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「しかし、実際ワームホールは出現してるんだ。何も感じないってのはおかしいだろ」


「大気中ト異ナリ、水中デハわーむほーる出現ノ際ニ発生スル重力変動ヤえんとろぴーノ増大、中性微子ニュートリノノ振動ナドガ感知シニクイ場合ガアリマス。恐ラク今回ハ、わーむほーるガ海中ニ出現シタタメニ感知デキナカッタト推測シマス」


 淡々とした桜花の説明に、スズキは「そういうことか!」と平手で自分の額を打った。


「おい、勝手に一人で納得してるなよ。こっちはサッパリだっつーの!」


「そうよ。状況を詳しく説明して」


 虎徹と楓の要請に、スズキは大きくため息をつく。


「ついさっき、島の近海を巡回していた海保の船から緊急連絡があった。警報もそこから連動して鳴ったものだ。報告では急に天気が荒れ、波が高くなったかと思うと、いきなり海の中から――」


 スズキはそこで一度言葉を切ると、今度は警報の音で目が覚めたものの、まだ半分寝ぼけている蒼雲の顔を見た。


「海坊主が現れたそうだ」


 まどろんでいた蒼雲の顔が、その言葉で瞬時に引き締まる。虎徹と楓も彼女に注目した。


「スズキ殿、それはまことでござるか?」


「それが本当に海坊主なのかどうかはわからんが、いきなり海の中から巨人が出現したらしい。他にどう呼べばいいのかわからん」


「たしかに、海で巨人とくれば、海坊主しか思い当たらないな……」


 虎徹の呟きにスズキや楓も納得した顔をするが、この件に最も精通しているであろう蒼雲だけが、腑に落ちないという顔をしている。


「どうした鞍馬? 何か気になるのか?」


 一人考えこむ蒼雲に、スズキが尋ねる。蒼雲は小さく、だがはっきりと「ありえない」と答えた。


「ありえない? どうしてだ?」


「拙者以外の物の怪は、異界を出ることはできぬ……いや、異界以外では生きていけぬでござる」


「どういう意味だ?」


「物の怪とは、もとは人の心から生まれたもの。人々に存在が信じられていてこそ、己の姿を具現化できるのでござる。だがこの科学万能の時代、人はすべてを科学で暴き、我らはその存在をことごとく否定されてしまっている。誰も信じるものがいないこの世界では、物の怪たちは生きてはいけぬでござる」


『幽霊の、正体見たり枯れ尾花』という言葉があるように、幽霊や妖怪とは太古の人々が未知なる事象や夜の闇、死の恐怖などに名前や姿形を与えて生んだものだ。そうすることによって、未知であることの不安を薄れさせ、無理やりにでも納得し安心しようとした。


 しかし時代は進み、科学が発展すると、人類の未知は次第に少なくなっていった。そして自由になる明かりを手に入れると、夜の闇を恐れなくなった。


 こうして人々の心から存在が消えるに従って、幽霊や妖怪たちは、この世界で存在できなくなっていったのだ。


「拙者は特異点ゆえに、異界を出てもこうして何事もないでござるが、もし他の者が異界の外に放り出されれば、それは生身で宇宙を泳ぐようなものでござる」


 蒼雲の壮絶な言葉に、虎徹は思わず息を飲み込む。この中で唯一実際に宇宙に行ったことがある彼には、何よりも身に沁みて分かる喩えだった。


「だったら、一刻も早く楽にしてやらないとな」


「……そうね。私たちにできることは、それしかないんだから」


 虎徹と楓が立ち上がる。二人の顔には、もう迷いの色はなかった。すでに火竜を屠った身。これ以上何を迷うことがあろうか。むしろ迷う分だけ、相手が苦しむ時間を引き伸ばすだけである。


「報告では、巨人はこの島に向かって南から北上している。速度的にはそれほど速くないから、この島に到着するにはまだ少し時間がある。どうする? 時間を惜しむなら、こちらから打って出るか?」


 スズキは全員にではなく、蒼雲に向かって訊いた。恐らくこの戦いの鍵となるのは、彼女であろうから。


 蒼雲は苦痛に耐えるように眉間に深い皺を刻み、固く目を閉じて奥歯を噛み締める。


「……いや、海坊主相手に海で戦うのは愚の骨頂。ここはやはり陸での決戦が無難であろう」


 本音では、今すぐ自分だけでも飛んで行きたいであろう。だが相手は恐らく海の巨人――海坊主。いくら彼女の妖術忍術を駆使しても、物理的な大きさの差は埋められないかもしれない。だからこそ協力戦なのだが、そうなると仲間の危険は最小限にしなければならない。


