうしてそんなに信頼できるのよ……?」


 楓の疑問は、今どきの都会っ子らしく実にドライで、ある意味正論だ。そんな引越しの際ご近所に挨拶に行かなさそうな楓に対し、ご近所との繋がりが強い地方出身の虎徹はさも当然のことのように言う。


「はあ? 何言ってんだよ。同じ特異点なんだから仲間だろ。だったら信じて当然じゃないか」


 理由にもなっていないものをあまりにもあっさりと言いきるので、蒼雲は思わず吹き出した。ここまで無条件に他者を受け入れられるとは、よほど度量が大きいか、それともただの阿呆か。


 だがその一言で、蒼雲の中で一つの決意が固まった。


 それは、虎徹の言う通り、仲間を信頼していなければできないことである。


「はっはっは。これは武藤殿に一本取られたでござるな」


 ところで、と蒼雲は虎徹を見上げる。改めて見るとやはり大きい。しかも筋骨隆々で、全身に力がみなぎっているのがひしひしと伝わる。これだけの力が自分にもあれば、と思うが、今は無いものをねだっていても仕方ない。大事なのはこの戦に勝つことであり、そのために自分に何ができるかだ。


「武藤殿、刀や武器は使ったことがあるでござるか?」


「どうした、急に?」


「実は折り入って頼みたいことがあるでござるよ。で、答えはいかに?」


 真剣な眼差しで見つめる蒼雲に対し、虎徹はふむ、と手を顎に当てて少し考える仕草をする。


「無い。俺の専門はもっぱらコイツだからな」


 そう言って虎徹は両の拳を打ち鳴らすと、鋼と鋼がぶち当たる重厚な音が響いた。これはこれで頼もしい音色だが、蒼雲が聞きたい答えではない。早くも計画が狂い始めた。


「それがどうかしたのか?」


「いや、ちょっとした好奇心と申すか、確認みたいなものでござるよ……」


「ゲームなら大剣、刀、双剣と何でもござれなんだがなあ」


「ははは……それは結構でござるな……」


 自信満々に言われても、蒼雲は乾いた笑いしか出て来なかった。やばい、こいつもしかするとただの阿呆か。そんな考えがうっすらと脳裏を横切る。


 慌ててその考えを振り払う。今この場で頼れるのは、虎徹しかいないのだ。それに先ほど仲間を信じると決めばかりではないか。一時の感情で目的を見失ってはいけない。何より優先すべきことは、一刻も早い海坊主の打倒である。


 己の力が足りないのなら、仲間に補ってもらえば良い。


「武藤殿……」


「ん?」


「この戦い、お主にすべてを任せるでござる」


 虎徹の返事を待たず、蒼雲は静かに刀を抜く。右手に握った妖刀は、陽光に晒されても反射一つせずにどんよりと鈍く佇む。


 続いて空いた片方の手で印を結ぶ。陰陽、五行、密教とも違う、見たこともない独特の動作だった。


「忍法、変化の術」


 たった一言で、蒼雲の身体が変わる。どろん、と漫画のような演出効果はないものの、瞬きする間に鞍馬蒼雲の身体はまったく別のものに変化した。

明日も更新します。

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