 蒼雲は同胞と仲間を天秤にかけ、身を切るような痛みに耐えて結論を出す。


「できれば、奴が島に上陸するまで待ちたいでござる。だがそうなると、この島にどれだけの被害が出るか……」


「それなら心配するな。むしろそのための島だからな。避難させるような人間もいないし、建物なんて壊れたらまた建てればいいだけの話だ。それよりも重要なのは、一般人が住む本土で被害を出さないことだ。だから何としても、この島で食い止めてくれ」


「分かり申した。その言葉に甘えさせてもらうでござる」


 スズキの言葉に、蒼雲の表情からわずかに曇りが消える。


「話はまとまったようだな」


「で、私たちはどう援護すればいいの?」


 虎徹と楓が立ち上がる。桜花と美波は相変わらずじっと前を見ていたが、きっと同意見だろう。


「妖怪大百科はガキの頃に何度も読んだが、ここはやはり専門家の意見を尊重しないとな」


 こきり、と首を右に傾けにやりと笑う。


「あたしはこの力馬鹿と違って、異世界あっちで何度か巨人と戦ったことがあるから、少しは役に立てると思うわよ」


 楓に鼻で笑われ、思わずカチンと来る。昨日礼を言われたときは少しは打ち解けたと思っていたが、風呂の件で振り出しに戻ったか、前より悪くなってしまったようだ。「力馬鹿って何だよ。せめて馬鹿力って言えよ」という虎徹の抗議も完璧に無視された。


 無関心だと思われた桜花や美波も、いつの間にかこちらを向いて、無言で今回の指揮官が蒼雲だと示している。


 クラス全員の視線が集まる中、蒼雲は熱くなる目頭を隠すように、深々と頭を下げた。


「かたじけない。皆の力、ありがたく借りるでござる」



 方舟島南部は、水産加工地帯になっていて、島の近海に設置した海洋プラントで採取した海産物を加工するための設備や倉庫が密集している。ただし現在は工場もプラントも稼働しておらず、無人の工業地帯となっていた。


 蒼雲たちは建物の被害を最小限にするべく、海産物を水揚げする港にまで戦線を南下させ、水際にて海坊主を待ち構える作戦をとった。本音を言えば、海坊主が完全に陸に上がるまで引きつけたかった。現にスズキもそうしろと言ってくれたが、目標が完全に海から上がるという保証はどこにもなかった。もちろん背後から追い立てて強制的に陸地に上げることもできるが、空を飛べる自分なら浅瀬にまで誘い込めば十分戦えるという自信もあった。


 こうして港に虎徹、楓、美波を配置して補助に回し、空からは桜花、蒼雲が一撃離脱の攻撃を展開する、陸空による挟撃作戦が始まった。


「……で、何であんたがここにいんだよ?」


 すでに変身を完了し、アペイロンの状態で待機している虎徹は、隣で双眼鏡を首にかけ、ウンコ座りしながら悠長にタバコをふかしているスズキに精一杯の嫌味な声と視線を送った。


「っつかあんた、タバコなんか吸ってたのかよ」


「誰がこんな体に悪いモンに、好き好んで金払うかよバーカ。海坊主の弱点はタバコの煙だっての、知らないのかお前?」


「いや、知ってるけど、それって迷信みたいなもんだろ? それにあんなデカい相手にそんなちっぽけな煙が効くのか?」


「だろー? 俺もそう思ったんだけどよお、効けば儲けモンくらいの気持ちで買って来たんだが、口ん中がニチャニチャして気持ち悪くて、先にこっちがやられちまいそうだ。ったく、こんなモン嬉しそうに吸ってる奴の気が知れねえよ」


 スズキは心底嫌そうな顔で、咥えていたタバコを親指と人差指でつまみ持つ。どうやらさっきからふかしていただけで、吸い込んで肺には入れていなかったようだ。


 タバコ作戦は相手が登場する前に破綻した。だが勝つために少しでも足しになれば、と彼なりに尽力してくれたことは素直に嬉しかった。邪魔だけど。


「しかしあんた、喫煙者でもないのによくタバコなんて用意してたな。この辺にタバコの自販機ってあったっけ?」


「ん~……まあ、ちょっとな」


 ちょっとな、で済む問題ではないのだが、さらなる追求をかけようとした矢先、双眼鏡を覗いたスズキが「来たぜ」と海の方に顎を向けた。


 アペイロンの超視力で見ると、水平線にぽつんと真っ黒な小島が浮かんでいた。


 小島は波に揺られるように左右にゆらゆら揺れながら、徐々にその姿を現していった。


「こりゃあ……間違いないな」

明日も更新します。

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